171 ユイの半生
「……生まれてしばらくは、ただ幸せだったの。
貴族の家に生まれて、何不自由なくて、家族の仲はよかったし。
私には前世の記憶もあったから、いい子にも振る舞えて。
すぐに言葉も覚えて。
この子は賢いってチヤホヤされて――。
毎日、楽しかったんだぁ」
ナオに近いスタートだね。
ナオの場合は、国が滅ぼされたりと散々になるけど。
「それで私、自分が聖女だって知っていたから――。
こっそり魔法の練習もしてね。
私、VRMMOでヒーラーやってたでしょ。
その感覚で」
「ゲームみたいにできたんだ?」
「うん。いろいろ試していたら手が光ってびっくりしたよ。でも、なかなか魔法っていう形にはできなくて苦労したの」
「1人でやってたの? 貴族の家だし、家庭教師とかは?」
「私、まだ2歳だったし」
「ああ、なるほど」
普通ならまだ勉強する年齢じゃなかったのか。
お昼寝で1人になれていた午後の時間に、こっそり頑張っていたそうだ。
「そんな楽しい日々がおわったのは、3歳の時だったなぁ……」
「3歳って、また早いね」
奇しくもナオと同じだ。
「だよねー。……まさか私も、走り回れるようになったばかりの年齢で、あんなことになるなんて思わなくて」
その年、聖国に熱病が流行ったのだそうだ。
ユイのお父さんも倒れてしまった。
すぐに神官が呼ばれて、水の回復魔術をかけてもらったけど、どうにも病状はよくならなかったそうだ。
その内、看病していた使用人たちまで倒れてしまう。
ユイはそんな中、熱病になっては大変だと郊外の別荘に移されることになった。
挨拶のため、父の病室にユイは初めて入った。
それで気づいたのだ。
これはダメだ。
と。
窓を締め切って、空気を入れ替えない。
看護している人たちがマスクをしていない。
手を洗っている様子もない。
病人に与えるのは、栄養なんてなさそうな薄味のスープばかり。
治療を魔術に頼ってきた弊害――。
衛生等の知識が発達していないのだとユイは気づいた。
ユイは前世で医学部生だった。
医療に関する知識は人並み以上に持っていた。
そのことを言おうとした時、目の前で父が苦しそうに呻いた。
これが最後の別れになるかも知れない――。
遺言を――。
なんてことを言ってくる。
母が泣き崩れる。
ユイは必死に魔力を練り、この世界から消えたという精霊に願った。
お願い、力を貸して、と。
「……その時にね、生まれて初めて、回復魔法に成功したの。
お父様はすぐに回復して――私を見て驚いた。
私、真っ白に輝いていたんだって。
まるで光の精霊様が現れて、私に力を導いたみたいに」
もしかしたら本当に、光の大精霊が陰で手を貸したのかも知れないね。
光の大精霊、ユイのことが大好きらしいし。
そこからの話は早かったという。
精霊様の声を聞いた。
精霊様がこう言っていた。
そう言うことで父と母を納得させ、衛生と食事の環境を整えた。
お父さんは、みるみる元気になっていったらしい。
ユイは本当に嬉しかったそうだ。
さらには倒れた使用人たちのところを回って、回復魔法で全快させていった。
領民たちも助けた。
短い期間で、町から熱病は消えたそうだ。
「大聖堂からの使者が来たのは、早かったなぁ……。
2週間もなかったと思う……。
国を救うために力を貸してほしいって言われて。
私、皆のためになればと思って、行ったの」
行ってみれば、大聖堂も大惨事。
国の中枢を支える人々が、ことごとく熱病で倒れていた。
頑張ってみんなに魔法をかけて治し、ここでも精霊様の言葉として衛生と食事の環境を整えていった。
ユイは大聖堂に滞在して、ひたすら魔法で人々を治したそうだ。
魔力の限界まで回復魔法を使っては、倒れるように寝て。
起きたらまた、限界まで魔法を使って――。
そんな日々だったそうだ。
3歳児とは思えないね……。
ていうか、3歳児にやらせることじゃないよね……。
だけど現実問題としてユイ以上の回復魔法の使い手はいなくて、1人でも救うために頑張るしかなかったそうだ。
やがて、熱病は聖都からも消えていった。
冬がおわって、春になったのも大きかったようだ。
「落ち着いてから鑑定を受けてね。
私に強い光の力が宿っていることがはっきりしたの。
それでそのまま、聖女に認定されたんだ。
最初は嬉しかったよ?
