153 エスコート?
「それにしてもお兄様、ちょうどよい相手がいたものですわね」
「何がだ?」
「クウちゃんなら賓客ですし、無難かと思いますが」
「……ああ、そうだな。これでも一応、異国の王女という設定だからな」
なんの話だろうか。
お兄さまとお姉さまがうなずきあっている。
「あら、それもあって来たのだと思いましたけれど」
「……まあ、そうだな。それもあった」
お兄さまが私の前に来た。
一瞬、嫌そうな顔を浮かべた後、今度は真顔で私の前に片膝をついた。
「クウ、セラのデビュタントの時、おまえのエスコート役に立候補したいのだが了承してくれるか?」
「はあ、いいですけど……」
エスコートって、会場に入る時に手を引いてくれる人のことだよね。
必要なら、お願いしておこう。
私には、他に頼める相手もいないし。
うなずくと、ウェイスさんに「ほほう」とからかうように言われた。
「言っておくが、これはただの虫よけだ」
お兄さまが立ち上がって言う。
私のことかな?
虫よけとは。
「あーそういうことか。なんだよ、禁断の恋でも始まるかと思えば」
「やめろ。悪夢を見そうだ」
「お兄様、そのような口の利き方では嫌われますよ。エスコートするのであれば淑女として扱うのが礼儀ですわ」
「わかっている」
「えっと……。何かあるんですか?」
よくわからないので聞いてみた。
「――実は、とても困ったことが起きているの」
お姉さまが言うには、ディレーナさんがお兄さまにセラのデビュタントの時のエスコート役を頼んできたらしい。
でも、エスコートなんてしてしまえば、私たちは婚約が成立しましたと貴族社会に告げることにも等しい。
なので、絶対に断りたい。
とはいえ相手は、もともと婚約話の出ていた中央貴族のトップの娘。
嫌です。
と、簡単に断れるものではなかった。
「あー、なるほど。それで私なんですね。一応、どこかの王女様って設定だし」
「ええ。異国の王女であれば断る名分が立ちます。皇族が接待としてエスコートしてもおかしな相手ではありませんし」
「了解! そういうことなら任せて!」
「……頼むから、恥ずかしい態度だけは取ってくれるなよ」
「お兄さまは、もう少し私を信用するべきですね。ダイジョーブ! ちゃんと協力してあげますから。そもそもエスコートって、会場に連れて行ってもらうだけのことですよね簡単ですよそんなの」
トラブルがなければ、ほんの数分のことだよね。
ただ歩くだけだし。
「頼みますわね、クウちゃん。本当にあの女は――。謝罪してきて今後は恭順を約束すると言ったそばからこれですもの」
「向こうが言うには、その一環らしいがな」
「頭が痛いですわ」
「まったくだ。クウにも迷惑をかけるが、すまん、頼む」
◇
「――ってことがあってね」
次の日、セラのところに遊びに言って、私は昨日のことを話した。
セラには事情を話していいことになっている。
ダンス勝負もあるしね。
「派閥の問題は大変そうですけれど……。ダンス勝負は面白そうですね! わたくしとクウちゃんが組むなんて素敵です!」
「ごめんね。引き受けてくれる?」
「もちろんです! お姉さまには申し訳ないですけれど、この勝負、わたくしたちが勝ちをもらいましょう!」
「ありがとー。セラがパートナーなら百人力だよー」
「わたくしこそです! クウちゃんがパートナーなら、千人力、万人力、いいえ、百万力は軽いです!」
というわけで、その日から特訓を始めた。
とはいえ、セラには勉強があるので、1日中というわけにはいかない。
特訓は毎日、午後4時から夕食までに決まった。
なんかこう、派手にパーッと踊ってやろうかとも思ったけど……。
勝負はあくまで社交界のダンス。
ストリートダンスでは評価にならないみたいだ。
どのような雰囲気をまとうとしても、まずは基本のステップ。
基本の動きが大切らしい。
私たちはまだ未成年で子供なので、とにかく明るく元気に躍動的に踊ってやろうということになった。
うん。
細かい動きよりも、大きな動きのほうが得意だしね、私。
セラも運動神経抜群で物覚えも早いので、まったく問題なかった。
むしろ私の方がリードされるくらいだ。
あと、昼にはお店も頑張った。
お客さんはたくさん来た。
開店前に何十個と作ったぬいぐるみが、お昼過ぎにはいつも完売だった。
少量だけ作るオルゴールとランプもいつも完売だった。
売上についてはヒオリさんに泣かれた。
どうして何を何個売ったか記録しておいてくれないのですかぁぁぁぁぁ!
と……。
忙しすぎて、そんな暇なかったんだよぉぉぉぉぉ!
結局、ヒオリさんが気合で、売上から逆算して何が何個売れたのかを帳簿につけてくれた。
ごめんよ。
次の日からは頑張って記録を取ったけど、結局、間違っていた私をヒオリさんは満面の笑みで許してくれた。
ありがとう。
……商売ってさ、売ればいいだけじゃないの、大変だね。
武器と防具の発注は残念ながらなかった。
もしかしたらお店の前に来た冒険者はいたかもしれないけど……。
すっかり女の子の出入りするぬいぐるみのお店になってしまったしね、『ふわふわ美少女のなんでも工房』は。
たぶん、中に入らずに帰ったのだろう。
ごめんよ。
夜、『陽気な白猫亭』で一緒に夕食を取っている時、ロックさんも、
「暇だから遊びに行ったのに入れる空気じゃなかったぞ」
と、ぼやいていた。
難しい問題だ。
主に私の商品展開のせいなのですが。
ちなみに私が強引に渡した『赤き翼』の指輪は、私からの気持ちということで、みんな受け取ってくれた。
みんなに、すごく感謝されてしまった。
貴族関連で大忙しなノーラさんも、わざわざお礼に来てくれた。
喜んでもらえてよかった。
『陽気な白猫亭』では、ブリジットさんとも大いにお笑いについて語ることができて本当に楽しかった。
あと特訓の後、たまに大宮殿で豪華絢爛な夕食も取った。
皇帝一家と一緒に。
環境は改善されて、お兄さまが私を受け入れてくれるようになったので、楽しく食べることができた。
と思ったら皇妃様の実父であるローゼントさんが来るようになって、ぜひ我が家の晩餐会にも来てほしいとしつこく誘ってくるようになった。
本当に迷惑だったのだけれど……。
なんとローゼントさんの領地は、城郭都市アーレを含む一帯。
しかもローゼントさんのお屋敷があるのはアーレ。
つまり、ついでにアンジェに会える。
さらにはデビュタント後に、セラと一緒に来なさいという話になった。
私は二つ返事でオーケーして、同時にセラの初公務も決まった。
晩餐会に出るのは皇族には公務らしい。
これはアレだね。
途中でエミリーちゃんを拾えば、早くも再び集合できる!
楽しみだっ!
そして……。
食事の後、陛下と皇妃様とバルターさんに、そういうことはこちらに相談してから決めてねと優しく説教された。
ごめんなさい。




