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17 初めての夜




 夜。

 空には星がたくさん瞬いていた。

 三日月も綺麗だ。


 あー、三日月か。


 ナオ、三日月に祖国の再興は、もう誓ったんだろうな。

 転生の時、そんなこと言っていた。

 きっと今ごろは勇者として、七難八苦の人生を送っているんだろうな。

 地獄の日々じゃなければいいけど。


 エリカとユイは、今ごろは豪華なディナーかな。

 いいねえ。


 私は1人、城郭都市アーレから少し離れた丘の上で『浮遊』している。

 野外で寝てみようと思ったのだ。

 なにしろこれから私は山に行く。

 魔物もいる場所だ。

 何日か滞在するつもりなので、危険な野宿が続く。


 まずは安全そうな町の近くで寝てみようと、そう思ったわけだ。


 しかし、私は考えなしだった。

 鉱石を探すぞー!

 と、着の身着のままでここまで来てしまった。


 外で寝る。

 テントも寝袋もなしで。


 とりあえず太い木の枝に座ってみたんだけど。

 うん。

 無理。

 だって虫がいた!

 大きな芋虫が!

 毛のいっぱいついた、グネグネしたやつが!

 となりにね、座ったら!


 こんなところで寝たら……。

 朝、起きたら虫まみれ……。


 ぎゃぁあああああああ!


 考えただけで叫んでしまった。


「……まあ、いいんですけどね。

 もう浮かんだまま、一か八か寝ちゃおう。

 うん、もうそれでいいや。

 よく考えたら最初からそうするつもりだった気もするし」


 よし寝床は決まった。

 決まったのでアーレに戻ることにした。

 今日もいろいろあったし疲れているはずなんだけど、寝ることに緊張してしまって眠くならない。


「もういいや。アンジェの家、行っちゃおうかな」


 幸いにも住所は知っている。

 聞けばわかるだろう。


「ダメダメ! 私はこれから山に行くんだ! 野宿に慣れないと!」


 とりあえず『透化』。

 外壁の上を抜けて、アーレに入った。


 なにしようかなぁ……。


 来てみたもののすることがないのでふわふわした。

 私の仕事だ。


 考えてみると、こっちの世界に来て1人で過ごす夜は初めてだ。

 目まぐるしくいろいろなことがあった。

 セラ、エミリーちゃん、アンジェ。

 3人も友達が出来たし。

 なかなか幸せにふわふわできているなぁ、私。


 お?


 ふわふわしていると、視界の隅がわずかだけど光った。


 なんだろ……?


 目を向けた時には、もう消えていたけど。

 町の明かりではない気がした。


 ふわふわ近寄ってみる。


 すると同じ場所から赤い光が夜空へ伸びた。

 これ、魔術だ。

 昼のコンテストでアンジェが使っていたものと同じだ。


 誰だろう。


 気になって、さらに近づいた。

 立派な家の大きな庭からだ。

 誰かが膝をついて、辛そうに息をしている。

 赤い髪の女の子。


 ……アンジェ。


 思わず声に出しかけて、止めた。


 私は姿を消しているので、アンジェは私に気づいていない。


 額の汗を拭って、アンジェが背を伸ばす。

 呼吸を整え、アンジェは手に持ったワンドを夜空に向けた。

 呪文を唱えてファイヤーアローを発動させる。


 かなり無理をしているんじゃないだろうか。


 発動の直後、目まいを起こしたようにくらりとアンジェの頭が揺れた。

 こめかみを押さえて目を閉じて、アンジェは何度か大きく息をついた。

 汗だくだ。


 魔術って、体に負担がかかるんだね……。


 大丈夫なのだろうか。

 心配になる。


 そこに誰かがやってきた。


 ゆったりとした衣服を着た老人だ。

 穏やかな顔立ちの男性。

 たぶん、アンジェのおじいさん、ラルス・フォーン神官だ。


「今夜は一段と精が出ているようじゃな」

「……うん。……まだやれるし」

「ふぉっふぉっふぉ。よいことじゃ。魔力は筋肉と同じで、限界まで使えば使うほどに伸びていくもの。多くの魔術師は魔力枯渇の苦しさに負けて低く限界を定めるが、アンジェリカは高みに至れそうかの」

「……要は動けなくなるまでやればいいのよね?」

「極めるのであればな」

「……私、極めたいの。頑張る。クウには負けられない」


 私の名前が出てきた。


「……すごかったんだよ。立てた剣の上に乗って、そこから一回転して。悪い奴に狙われた時は私を抱き上げて走って、それなのに連中よりも速くて、息ひとつきらさなくて。剣だって一流の冒険者に褒められてた」

「夕食の時にも聞いたが、将来有望な少女じゃな」

「うん。しかも、すっごい可愛いしね」


 汗をぬぐいながら、満面の笑顔でほめられた。


 て、照れる……。


「だから私も頑張らないとっ!