だって、みんなが喜んでくれたし」
「チヤホヤされたんだ?」
「うん。すごく」
「よかったね、夢が叶って」
それを願って転生したんだもんね。
「……そうだね」
だけどうなずいたユイの表情は暗い。
「でもね、5歳まではよかったんだ。
普通に家にいられたし。
聖女としての仕事は、年に1回、2週間をかけて国を巡って。
病気の人たちを助けて。
最後に大聖堂で精霊様の言葉を伝えるだけだったし」
国を巡って気になったことを、前世の知識を借りて、精霊様の言葉としてアドバイスしていたそうだ。
「旅は楽しかったなー。お父様にお母様、お兄様も一緒だったし。
あ、5歳の時にはね、エリカと会ったんだよ!
私の名前を聞いて、来てくれたの!
すごかったよー!
もうキラキラで!
どこのお姫様? あ、お姫様だよねーって感じで!
会えて嬉しかったなー。
一緒に寝てね、一晩中、いろんなことを話したんだ。
エリカは、世界で一番のお姫様になるって、言ってたなぁ……。
最初の頃は、ホント、楽しかったんだ……」
笑顔で話していたのに、ユイはまた最後に元気をなくした。
「それで6歳になって、私は大聖堂で――クウが来てくれた、歴代の聖女と同じ屋敷で暮らすことになったの」
「6歳でひとり暮らしって、大変だね」
「だよねー。寂しかった。でも、聖女として頑張ろうとも思ったんだ。だって、自分でなりたくてなったわけだし。みんな、まだ幼女の私に頭を下げて、どうかこの国をお救いくださいなんて言うし」
そこから先が地獄だったらしい。
ユイの言葉は、精霊の言葉。
すべてに意味があり、それを否定することは許されない。
夜は静かなのが好きと言えば、まったく知らない内に、いつの間にか、聖都で夜間に騒ぐことが法律で禁止された。
もちろんそんな法律は撤廃させたと言う。
ユイは、まだ夜間に騒ぐの禁止が続いていることは知らないみたいだった。
誰かが自主的にやってるんだね、ユイの意を汲んだつもりになって。
ほんの軽い気持ちでピーマンは嫌いと言ったら、市場からピーマンが消えて、生産者が投獄されたこともあったと言う。
幸いにも気づいて、本当は大好きアレは冗談と言ってやめさせた。
数日後からピーマンのケーキが出るようになった。
他にも似たような事例が多数で……。
もしかしたら、私のせいで殺された人がいるかも知れない……と、ユイは泣きそうな顔でつぶやいた。
さらには、町を散歩することはおろか、大聖堂を好きに歩くこともできない。
ユイの姿を見るや、全員、その場で膝をついて、視界から消えるまで身動きひとつしなくなるから。
恐ろしいことに、聖王や総大司教ですらそうしていた。
ユイに無礼を働けば、国の権力者ですら公然と非難されたそうだ。
なので、誰にも束縛されないのに、仕事以外の時間は、自主的に幽閉生活を送るしかなかったそうだ。
たまの休日には1人ぼっちでベランダで――。
この世界から消えて1000年も過ぎた――。
いるはずもない精霊に話しかけていたそうだ。
「でも、きっと、いてくれたと思う。感じていたんだ、優しい光を」
ユイは楽しげにつぶやいた。
うん。
きっと、いたよ。
光の大精霊は、ユイのことを見ていたって言うしね。
話の腰を折るので、今は伝えなかったけど。
ユイの話は続いた。
ともかく、そんなこんなで――。
ユイは、迂闊に言葉を出せなくなった。
怖くなって、普段の用事は、紙に文字を書いて伝えるようになったそうだ。
紙は、受け取った者の家宝になったそうだ。
「……それでも政務は頑張ったんだよ。
私がやると言えば、やれたし。
税金の無駄をなくして、不正は許さないと宣言して。
でも今なら許すから、すぐに懺悔にしに来なさいって言って……。
おわるのに何日かかったかなぁ。
多すぎでしょ! 不正! って感じだった」
