16 マクナルさんのお店
ひび割れた石畳の広場に出た。
諸行無常。
かつては賑わっていたんだろうなぁ。
今では人通りもなく、雑草が生えているのみだ。
「ほら、あそこだ」
ロックさんたちの目的地である鍛冶屋は広場の一角にあった。
まわりの建物と変わらない廃墟みたいな店だ。
看板が出ていて、「マクナルの店」とあった。
ハンバーガーショップ?
かと一瞬思ったけど、それはないか。
さすがに。
「腕利きなんだよね? こんな場所でやらなくてもいいのに」
「大の貴族嫌いなおっさんでな。依頼を受けたくないもんだから、わざわざこんなところに店を構えているんだよ」
「そかー」
「私、鍛冶屋さんって来るの初めて。楽しみっ!」
「私もー」
「ねーねー、クウ、どんな剣にするの?」
「んー。どうしようかなー。普通なのでいいけど」
「せっかくだし一番高いのにしなよ。宝石がいっぱいついててさ、貴族の家に飾ってあるようなやつ」
「勘弁してくれー!」
ロックさんを先頭に店に入る。
「よう、マクナルのおっさん!」
「おう、ロックか。てめぇ、生きてやがったのか」
武器と防具が乱雑に置かれた薄暗い店内で、テーブルに座ったドワーフがハンバーガーにかぶりついていた。
「ぶっ!」
マ、マクナルがハンバーガー食っとる!
思わず噴き出してしまった。
「……おい、そのエルフのクソガキをまずはつまみ出せ」
「エルフじゃないよ。精霊だよ」
「はぁ?」
「って、いきなりごめんね。私の昔いたところ、マクナルってハンバーガー屋さんの名前だったんだよ。だからつい」
危ない危ない。
あやうく私がクソヤローになるところだった。
ヤローじゃないけど。
「なんだそりゃ。とにかくガキの来る場所じゃねーよここは」
「うわあっ! おっきい剣っ!」
アンジェが壁にかけてあった大剣を手に取ろうとする。
「おい触るなガキ!」
「ねえ、クウ! ここにあるよショートソード」
「ほんとっ!?」
「ほら、これってそうだよね?」
「おお。いいねっ!」
「だから触るなっつってんだろうが! おいロック、なんだこいつらは! 早く山に捨ててこい!」
「やだよ、めんどくせー」
ロックさんが肩をすくめるうしろで、私はアンジェが見つけてくれたショートソードを手に取って試し振り。
ヒュン!
いいね。
重量バランスが絶妙で振りやすい。
「店の中で振るんじゃねえ! バカかテメェは!」
「ねえ、これいくら?」
「はあ? 銀貨5枚だバカヤロウ!」
「たかっ! ハイグレード品?」
「んなわけあるか、ノーマルグレードだそれは。とはいえ鉄製だぞ? 青銅製と一緒にするな」
「ロックさん、私、これがいい」
「……おまえ、遊びで使うなら青銅製で十分だろうが」
「遊びじゃありませんー。ほら――」
もう一度、ヒュンと剣を振る。
「ちゃんと振れてるでしょ?」
「だから店の中で振るんじゃねえ! このクソガキ!」
「……まあ、ちゃんと使うならいいか。わかった、約束だし買ってやるよ」
「ありがとう! やった! 使いやすくて普通な剣がほしかったんだ。これがぴったり」
「しっかし、クウちゃんってば剣にも心得があるんだな。切っ先にまったくブレのない見事な一振りだったぜ」
「そうだな。驚いた」
「えへへ。ありがとう」
ルルさんとダズさんに感心されて私は頭を掻いて照れた。
その時だ。
しばらく黙っていたブリジットさんが口を開いた。
「……クウちゃんが食う。
……くっとる?
……くっとらん。
……どっちや。
……こっちか。
……それは剣やぁ。パンちゃうで。ぷっ。くくく……」
意味がわからない。
「……ねえ、クウ。私、よくわからなかったんだけど、教えて?」
「私に聞かれても」
アンジェに囁かれたけど、困る。
「で、ロックよ。おまえまさか、そのガキに剣をくれてやるためにわざわざアーレまで来たわけじゃねえだろうな」
「決まってるだろ。これからダンジョンに行くためさ」
「……見たところ、怪我は治ったようだな」
「そうか、精霊様の祝福のことは、まだここまでは伝わっていないんだな」
「祝福? なんだそりゃ」
マクナルさんが怪訝に眉をひそめる。
「帝都であったんだよ。夜、空の一面から降り注いでな。それを受けた帝都の人間はみんな健康になったんだ」
「はぁ!?」
「信じられない話ですが、本当なんです。私も視力が回復しましたから」
「……ノーラがそう言うならそうなんだろうが。……じゃあ、なんだ、ワシらは精霊様に許されたというのか?」
「ええ。すでに帝都で疑う者はいません」
ノーラさんが肯定すると、マクナルさんは深々とため息をつく。
「……それが本当なら、どれほど嬉しいことか」
「いつも通り、武具の整備を頼む。できるだけ急ぎでお願いできるか?」
腰から外した剣をロックさんがカウンターに置く。
「任せろ。酷い損傷がないなら、明日の朝までには済ませてやる。ショートソードと合わせて金貨2枚だ」
「ほいよ」
交渉することもなくロックさんがお金を出す。
ふむ。
金貨2枚で平然としているとは。
これは、もっと高い剣をおねだりするべきだったかな?