 来年、また会った時、絶対に驚かせてやるんだからっ!」


「ふぉっふぉっふぉ。やれるだけやるといい。おまえにはワシがついとる。怪我をしたところでたちどころに治してやるからの」

「ありがとう、おじいちゃん」


 アンジェが爽やかな顔で夜空を見上げる。


「――私、やっと見つけたの。負けたくないって思える相手。すごく嬉しい。昨日までは、こんなに必死にはなれなかった。でも、今は違う。私、もっともっと強くなれる気がするの」

「精霊様、どうか我が孫アンジェリカをお導きください。生まれた強き心を、どうかお見守りください」


 おじいさんが祈りを捧げる。


 うん。

 見守ってるよ。


 正確には、盗み見しています。


「精霊様、どうかお導きを――お願いします――」


 アンジェも祈りを捧げる。


「さ、おじいちゃんっ! 私まだやるからっ!」

「しばらくしたらまた見に来るから、頑張るんじゃぞ」

「うんっ!」


 おじいさんが立ち去る。


 アンジェは再びワンドを掲げると、呪文を詠唱した。


 がんばれ、アンジェ。


 そうだ。


「魔力感知」


 試しに見てみたら、すでに赤色のオーラをまとっているアンジェには、さらに未覚醒の魔力がひとつあった。

 緑色の光だ。

 ふむ。

 ちょっとだけ黒魔法のスリープクラウドで眠ってもらって――。

 未覚醒の魔力に触れて、魔力を解放して――。

 空に戻ってから、睡眠を解除。


 よし。


「え……? なに……これ……。力がみなぎって……」


 アンジェの体が少しの間、緑色の光に包まれる。


「これって魔力……よね……。

 緑は、風……?

 私……2属性に……」


 おめでとう。


 ふわふわしつつ、私は心の中でお祝いした。


「おじいちゃん! おじいちゃん大変だよ、おじいちゃん!

 精霊様が――私を導いてくれた!」


 アンジェが興奮を隠さず家に走っていく。


 私は町の外に出た。


 そろそろ寝よう。

 うん。

 なんか眠くなってきた。


 空に浮かんで姿を消したまま、私は目を閉じた。

 緊張はいつの間にか取れていた。


 で。


 翌朝。


「……ねえ、アンタ、人んちの庭で何してんの?」

「んあ……?」


 目覚めると、上から覗き込んでいるアンジェの怪訝な顔があった。


「ん?」


 ここはどこだろう。

 あたりを見回して、すぐに気づいた。

 アンジェの家の庭だ。


「どうしてこんなところで1人で寝ているのよ?」

「私にもわからないっ!」


 元気に腕を伸ばしてみた。


「アンタなら別にいいけど、普通は捕まるわよ?」

「ねえ……」


 ふと気づいた。

 ここは芝生の上だ。


「どうしたの?」

「虫……。虫、ついてないよね!?」


 全身確認!

 急げ!


