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15 迷子になった




 カフェに入った。

 案内されてオープンテラス席に座る。


「好きなだけ頼んでいいわよ」

「ほんと?」

「うん。銀貨1枚あれば余裕でしょ」


 メニューを開いた。

 宮殿でも食べたから知ってはいたけど、クリームやチョコレートを使ったスイーツが普通にある。

 ひとつ銅貨3枚から5枚。

 小銅貨なら30枚から50枚だ。


「ひとつ銅貨3枚とかするよ? いいの?」


 さすがは嗜好品。

 普通の食事と比べて圧倒的に値が張る。


「ほんと? 見せて」


 見せると、驚かれた。


「ほんとだ。こんなにするんだ」

「知らなかったの?」

「実は入るの初めて」


 なんと。


 てへっと笑われた。


 紅茶は一杯で銅貨2枚。

 こちらもお高い。


 紅茶とショートケーキをアンジェが2人分頼んだ。

 あわせて銀貨1枚だ。


「ぴったりで済んだわね」


「……ねえ、頼んでから言うのもなんだけど、このお店ってサービス料とかテーブル料は取られないよね?」


 少し不安になってアンジェに聞いてみた。

 すると、首を傾げられた。


「なにそれ?」

「高級なお店だとあるんだよ。お店にいるだけで取られるお金のこと」

「それっていくらなの?」

「さあ……」


 私も少しは手持ちがあるから、大丈夫とは思うけど。


「ま、いくらでも平気よっ! 任せておいてっ!」


 どうやら余裕はあるらしい。

 よかった。


 ケーキと紅茶が来た。

 イチゴの乗ったケーキは甘くてふわふわで美味しかった。

 紅茶の香りもよい。


 会話はあまりせずにケーキと紅茶を楽しみ、私たちは店から出た。

 追加料金は取られなかった。


「もー! クウが変なお金のこというから、足りなくなるかと思って、気になってぜんぜん楽しめなかった!」

「え。そうだったの? 言ってくれればよかったのに」

「私が奢るって言ったでしょ」


 どうも静かだと思ったら、そういうことだったのか。


「余計なこと言ってごめんね。でも、ケーキも紅茶も美味しかったよ。ありがとう。ごちそうさまでした」


 唇を尖らせてそっぽを向くアンジェにお礼を言った。

 アンジェは軽く息をついた後、「どういたしまして」と笑ってくれた。

 私も笑っておこう。


「ねっ! 次は町を案内してあげる。どっか行きたいとこある?」


 機嫌は直ってくれたようだ。

 よかった。


「んー。そうだなー。魔術書ってどこで売ってるかな?」

「魔術ギルドか魔道具屋でしょ」

「この町にもある?」

「あるけど、魔術書って1冊で金貨2枚はするよ」

「そんなにするのか」


 ごめんエミリーちゃん。

 魔術書を渡すの、かなり先になりそう。


「ほしいの?」

「今はあきらめました」


 工房でお金をガッツリ儲けたら、また考えよう。


「私は火の魔術書なら持ってるけど、危険だから人に見せてはいけないっておじいちゃんに言われてるの。ごめんね」

「気にしないで。でもそんなに高いと魔術師になるの、大変だね」

「帝都の学院でも学べるから、お金がないならそっちに行けばいいんじゃないのかな」

「でも、学院だって授業料とかあるよね?」

「あ、そっか。そうよね」


 世知辛い。

 お金がないと可能性の翼すら広げられないとは。


「なんにしても魔術書はいったんパス。ならねえ、えーと」


 そういえば探したい場所があった。


「転移陣。って、ないかな?」

「なにそれ?」

「んーとね。路地裏とかの目立たない場所にある魔法使いの家みたいなところにあるかも知れないもの」


 ゲームでは転移の館という名称だった。


「魔法使いの家かぁ。面白そうね! 探してみましょ!」

「でも、路地裏とか危険だよね?」

「私がいるでしょ! この未来の大魔術師が! 変なやつが来たって魔術で追い払ってやるんだから!」


 ダメな未来しか見えない!


