177 閑話・3つの夜 後編
【3】帝都ファナスの夜
――同日、深夜。
――バスティール帝国、首都ファナス。
――大宮殿執務室。
「陛下、遅い時間にお呼び立ていたしまして、申し訳有りません」
ハイセルが席につくと、すでに控えていたバルターが一礼する。
「気にするな、そちらの方が大変だろう。それで、何があった?」
「はい。実は、聖都アルシャイナに滞在中の特命大使より緊急報告が入りました」
緊急報告には、使い切りの貴重な魔道具を使う。
生産することのできない、ダンジョンのドロップ品としてのみ入手可能な品だ。
帝国にも多くの数はない。
なので、よほどの事態でなければ使われることはない。
ハイセルはため息まじりにたずねた。
「……またクウの奴か?」
「いえ――。聖女ユイリアに関する報告です」
「聞かせてくれ」
「夜空に、女神の化身となった聖女ユイリアが現れ、帝国の祝福が本物であること、陛下の祝福が本物であることを告げたそうです」
「……またクウの奴か?」
「詳細は不明です。報告にあったのは、以上の内容のみです」
緊急連絡で送ることができるのは最大で100文字。
なので、詳細までは知ることができない。
「いずれにせよ、無駄な争いは避けることができそうか」
ハイセルは戦争をしたいとは思わない。
三兄との間に起きた、かつての帝位継承争いだけで、もう十分だった。
「しかし、女神の化身とは、どういうことだ……?」
「申し訳ありません。わかりかねます」
「どうせまたクウの仕業だろうが――」
「はははっ! どのようなことを言い出すのか、話を聞く時が楽しみですな」
「楽しそうに言うな。……まあ、楽しみではあるか」
「で、ございますな」
あとは、ジルドリアが自棄になって攻めてこないことを祈るばかりだが、聖女の加護がなければ難敵ではない。
精強なモルド辺境伯軍が押し破られることはないだろう。
彼らが耐えている間に中央軍を派遣すれば、簡単に撃退できるはずだ。
「陛下、ついでにあといくつかよろしいでしょうか」
「ああ。構わん」
「ディレーナ・フォン・アロドが所持していた例の薬品ですが、やはり出処はトリスティンで間違いないようです。
調査いたしましたところ、先日のゾンビ騒ぎの首謀者もトリスティンの商人との接触があったようです。
ただ、帝都内において、トリスティンの人間が組織的な活動をした痕跡は見つけることができませんでした。
あくまで個人として入都し、闇を抱える人物を見つけては接触していたようです」
「闇を抱える人物か――。鑑定する魔道具でもあるのだろうか」
「今のところは不明です。トリスティンの間者を捕らえることができればよいのですが今のところはまだ」
「大門での検査では、わからんのか?」
「連中は、正規以外の手段で密かに入都しているようです。そのルートも現在、調査を進めております」
帝都は広大だ。
人の出入りも多い。
そのすべてを監視するのは極めて困難だった。
「トリスティン――。
国としては否定しているが、悪魔との取引によって栄える黒き国か――。
いっそ断交するか?」
「……現実的には難しいでしょうな」
「……わかっている。……言ってみただけだ。トリスティン産の薬品がなければ、ままならぬことも多いのは事実だ。それに第一、トリスティンまで敵に回して戦争となればさすがに損害が大きい」
交流を断てば、そもそも困るのは帝国側という現実もある。
トリスティンは倫理的に褒められた国ではないが、だからこそトリスティンでしか作れない薬品や魔道具は多い。
犯罪者への尋問を始めとして、治安維持や政治の暗部において、それらの品が必要となる場面は多い。
トリスティン王国自体との関係悪化は、現状、避けたいところだった。
「あと、ディレーナ・フォン・アロドに薬品を売った帝国商人ウェルダン・ナマニエルですが再鑑定の結果、ディレーナ嬢と同じ称号が現れました」
「精霊に許されし者、か?」
「はい。故に、かの者の再尋問は不要と判断いたしました」
「精霊の許し……。どうせクウだろう?」
「でしょうな」
バルターが笑ってうなずく。
「まあ、よい。そのあたりはおまえに任せてある。
ああ、そうだ。
俺からも面白いものを見せよう」
ハイセルがバルターに渡すのは一枚の書類。
そこにはセラフィーヌの『女神の瞳』での鑑定結果が書かれていた。
「――これは」
バルターは驚きに目を見開く。
称号が増えていた。
称号:精霊の友人、精霊の加護、聖女候補
「どうやら俺の娘は、本当に聖女への道を歩き始めたようだ」
「素晴らしいことですな」
「素晴らしい結果になればよいが――」
「クウちゃんが導いているのです。問題はないでしょう」
「おまえはアレを、よほど信頼しているようだな」
「……そうですな。……自分でもまったく自覚しておりませんでしたが、どうやらそうなのかも知れません」
「考えてみれば、聖女ユイリアはセラフィーヌやクウと同じ11歳なのだな。その若さで国を導き、民に安寧を与えてきたのか」
「恐ろしい人物ですな」
「まったくだ。敵に回さずに済んで、正直、俺はほっとしている」
ハイセルは考える。
……女神の化身となった、か。
いったい、聖女ユイリアは、どれだけの高みに昇ったのか。
想像すらつかなかった。
 




