156 閑話・壁の花の少女2
「2人とも、喧嘩なら外でしてね。もう始まるんだから」
クウちゃんが面倒くさそうに言います。
ああああああああ……。
なんてことを!
よりにもよって帝国を代表する2人の御令嬢に生意気な口を利いて!
もうダメですおわりです!
と、思ったら、え。
「喧嘩など、滅相もありませんわ。わたくしは忠実なる臣民。謹んで殿下にはご挨拶させていただきます」
ディレーナ様の方が頭を下げました。
「ならいいけど……」
それをクウちゃんが受け入れます。
その態度に、また取り巻きの人達が怒ります。
クウちゃんは怯むこともなく、
「ディレーナお姉さまのお友だちのみなさんは黙っててね? 邪魔だから」
と睨みつけます。
クウちゃん、強気すぎです!
目をつけられたら、何をされるかわからないのに!
でも、そこで更に驚くことが起こりました。
ディレーナ様がさらに頭を下げたのです。
「そうですわね。クウちゃん、アリーシャ殿下、大変に失礼いたしました。わたくしどもは忠実なる帝国の臣民。お二人に無礼を働くなど以ての外。あとでよく言い聞かせておきますのでどうかご勘弁を」
「ええ。よろしくお願いいたしますわね」
ディレーナ様って、こんなにも低姿勢の人だったのですね……。
噂では、とてつもなく高慢で、敵対した人には容赦なくて……。
関わってはいけない御令嬢の筆頭だったのに……。
「畏まりました、殿下。みなさん、これ以上のご不興を得る前に、ここからは別行動といたしましょう」
取り巻きの方々が立ち去ると、クウちゃんは笑顔になって言います。
「じゃあ、4人で見よっか」
え。
4人って、まさかとは思うのですが……。
どうやら私ものようです。
いえ、あの。
「……アリーシャ殿下とディレーナ様、それにクウちゃんもでしょうか……。本来なら前列でセラフィーヌ殿下をお出迎えするお立場では……?」
ここは壁際です。
私のようなオマケ参加者の定位置です。
私がそう言うと、そうなの?とクウちゃんがアリーシャ殿下にたずね、そうねと殿下がうなずきました。
それではということで前に向かいます。
なぜか私も……。
アリーシャ殿下とディレーナ様が並んでお出迎えの列に立つと、会場からはざわめきが起こります。
お2人は、その――。
派閥の対立を象徴するような――。
犬猿の仲としても知られているので、当然の反応でしょう。
まさか並んで立つなんて、誰も想像していなかったに違いありません。
私は逃げ場を探します。
私はお父さんにキツく言われていました。
今、帝国貴族には、皇帝派と門閥派の2大勢力がある。
絶対にどちらとも関わってはいけない。
関われば大変なことになる。
準男爵家が生き残る術は、どちらにも存在を気づかれないことなのだ。
関われば、使い捨ての道具にされておわるだけ――。
と……。
ごめんなさいお父さん……。
私、今、なぜか両方の中核人物と一緒にいます。
逃げ場を探したけど、横にもうしろにもお貴族様な方々がいて、もうどこにも動くことができません。
しかも皇帝陛下とセラフィーヌ殿下の準備が整って、もうすぐパーティー会場に来ることが高らかに告げられました。
時間切れです。
親不孝者でごめんなさい。
もうすべてをあきらめて、セラフィーヌ殿下のお姿を目に焼き付けることにします。
なにしろセラフィーヌ殿下は帝都で話題の人です。
皇女殿下の世直し旅といえば、もう帝都で知らない人なんていません。
聖女の呼び声高く、光の魔術を使うことができる。
剣の達人で、たった1人で悪漢どもを制圧することができる。
私と同い年の11歳の女の子がです。
にわかに信じられる話ではありませんが、もちろん口には出しません。
「――そうそう、クウちゃん。
そちらのお友達も後で紹介して下さいね」
アリーシャ殿下が私のことを見て、にっこりと微笑みます。
「そうですわね。クウちゃんのお友達であれば、せめて名前くらいは、わたくしにも聞かせて下さいませ」
ディレーナ様までが私に視線を向けてきます。
お父さん、本当にごめんなさい。
私、完全に認識されています。
さあ、いよいよセラフィーヌ殿下が登場するようです。
2階の廊下から皇帝陛下のエスコートを受けて、ゆっくりと歩いてきます。
そして階段を降り、踊り場で立ち止まります。
シンプルに仕立てられたドレス。
陽射しのように輝いた金色の髪。
温厚で優しそうな面立ち。
そんなお姿を、幻想的な七色の光がキラキラと包んでいます。
私は、多くの武勇伝を持つセラフィーヌ殿下は、きっと剣のように研ぎ澄まされた美貌のお方なのだと想像していました。
けれど今、目の前で皇帝陛下自らの言葉によって紹介されているのは、まるで妖精のような女の子でした。
紹介がおわって、盛大な拍手が起こります。
私はぽかんと見つめたままだったので、少し遅れて慌てて拍手をしました。
この後は、セラフィーヌ殿下への挨拶です。
もちろん身分の高い方からです。
私はタイミングを見つけて、離れなくてはいけません。
「私たちも行こっか」
「え? ええー!?」
ところがクウちゃんが私の手を取って引っ張ります。
前にいるのは、騎士団長様や公爵様を始めとした上級貴族の人たちばかりです。
私なんかが混じったら首を刎ねられます!
でも逃げ場がありません!
結局、皇帝陛下や皇妃様、上級貴族の人たちが見守る中――。
挨拶することになりました。
「……ハロ準男爵家の娘、マリエです」
震える声を抑えて、なんとか私は名乗りました。
あああっ!
聞こえてきます!
なぜ、たかが準男爵家の娘が今来ている!?
身の程を弁えろ!
って!
わかってるわかってるんですぅぅぅぅ!
わたしはぁぁぁぁぁ!
でもそれは幻聴でした。
すぐにクウちゃんが言います。
「この子、さっき友達になったんだ。セラも仲良くしてあげてね」
「はい。よろしくお願いしますね。マリエさん」
セラフィーヌ殿下に手を握られてしまいました!
すると、となりにいた皇帝陛下が、警戒も顕に言います。
「おい、おまえ。余計なことはしていないだろうな?」
ひぃぃぃぃぃ!
ダメですおわりました!
ごめんなさいお父さん!
と絶望したのですが、相手は私ではなくクウちゃんのようでした。
「はい。お陰様で楽しく過ごさせて頂いております」
クウちゃんが優雅に一礼します。
そして元気に言います。
「セラ、おめでとう! 精霊さんはいつでもセラと一緒だよ! これからも仲良くしていこうね!」
クウちゃんのラフな挨拶は完全にマナー違反のような気がしますが、まわりに咎める人はいませんでした。
「はい。クウちゃん。これからもよろしくお願いします」
よほど親しい関係なのでしょうか。
2人は手を取り合います。
近くにいた上級貴族の方が、これで帝国も安泰ですな、と豪快に笑います。
挨拶を終えて皇帝陛下たちのもとを離れ、やっと私は一息つくことが――。
できませんでした。
だってそのまま、当然のように。
逃げるタイミングもなく。
私は、アリーシャ殿下とディレーナ様と、クウちゃんと。
なぜかテーブルを囲むことになりました。
意味がわかりません。
でも、わかります。
私は完全に身分違いです。
なんで私、ここにいるんでしょう。
もう帰りたいです。
あ。
お父さんがいました。
目が合いました。
目を逸らされました。
助けに来てくれるどころか逃げていってしまいました。
私、ダメみたいです。
9月突入!