 アンジェが私の手を取って走り出す。


「待ったあー!」

「いいから! 行くわよっ!」


 引っ張られて走りながら、私は急いでソウルスロットを、白魔法、敵感知に変更した。

 最後のひとつは迷う。


 小剣武技は……ダメだな。

 町中で『アストラル・ルーラー』を使うのは目立つ。

 木剣があればよかったけど、あれは返却した。

 うーむ。

 人前で気軽に使える普通のショートソードがほしいなぁ。


 黒魔法もダメだ。

 町中では危険だし、アンジェの前で「どやぁ」はしたくない。


 古代魔法は論外。


 危険な場所や戦闘中の変更は不可なので事前の準備は重要だ。


 悩みつつ緑魔法をセットした。

 敵が現れても、『麻痺』させて逃げればいいだろう。


「よし! ここ!」

「……ほんとにいくの?」

「もちろん! だって面白そうじゃない! 私も細い道に入るの初めてだし!」


 アンジェは怖がることなく大通りを外れて、路地へと入る。

 私はやめたかったけど、転移の館は探したかった。

 もしかしたらあるかも知れない。

 なので、ついていった。


 女の子が2人。


 薄汚れた路地裏を歩く。


 途中、何回も怖そうな人にじろじろと見られて、ぞっとした。

 私は強い。

 でも、怖いものは怖い。


 だけど敵感知には反応がなかったので、引き返すことなく私はアンジェに連れられて探検を続けた。


 そのうち。

 うん。

 お約束なことになった。


 迷ったのだ。


 私にはマップ機能があるから、マップを見つつ歩けば大通りに戻れるのだけどアンジェが許してくれない。


「任せてっ! ここは私の地元だからっ!」


 いや地元じゃないよね!?

 初めて来るって言ってたよね!?


 あー。


 とうとう敵感知に反応アリ。


 そりゃ、うん。


 カモネギだしね。


 ただ、私たちの位置を正確には把握していないようで、まっすぐこちらに向かってきてはいない。


「アンジェ、嫌な予感がするからいったん中止しよう」

「どうしたの? べつになにもないじゃない」

「いいからー!」


 あ。

 路地の奥から現れた男と目が合った。

 まだ距離はあるけど、敵反応アリ。


「身体強化」


 緑魔法で能力アップ。

 問答無用でアンジェをお姫様抱っこして走った。


「えっ! ちょっ! どうしたの!?」

「へんなのに見つかった」


 逃走!


「いたぞ! こっちだ!」


 男が仲間に呼びかける。


 これ、マップ見ながらは無理だっ!

 絶対に転ぶ!


