170 クウとユイとナオと
「……ここは?」
「ナオが今、住んでいるところ」
「ナオが……」
「行こっ」
呆然とするユイの手を取って、私は竜の里の大きなホールに出た。
「おーい! 誰かいないー! おーい!」
呼びかけると、フラウが幼女の姿で出てきてくれた。
「クウちゃんは夜行性なのであるな」
「ごめんねー、変な時間ばっかりで」
「構わないのである。いつでも大歓迎なのである。それより横にいる娘は――まさかの聖女であるか?」
「うん。わかるんだ」
「凄まじい光のオーラなのである。まさに聖女なのである」
「実は、ちょっと事情があってね……。この子、私とナオの友達なんだけど、しばらくここに置いてくれないかな?」
「それは構わないであるが……。さすがに事情は聞かせてほしいのである」
「明日でいい?」
「構わないのである。今はナオに会いたいのであるか?」
「うん――。深夜だけど、案内してもらっていいかな?」
フラウは連れていってくれた。
パジャマ姿のユイは、ずっと無言だった。
不安なのかな……。
まあ、仕方がないか。
願いを叶えただけとはいえ、いきなり連れてきたわけだし。
部屋についた。
フラウがドアを開けた。
部屋に入って、照明をつける。
余計なもののない、殺風景な部屋だった。
壁にカメアーマーが4つかけてあるけど、調度品といえばそれくらいだ。
まあ、ナオの場合、カメアーマーは実用品だけど。
あと、箒が隅に立てかけてあった。
これも実用品だけど。
ナオはベッドで寝ていた。
「カメ! カメ! 起きるのである! クウちゃんが来たのである!」
上からフラウが容赦なく大声を上げた。
「……クウ?」
ぴこりと銀色の獣耳を揺らして、ナオが目を覚ます。
「ごめんね、深夜に」
「……いいけど。……あれ、ユイ?」
ゆっくりと身を起こして、無感情な赤い瞳でこちらを見て――。
すぐにナオは気づいた。
ナオは前世とちがって獣人だけど、ユイにも一目でわかったようだ。
ユイがナオの胸に、倒れるみたいに飛び込む。
「ナオぉぉぉ! ナオぉぉぉぉ!」
「久しぶり」
「うん! うん! うん!」
ユイは泣きじゃくった。
そんなユイの頭をナオが優しく撫でる。
私はそれを見ていた。
…………。
……。
いや、うん。
べつにいいんだけどね?
ユイ、私といくらか2人きりだったけど……。
抱きつかれることも泣きつかれることも、なかったよね。
いや、うん。
べつにいいんだけどね?
私たち、みんな仲良し幼なじみだし。
私、抱きつかれてないけど。
泣かれてもないけど。
「久しぶりの再会のようであるな。妾は明日の昼にまた来るのである。一緒にランチをしようなのである」
「うん。ありがとね。じゃあ、明日のお昼に」
「それでは、なのである」
フラウは気を利かせてくれて、すぐに帰っていった。
私はとりあえず、ナオのとなりに座った。
「クウ……。ユイはどうして……?」
「んー。私も詳しくはわからなくて。あとでユイに聞いてみよ」
「わかった」
ちなみにナオはカメ姿ではなかった。
短パンにシャツ。
軽装だった。
いくらか泣き続けて、ようやくユイは落ち着いた。
ナオから離れて目を拭いながら謝る。
「ごめんね、いきなり」
「気にしてない。平気」
私はユイにタオルを貸してあげた。
ナオは自分でシャツを替えた。
その後、コップに冷たい水を入れて2人に渡した。
水を飲んで一息ついてから、2人にはベッドの縁に座ってもらう。
私は前に立った。
「見てて」
そう言ってから、うしろをむく。
そして振り向くと共に。
「にくきゅうにゃ~ん」
前世よりさらに磨きをかけた、必殺の芸を披露した。
「ぷはっ! あはははははははは! それって――! 久しぶりに見ちゃった! あはははははははは!」
口から息を吐いて、ユイは思い切り笑った。
ふ。
ウケた!
さすがは私。
しかしナオは冷めた目をしていた。
「……クウ、今それをやる?」
「う、うん……。かなり洗練されたと思うけど……。何点かな?」
「4点」
「え。あの、ナオ……。それって前世より1点も低いんだけど……」
「前世は前世。今は今だけを受け止めるべき」
「そんなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
私は四つん這いに倒れた。
そんなまさか。
自信あったのに得点ダウンなんて……。
「あははは……。大丈夫だよ、クウ。私には100点だったよ。ありがとう。久しぶりに心から笑っちゃったよ、私」
「そっか。それはよかった」
まあ、ウケるウケないは個人の感性とその時の気分にもよるか。
ナオのことも、いつか大笑いさせてやろう!
私も水を飲んで、2人の横に座った。
「ねえ、クウのその姿って、一目でわかったけど……。VRMMOで一緒に遊んでいた精霊のクウ・マイヤだよね?」
ユイが顔を向けて質問してくる。
「うん。そだよ。私、ゲームキャラに転生したんだー」
「そうなんだ……。すごいね……。びっくりだよ……」
「あはは。だよねー」
「ここに来た『転移』って銀魔法だよね? タオルや水はアイテム欄から?」
「うん。そだよー。私、クウそのままだから」
「……精霊ってこと?」
「うん。ゲームのまま、精霊姫、精霊第一位の私だよ」
「そうなんだ……。すごいね……」
「ユイだってすごいよ。聖女だよね。もうさ、どこに行っても、ユイ様、ユイ様って尊敬されてて驚いたよ」
「奴隷の私でもユイの名前は聞いていた。すごい知名度」
「奴隷って、ナオが?」
「うん。私は奴隷人生」
「……勇者。……世界最強のはずなのに?」
「無理。無理でした。無理でございました」
「そっか……。そうだよね……」
また泣き出しそうなほどのか弱い声で、ユイは静かにうなずく。
ユイが聞きたいというので、まずは私とナオのことを語った。
最初にナオの半生。
次に私の数ヶ月。
ナオに話した時と同じで、私の数ヶ月はユイに全力で羨ましがられた。
はい、うん。
なんか、楽に生きててごめんね。
でも精霊さんって、ふわふわするのが仕事だから。
許してね?
しゃべっていたら小腹が空いた。
私は、アイテム欄から帝都で買った屋台料理をいろいろと取り出した。
トルティーヤやサンドイッチだ。
もちろん2人にもあげる。
みんなで食べた。
ユイは、庶民の食べ物は生まれて初めてだと感動していた。
物心ついてからずっと高級料理だと言う。
あとは、自作の日本料理。
ナオは、様々なソースにトマトケチャップ……人間の調味料は最高だと、もぐもぐとたくさん食べた。
竜の里の料理は味付けがシンプル。
健康的で素晴らしいんだけど、芳醇なのもいいよね。
そんなこんなで楽しい一時を過ごした。
そばにいると、変わらない。
たとえ姿が変わっても、昔のままの2人に思える。
私にとっては数ヶ月前。
だけど2人にとっては、もう11年も昔のことなのに。
私は思う。
11年かぁ……。
それは、決して短い年月じゃないよね……。
ひとしきり食べおわったところで、ユイがためらいがちに口を開いた。
「……ねえ、あの。
私の話も……聞いてもらっても、いいかな?」
「うん。聞きたい」
私はうなずいて、ユイの声に耳を傾けた。
ナオもうなずいている。
「私ね――」




