160 皇女姉妹のダンス勝負
くつろいでいるとメイドさんが私たちを呼びに来た。
いよいよのようだ。
ダンスが行われている場所に向かう。
するとバルターさんが待っていてくれた。
しばらくすると曲がおわる。
ここでバルターさんが踊っていた人たちに声をかけた。
「皆様、お楽しみのところ申し訳ありませんが、これより1曲分だけ余興を行いますのでどうぞ観覧ください」
なんと公爵なバルターさんが司会をしてくれるようだ。
ありがたや。
バルターさんの口から皇女両名――アリーシャお姉さまとセラによるダンス勝負が行われることが告げられると、静かなざわめきが起きた。
普通、こんな公の場で、皇女が勝負なんてしないのだろう。
何か意味のある勝負なのか?
何を賭けるというのだ?
おふたりは仲睦まじいと聞いていたが……。
いろいろと邪推する声が聞こえる。
あっという間に、ホールにいる大半の人が注目する勝負となってしまった。
すみません。
これ、アリーシャお姉さまにもセラにも特に意味のない勝負なんです。
陛下と皇妃様、それにお兄さまも見学にやって来た。
重鎮のみなさんも一緒だ。
「陛下がいらっしゃいました。せっかくなのでお言葉をいただきましょう」
「はっきりと告げておくが、この勝負に深い意味はない。
ただの余興――」
ここでちらりと陛下が私を見た。
私はにっこりと笑う。
うん。
私、なんにもしていないから大丈夫だよっ!
「いや、訂正しよう。
私の自慢の2人の娘が、それぞれに友人を伴い、これから披露する舞は――。
精霊の気まぐれが引き起こして求めた、精霊へと捧げる祈りの舞だ。
古来、精霊という存在は――。
この世界に安寧をもたらす、慈悲深い存在でありながら――。
多分に――。
無邪気で、能天気で――。
後先など何も考えることなく、その場のノリと勢いだけで――。
ただ楽しさだけを求めるとも言う」
あれなんか、私への嫌味にも聞こえるのだけど。
気のせいだよね?
「ああ、精霊よ」
陛下が天に向かって語りかける。
「どうか楽しんでくれ給え。
そして願わくは、心穏やかに、我らを静かに見守り給え」
陛下の演説がおわる。
会場からは盛大な拍手が起きた。
あれ。
この流れだと。
私、また光の柱とか降ろした方がいいのかな?
呼びかけられたのなら、応えた方がいいよね?
と思っているとバルターさんが囁きかけてきた。
「……クウちゃん。くれぐれも何もせぬよう、お願いいたしますぞ」
「……何もしなくていいんだ?」
「……はい。どうか、ただダンスをお楽しみください」
「……でも、願われたし」
「……静かに、お見守りください」
「そかー」
「……おわかりいただけましたか?」
「はーい」
「クウちゃん、わたくし、クウちゃんと一番に踊れて幸せです! たくさん楽しんで最高の思い出にしましょうねっ!」
「うん! そだね!」
まあ、踊るだけでいいなら楽でいいや。
私も楽しもう。
「お姉さま、メイヴィスさん、お手柔らかにお願いしますね」
「あら、全力で行くに決まっているでしょう?」
「そうですね。わたくしとアリーシャは、この決闘のために必死で訓練しました。その成果をすべてぶつけてみせます」
「セラフィーヌも遠慮はいりません。わたくしを叩き潰して、それでこそわたくしの妹と誇らせてご御覧なさい」
「はい。お姉さま」
セラがキリッとした表情でうなずく。
いや、えっと。
ダンス勝負ですよね?
決闘でも叩き潰すでもないと思うのですけれど……。
ともかく始まった。
曲は決まっている。
『夜に舞うニーナ』
というワルツだ。
舞踏会での定番、デビュタントでも最初に奏でられることの多い名曲。
ニーナというのは、かつて大陸西部を流れていた、あるいは今でも流れているかも知れない川の名前。
そして精霊の名前。
それは、遠い昔のこと――。
まだ精霊がこの世界にいた――。
1000年の昔――。
でも、今でもしっかりと伝承は残っている。
夜になると、その川の水面には精霊『ニーナ』の姿が輝き――。
死者の魂を天へと導く――。
ニーナに導かれた魂は、それがどれだけ非業の死を遂げていようとも。
それがどれだけ汚れた魂だとしても。
すべては癒やされ。
すべては許されるという。
それはそれは美しい――。
大陸西部――。
現在の帝国の版図となっている土地での、信仰の中心となっていた川らしい。
今では、どこにあったのか、実在していたのか。
それすらわからない――。
伝承の中だけの川らしいけど。
そんな過去の出来事に思いを馳せて、私たちは踊る。
時にゆったりと。
時に激しく。
まさに、川の流れの如く。
そして、若々しく。
手足をしっかりと伸ばして、大きく躍動させて。
踊りつつ、私は気づいた。
セラが輝いている。
横目に見れば、アリーシャお姉さまも。
2人は、私がプレゼントしたミスリルのアクセサリー一式を身に着けている。
リングにイヤリングに、ネックレス、ブレスレット。
私にとっては見慣れたアイテムなので、気にしていなかったけれど。
踊っていて、気づいた。
ミスリルは光を受けると、虹色の輝きを放つ。
その虹色の輝きが2人を包んでいた。
なんて幻想的な光景だろうか。
私でさえ――。
あれなんか、すごく綺麗だね、セラ。
精霊さんかな?
と思ってしまうほどだ。
セラとアリーシャお姉さまの、細くしなやかな手足が、伸びる度、回る度、ミスリルの光が会場を照らす。
まるで――。
失われた1000年を、巻き戻すかのように。
やがて曲はおわった。
拍手はなかった。
静まり返った会場の中で、私は言った。
「綺麗だったよ、セラ。それにアリーシャお姉さまも。まるで精霊だった」
メイヴィスさんだけ放ってしまって申し訳ないけど。
私は思ったままを言った。
「2人は精霊に愛されているね。私が保証するよ」
怒られはしないよね。
ぽかんとしたままなメイヴィスさんの想いも、私と同じだろうし。
しばらくの沈黙を置いて――。
会場は、割れんばかりの拍手に包まれた。