「背中、見てっ! 背中ー! ついてたらとってぇぇぇ!」

「ついてないわよ」

「ほんと!? 意地悪してない!?」

「してないわよ。だいたいうちの庭に変な虫はいない」

「よかったぁ!」


 あやうく泣くところだった。

 安全確認○。


「ふう。死ぬかと思った」

「いきなり騒がしいわね」

「で、どうして私、ここにいるんだろ。町の外で寝てたんだけど」


 頑張るアンジェの姿が印象的だったから、無意識に『浮遊』の目的地がここになってしまっていたのだろうか。


「妖精にでもかどわかされたんじゃないの?」

「妖精いるんだ?」

「知らない」

「とりあえず、ごめんね?」

「もういいから、一緒に朝食を取りましょ! 旅立ちの前に挨拶に来てくれたってことにしてあげるっ!」

「え、いいの?」


 私、とてもとても怪しいよね。

 とてとてだよね。


「いいの」

「ほんとに?」

「私がいいって言ってるんだからいいに決まってるでしょ!」


 細かいことは気にしないアンジェが素敵です。

 強引に引っ張り上げられて、アンジェに家の中に連れて行かれた。


 体はすっきりしている。

 よく眠れたようだ。


 どうやら朝といっても少し遅めだったようで、おじいさんを始めとした働きに出ている人はすでに家にいなかった。

 おばあさんやお母さんも朝食はすでにおわっていた。


 私はおばあさんとお母さんにリビングで挨拶をした後、ダイニングに移ってメイドさんに引かれた席に着いた。


「アンジェだけ朝食が遅いんだね」

「昨日、魔術の練習を限界までしちゃってね。ちょっと起きれなかった。今日は学校が休みだから平気だけど」

「頑張ってるんだね」


 さすがに覗き見しましたとは言えない。


 メイドさんが私とアンジェの前に、パンとスープ、それにソーセージとサラダの乗ったお皿を置いてくれた。

 あと、オレンジジュースと水。


「アンジェ、お嬢様なんだねえ。豪華だ」

「うちはお金持ちだけど、所詮は平民。貴族と比べたらたいしたことないって」

「そうなんだ」


 たしかに、大宮殿の朝食はこれより豪華だったけど。

 あれは間違いなく比較してはいけない国の最高峰だ。


「クウは、実は貴族とかじゃないの?」

「まっさかー!」

「ならよかった。貴族なら気楽に付き合えなくなっちゃうし」

「貴族ってけっこう威張ってるものなの? ここに来る途中、嫌な貴族がいて喧嘩してきたけど」

「はぁ!? 貴族と喧嘩ってアンタ!」

「あ、平気だよ。無事に勝利してきたから」

「勝利って……」

「私は強いっ!」


 あっはっはー。


「まあ、いいけど。アンタならホントに勝っちゃいそうな気がするし」


 ため息まじりに言われた。


「アンジェだって勝てそうだよ?」

「当然でしょ。私は、礼儀はきちんと守るけど、横暴には負けないんだから」

「横暴されたら一緒に戦おう」

「望むところよ」


 2人で笑いあった。


 フラグにならなきゃいいけど!


「あ、ならパーティー名を決めなきゃいけないわね」

「私との?」

「うん。私とアンタの最強パーティー」

「チーム最強」

「それは安直すぎるわね。もっとイメージがないと。『赤き翼』みたいに」

「んー」


 考えてみたけど、パッと浮かんだのは。


「このソーセージスパイスが利いて美味しいね隊」


 パリッと皮の弾け具合も最高。


「でしょ? 私もお気に入りなのよねー。じゃなくてっ! そんなパーティー名は絶対に嫌だからね私っ!」

「冗談だよー。まだ先の話だし、ちゃんと再会できたら考えよ」

「そうね。来年の話よね」

「パーティーには私の友達も入りたがるかも知れないけど、いいよね?」

「クウが認めた相手なら大歓迎っ! どんな子なの?」

「いい子だよー」

「強さは?」

「たぶん、最強」


 国家権力的に。

 だってセラ、皇女様だしね。


「ほんとに? うわっ! 楽しみっ!」

「うん。その時には紹介するね」


「私も自分を鍛えて置いていかれないように頑張る。

 あ、そうだ!

 ねえクウ!

 聞いて聞いて!

 昨日の夜、すごいことがあったのっ!

 本当にすごいこと!

 ねえ、何だと思う?」


 アンジェの笑顔は夏の陽射しみたいに明るい。


 食事がおわる。

 玄関でお別れ。


 2人して敬礼。


「クウが行く。どこに?」

「どこだろ?」

「自分のことでしょっ!」

「そこで突っ込んだらブリジットさんにならないっ!」

「しまった。つい」


 笑った。


 見上げれば青空。

 地面からでもついに山脈が見え始めている。


 さあ、とんがり山を目指そう。



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― 新着の感想 ―
[良い点] アンジェちゃん、素直で気立てが良くてとても良い子ですね! 水戸黄門ばりに諸国漫遊して人助けというのも読んでいてとてもワクワクして楽しいです。
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