168 聖都アルシャイナの夜
夕方。
聖都に戻ってきた。
市街地の適当な物陰で地面に降りて、『透化』を解除。
普通に散策する。
夕方でも、まだ大通りは賑わしい。
さーて、これからどうしようなー。
ユイがいるのは、きっと、正面にそびえる大聖堂の上の方だよね。
忍び込むのは、やっぱり深夜かな。
ユイが確実に自室にいて、さらに1人の時がいいし。
そうすると、まだ時間がある。
日が暮れたらどこかの食堂に入って情報収集してみようかな。
いや一応、宿を取っておくか。
というわけで。
1階が食堂、2階が宿というお店を見つけて、中に入った。
幸いにも部屋は空いていたので、1泊分のお金を払って、1部屋を借りる。
最初は子供が1人で、と訝しがられたけど、
「私、ハイエルフなんですけどっ! もう大人なんですけど!」
と嘘をついたら納得してくれた。
ごめんよ。
ユイに会ってからどうなるかわからないので、
誘拐されたと思われないように、
急用で深夜にいきなり無断で出立するかも知れないことも伝えておく。
朝、いなくても気にしなくていいからね?
そう。
ハイエルフとはそういうものなのでっ!
……はい、違うと思います。
ごめんなさい、ハイエルフのみなさん。
ともかく部屋に入って、ベッドに寝転んで小休止。
ずっと『透化』していたので体は綺麗だけど、すっきりしたいのでお風呂にも入りたいところだ。
と思ったけど、私は寝てしまった。
目が覚めれば、もう外は真っ暗になっていた。
お腹が空いた。
下の食堂で夕食をいただこう。
誰かとおしゃべりして、情報収集もできるといいけど。
私は1階に下りた。
食堂にはそれなりにお客さんが入っていたけど、妙に静かだった。
全然盛り上がっていない。
というより、誰もしゃべっていない。
いや、しゃべってはいるけど……。
小声でひそひそと、囁き合っているだけだった。
なんだろ、これ……。
けっこう不気味な雰囲気だった。
お。
あいつがいた。
冒険者ギルドで私にからんできてワンパンでのしてやった、暴れ牛の異名を持つガラの悪い大男。
名前はなんだっけ……。
「よ、ウンモウ。元気ー?」
気軽に声をかけて同じテーブルについてみた。
「ウンモウだと……? 俺はメガモウ様だぞ……。
てめぇ、喧嘩売ってるのか……?
って、おまえは昼の――」
「ねえ、なんでそんな小さな声でしゃべってるの?」
「……おい、やめろ、てめぇ」
なぜかメガモウに、酷く怯えられた。
昼は威勢がよかったのに。
見ればまわりも、まるで恐れるように私のことを見ている。
どうしたんだろ。
そこにウェイトレスの女の子がやってきた。
「……あの、お願いですから小さな声でしゃべってください」
「……オススメでいいので、夕食をお願いします」
頼まれたので、小声で頼んだ。
無言でうなずいて、女の子がカウンターに戻る。
ふーむ。
なんだこれはと思っていると、ドアが開いた。
新しいお客さんみたいだ。
いや、違うのかな?
見れば、真っ白な制服を着て、真っ白な帽子をかぶった、いかにも規則正しく生きていそうな2人組が立っていた。
「皆様、こんばんは。
聖女親衛隊の者です。
今夜の見回りに参りました。
聖女様のご意思に背き、騒がしくしている不埒者はいませんか?
いたならば、無言のままで結構です。
そっと指を向けてください」
制服の人が優しくも冷たい声でたずねる。
みんなうつむいたまま動かなかった。
「いないようですね。
聖女様は、昼には活気ある輝きを、夜には静かなる瞬きをお望みです。
破る者あれば、すなわち聖女様への裏切り。
決して許すことはできません。
どうぞ遠慮なく、速やかに我々にご連絡ください」
それでは――。
と、一礼して、彼らは去っていった。
「……ふう」
メガモウが肩で息をついた。
「……てめぇ、ホント、冷や冷やさせんなって。……俺まで教育を受けるハメになるところだったろうが」
「……なんとなくだけど事情はわかったよ」
「……初めて聖都に来たのか? 少しは調べてから来いっつーの」
聖都、こわっ!
食堂で騒いだら捕まるのか!
しかもユイの意思って……。
まあ、でも、ここは宗教の一大拠点だろうし……。
夜に静けさを求めるのは当然なのかな?
でも、メニューを見れば、お酒も売っている。
お酒を飲んでいるお客さんもいる。
「……それなら、お酒なんて売らなければいいのにね」
「……『お酒は命の源です。決して、お酒を飲む自由を奪ってはなりません』。それもまた聖女様のお言葉なのさ」
お酒は命の源です、って――。
ユイの前世の口癖だ。
どうやら前世の記憶はちゃんとあるみたいだね。
よかった。
それなら私のこともわかってくれそうだ。
ともかく色々と極端な国みたいだ。
いったい、ユイは、どういう方針で運営しているんだろうか。
オススメの夕食が来た。
おおっ!
いかん。
思わず大きな声を出しそうになったよ。
だって、アレだよ。
ご飯に味噌汁、ショウガ焼きにキャベツ、そして漬物。
懐かしき、和風の定食!
しかも箸がついていた。
これもきっとユイの影響なんだろうねえ。
たいしたもんだ。
大いに感心しつつ、私はしみじみと懐かしい味を楽しんだ。
ああ、食べ物だけなら、聖都に住んでもいいね、私。
このあと小声でメガモウと話した。
聖国は、国としては暮らしやすいらしい。
治安はいいし、食べ物は美味しいし、物価は安定している。
税金も、ジルドリアやトリスティンといった隣国と比べれば遥かに安い。
ただ、ルールは厳しい。
暮らしやすいけど、生きにくい。
そんな国のようだ。
なので気性の荒い連中は、自由に生きることや一攫千金を求めて、ジルドリアやトリスティンに行くそうだ。
「……メガモウも、どう考えてもそっち向きじゃない?」
小声でそうたずねたら、
「……馬鹿野郎。……俺は敬虔なる信徒だ」
と言われた。
えー!
いきなり私にからんできたのに!?
嘘でしょ、え、ギャグ!?
本気で叫びかけたけど、なんとか我慢した。
なにしろメガモウが人生語りを始めた。
「……俺は商人の家の子だったんだがな。
……親が悪い奴に騙されて、すべて奪われた上に殺されて……。
……俺は奴隷にされちまってな……。
……でも我ながらブサイクで、殴る蹴るされて体も壊れてたからよ。
……銅貨1枚でも売れずに、処分されるところだったんだ。
……それを、ユイ様が救ってくれた。
……死にかけていた俺に光の力を使ってくれて。
……謝ったんだぞ、俺に。
……気づくのが遅くてごめんね、って。
……信じられるか?
……まだ、小さな幼女だったんだぜ、ユイ様は、その時」
なんと。
冒険者ギルドで私にケチをつけてきたのは、彼なりの優しさだったようだ。
私みたいなガキが無謀なことをして死なないように、と。
いや正直、ごめん!
しみじみ言われても、あの絡み方は完全に悪党だろ!
って話なんだけど!
「……俺はよ。バカで悪党面だから冒険者にしかなれなかったが。事があれば身命を賭してユイ様の恩に報いるつもりなんだよ」
なんて酒を飲みながら真顔でつぶやかれると、うん。
返答に困る……。
そんなこんなで時間は過ぎて――。
深夜。
私は1人になり、こっそりと夜空に舞い上がった。
さあ。
いよいよ。
ユイに会いに行きますか。