そうした仕事をしつつ、最大限、救いを求めて大陸中から集まる人々に回復魔法をかけていたと言う。
「頑張ってたんだね……。ユイ」
「うん。我ながらそう思う。あと、それでお金が浮いたから、孤児院とか治療院とかの福祉を充実させてね。でもね、孤独だった。友達、エリカしかいなかったし。そのエリカもどんどんすごいことを言うし」
「何を言ってきたたの?」
「最近だとね、戦争しようって言うの。バスティール帝国こそが悪の根源だって聖女として宣言してくれって頼まれて」
「なんで帝国は悪なの?」
私は冷静にたずねた。
私の目に映ってきた帝国は悪の根源なんかではなかった。
いい国だと思った。
だけど、別の角度はあるに決まっている。
それを知りたかった。
「精霊と聖女の存在を騙っているの。帝国には精霊の祝福があって、聖女が生まれて精霊の守護がついた、なんて言っているみたい。そうやって人心を集めて山脈を越えて大陸の統一を目論んでいるみたい。エリカの経済対策の効果が薄かったり治安が不安定になっていくのも帝国の工作なんだって」
「それって、エリカが言ったの?」
「うん。そうだよ。でも、大聖堂でも同じように聞いた。あと最近、帝国の皇帝に祝福が降りている嘘の映像も見たんだ」
「嘘だったんだ……?」
私の魔法なので、一応、精霊の仕業ではあるけど。
気持ち的には祝福だったんだけど。
「ううん。私の目には祝福の――強い癒やしの光に見えたよ。みんなは嘘って怒っていたけど私は違うと思った」
「それ、言わなかったの?」
「だって、私がそんなこと言ったら……。どうなるか……。私のせいでジルドリアが大変なことになりそうで……」
「でも、それはきちんと言わないと」
「むりー! むりー! 私のせいで誰かが死んだら、どうするのよぉぉぉ! エリカに大変なことが起きたら、どうするのよぉぉぉぉ!」
顔に手を当てて、ユイはうつむいてしまった。
また泣いてしまう。
「でも放っておいたら、もっと酷くなるよ? 言うべきことは言わないと――」
説得しようと身を乗り出した私の前に、ナオが手を伸ばした。
「クウ」
ナオの無機質な赤い瞳が、じっと私を見つめる。
「……あ、ごめん」
でも、なら、どうしたらいいんだろう。
これは――。
私の大切な――。
お友だちのセラや――。
ううん。友人だけじゃない。
この世界で関わった、たくさんの人達の運命を決めることだ。
私は途方にくれた。
ナオの提案で、今夜のお話はここまでにした。
ユイの顔を綺麗にして3人で並んで寝た。
翌日。
ベッドから起きても、ユイは元気がないままだった。
ただ、ぐっすりとは眠れた。
時計を見れば、午前11時を過ぎていたし。
「……昨日は取り乱してごめんね。……連れてきてくれてありがとう」
「うん。どういたしまして」
とりあえず私は笑って答えたけど。
正直、気まずい。
どうしよう……。
何を話せばいいのか。
「クウは先にホールに行っていて」
ナオに言われた。
「私?」
「私達は着替える。
先にみんなに、人間が来ていることを伝えておいてほしい。
トラブル防止」
「あ、うん。そうだね。それなら、先に行ってるね」
私は言われたとおりにすることにした。
私はいつもの精霊の服なので、『透化』さえすれば、いつでも綺麗なまま。
着替えの必要はない。
それに正直、ユイと顔を合わせて居づらかったし。
ナオは、そんな私の心情を察してくれたのかも知れない。
うん、そうだよね。
たぶん、そうだ。
私も昨日の最後は、ちょっとムキになっちゃったし。
ナオに任せておけば大丈夫だろう。
うん。
ここは頼っちゃおう。
きっと上手いこと、ユイを元気づけてくれるはずだ。
ご覧いただきありがとうございましたっ!
ブクマと評価よかったらお願いしますクウちゃんも喜びます\(^o^)/