まあ、いいか。
今回、ほしかったのは普通の剣だし。
「しかし、マクナル殿。いつまでもその腕を燻ぶらせておくのは惜しいのでは? そろそろ帝都に戻ってはどうだろうか」
「ふんっ。真っ平御免だぜ。クソくらえってんだ」
ダズさんの提案にそっぽを向いて、マクナルさんは早速、ロックさんたちの武具を確かめ始めた。
ロックさんたちは防具も外してマクナルさんに預ける。
私は逆にショートソードを装備した。
マクナルさんが私の体に合うようにベルトを調整してくれて、鞘もピッタリのものを用意してくれた。
私たちはお店から出て外の寂れた広場に戻った。
「似合ってる。とても強そうよ、クウ」
「ありがと」
「これで私たち、本当に最強のコンビねっ! ねえ、ちょっとフォーメーションの練習をしましょうよ!」
「いいけど、どんな?」
「とりあえず前と後ろに並んでみよっか」
「だからおまえらは懲りろ。表通りの広場でやれそういうのは」
「そ、そうね」
ロックさんに言われて、アンジェはすぐに反省した。
よかった。
これなら無謀なことはしなさそうだ。
「ほら、日が暮れる前に帰るぞ」
「はーい。ところでクウって、旅で来ているのよね? 宿はどこなの?」
「野宿だよー」
「はぁ? お父さんとお母さんは?」
「いないよ」
「え? なんで?」
「だって私、一人旅だし」
「はぁぁぁ!?」
「……そんなすごい声を出さなくても」
「あはははっ! クウちゃんはホントにおもしろいな! アタシ、けっこうキミのこと気に入ったかも!」
「クウ、おまえ、めちゃくちゃだな」
「よく襲われもせず、ここまで来れましたね……」
ルルさんには笑われて、ロックさんとノーラさんには呆れられた。
「家族が同行していないというだけの意味だろう。この子の身なりや立ち居振る舞いから見ても護衛くらいはついている存在だ。今日は護衛から逃げて遊んでいたんだろう? 早く戻ってやらないと護衛の胃が死ぬぞ」
ふふ。
私、そんな身分の高い子に見えるんだね。
見る目あるよ、ダズさん!
ごめん。
ホントは庶民だけどね。
「うちに泊まりに来なさいよっ! 歓迎するわっ!」
いや、うん。
アンジェならそう言ってくれると思った。
せっかくのご厚意だしね、断るのも失礼ではあるし、私も楽できるから嬉しくはあるんだけど。
毎回はやめておくよ。
私は22歳。
大人として少しは自活せねば。
「ホントに平気だからね? 寝るところはあるし」
「馬車でも持ってるのか?」
ロックさんが聞いてくる。
「そんなところ。私、帝都でお店を開くことになっててね、その素材集めの旅をしているんだ」
「帝都で店!? どこのお姫様だ、クウは」
「お姫様じゃないよー。でも、皇女様をたまたま助けてね、それで皇帝陛下から家をもらうことになったの」
「すげーな。マジか」
「ふわふわ美少女のなんでも工房って名前にするつもりだから、オープンしてたら遊びに来てよ」
「私も行くからね、クウ! 来年、学院に入学したら絶対!」
「うん。楽しみにしてるね、アンジェ」
大通りに出た。
ここでロックさんたちとは別れる。
「おまえら、自分が迂闊者だってことは忘れるなよ。間違っても自分から危険に飛び込んでいくなよ? また帝都で会おうな」
「まったなー、クウちゃん! アンジェちゃん!」
「お店、開いたら立ち寄らせていただきますね。アンジェちゃんもお元気で」
「元気でな」
ロックさん、ルルさん、ノーラさん、ダズさんと言葉を交わす。
グリドリーさんは無言がデフォルトだ。
ブリジットさんと目が合う。
思わず身構えた。
敬礼された。
思わず敬礼で返した。
6人は私たちに背を向け、やがて人ごみに消えていった。
アンジェとは広場まで一緒に歩いて、そこで別れる。
「今日、楽しかった! 来年もよろしくね!」
「うん。元気でね」
「そっちこそでしょ。旅なんてすごいよ。頑張ってね!」
「ありがとう」
「あ、そうだ! ちょっと待ってて!」
アンジェが近くのお店に飛び込んでいった。
しばらくすると出てくる。
「これ、私の住所。生活が落ち着いたらでいいから手紙ちょーだい」
紙を渡された。
「うん。わかった」
「じゃあ、またね、クウ!」
「またねー、アンジェ」
赤色の髪を翻してアンジェが走り去る。
最後まで元気いっぱいの子だった。
私は一人になる。
さて。
どうしようか。
食事はアイテム欄にまだ大量にあるから平気。
となれば、寝床探しかな。