 もうテキトーに走るしかなかった。


「……クウ、力持ちなのね。さすが、あんなアクロバットができるだけはあるわ」

「あはは」


 アンジェは怯えた様子もなく私の腕力に感心している。


 そして、私は行き止まりにたどり着いた。

 逃走失敗。

 追い詰められてしまった。


「逃げなくてもいいだろー。なぁ?」

「へへっ。大人しく捕まりな」

「人さらいのお兄さんだぞー」

「お。可愛いじゃねーか。こりゃいい金になりそうだ」


 手にナイフを持ったガラの悪い男たちが4人。

 私たちに近づいてきた。


「まったく、めんどくさいわね」


 アンジェが私から降りる。


「ふんっ! よくお聞きなさいっ! 私はフォーン神官の孫娘、アンジェリカよ!」

「ほおー。それはそれは。高く売れそうだ」

「アンタたちなんて一捻りなんだから!」


 身体強化してるし、このまま殴ってみようかな。


 私の格闘の熟練度は0。

 まったくやってなかったけど、レベル差で圧倒できる気がする。

 いくらなんでもただのチンピラがレベルカンストしていたりはしないだろう。


 私、血を見るのは怖いけど、戦うのは好きなんだよねえ。

 このあたり我ながら矛盾しているけど、いざ対人戦を前にするとわくわくしてしまうのは仕方がない。

 なにしろ私は精霊第一位。

 ゲームでは対人戦をやりまくっていたのだ。

 もちろんこれが遠野空だったらガタガタ震えることしかできないけど。

 今の私はクウだしね。


 となりではアンジェがワンドを取り出し、魔術を使おうとしている。


 とりあえずやってみるか。

 ダメなら麻痺でいいし。


 ただ、戦いは始まらなかった。


 男たちのうしろから、男の呆れた声がかかる。


「おいおい、なんだよこのみっともない騒ぎは」


 その声には聞き覚えがあった。


「ロックさん」

「お。なんだ、クウか」

「やっほー」

「やっほーじゃねえよ。なんで昨日の今日でアーレにいるんだよ」


 ロックさんのそばには武装した5人の冒険者がいた。

 みんな強そうだ。


「ロックさんこそ、どうしてこんなところにいるの?」

「俺らはザニデア山脈のダンジョンに向かう途中さ。馴染みで腕利きの鍛冶屋に武具を整備してもらおうと思ってな」


 私たちは呑気に会話したけど、人さらいが怒ることはなかった。


「へへ、どうもロックさん。お久しぶりです。怪我をして引退したと聞いていましたがお元気そうで」


 むしろへこへこしていた。


「精霊様の祝福でな」


 ロックさんが歩いてきて、私の横に立った。

 私の肩に手を置く。


「おーもーいー」


「で、俺に祝福をくれたこの精霊ちゃんに何のようだ?」

「い、いえ、べつに……」

「ならとっとと行け。ったく、真面目に働け」


 人さらいたちは去っていった。


 残念。


 試しに格闘戦してみたかった。


「ねえ、ロックって、あのAランク冒険者のロック?」

「おう。そうだけど」

「じゃあ、うしろにいる人たちってもしかして、みんな『赤き翼』?」

「おう。そうさ」

「すごい! こんにちは、初めまして!」


 アンジェが興奮した声をあげる。

 ロックさんって有名なんだね。

 Aランクって、私の想像以上にすごいのかな。


「おまえら、さらわれる寸前だったとは思えない余裕っぷりだな」

「だって私たち、最強だし。ね? クウ」

「いやーどーだろー」


 アンジェ、危なっかしすぎる。

 自信を持ちすぎて1人でも来るようになったら、今度は本当にさらわれる。


「危なかったと思うよ? ロックさんたちが来てくれなかったら、今ごろさらわれてたかも知れないし」


 ここはなんとか、考えを改めてもらわないと。


「まっさかー。私の魔術が炸裂するわよ」

「間に合わなかったよね、たぶん。さっきの連中が襲いかかってくる前に、ちゃんと唱えることできた?」

「そ、それは……。気合よ! それにクウが前に出るんでしょ、その間に!」

「私なんて、すぐやられちゃうよ?」


 ここはそういうことにしよう。


「それに4人もいたし。1人だけ倒してもしょうがないよね」

「う」

「さらわれたら怖いよ?」

「……そ、そうね。助かったわ、ありがとう」


 よかった。

 わかってくれたようで、アンジェがロックさんたちに頭を下げた。


「私も助かったよ。ありがとう、ロックさん」


 私も感謝しておこう。


「で、おまえらなんでこんなところにいるんだ? おまえらみたいなお嬢さんの来る場所じゃねえぞ。狙われて当然だ」

「魔法使いの家を探していたの。ね、クウ」

「うん。あるかなーって。それっぽいとこ知らない?」

「あるわけねぇだろ。なんで魔法使いってか魔術師の家が貧民街にあるんだ。もっといい場所に決まってるだろうが」


 ゲームではあったんだよぉ!

 転移の館だけど!


「とにかくついてこい。先に鍛冶屋に行くが、その後で送ってやる」

「ほんと? やった! ねーねー、火の魔術師、ノーラさんって貴女? 私、密かに尊敬していましたっ!」


 アンジェは魔術師の女性に突進していった。


 私たちは素直についていくことにした。

 鍛冶屋にも興味があるしね。


 道中、ロックさんが仲間を紹介してくれた。


 ハンマー使いの筋肉男、ダズさん。

 盾役を務める大男、グリドリーさん。

 弓と格闘の達人、虎人族の女性のルルさん。

 火の魔術師の女性、ノーラさん。

 水の魔術師の女性、ブリジットさん。


 ロックさんのパーティーはなかなかにバランスがよさそうだ。

 ロックさんはスタンダードに剣で戦うそうだ。


「私たちもロックの引退に合わせて冒険者からは身を引き、それぞれ静かに生活していたのですが――」


 ノーラさんが優しい微笑みをたたえながらそう言うと、頭のうしろで腕を組んで歩いていたルルさんが会話を引き継ぐ。


「アタシらもけっこう怪我してたしな、ちょうど頃合いかなって。

 でも、あの祝福さ!

 マジ、故郷に帰らなくてよかったぜ!

 もう体が元気になったら、うずいてうずいてっ!

 早く殺してぇぇぇ!」


「そうですね。久々に腕を振るうのが楽しみです。ふふ。また燃やせるなんて」


 優しい微笑みのノーラさん、目が怖いです。


 過激な人たちのようだ。

 さすがは冒険者。


 うしろではブリジットさんが1人でつぶやいている。


「……大事なのは、どう殺すかではなく、どう看取るかなのです。

 見とるかー?

 見とらんで。

 見とるやないかっ……。ぷっ! くくく……」


「……ねえ、あのひと、大丈夫だと思う?」

「……私に聞かれても」


 アンジェに耳打ちされたけど、答えようがない。


 グリドリーさんは寡黙で、一言も口を利かない。

 ダズさんは最前列でロックさんと明日の旅程を話し合っている。


「ザニデアまでは、また馬を借りて我々だけで行くか、護衛も兼ねて商隊の馬車に乗せてもらうかだが……。どちらがいいと思う、ロック」

「商隊にアテはあるんだよな?」

「明後日の朝に出る商隊が、喜んで乗せてくれるそうだ。飯付きでいくらかの護衛料も払うと言っている」

「んー。俺らだけの方が気楽だけど、商隊の方がリスクは低いわなぁ。ここから先は魔物も出やすくなるし」

「借りた馬が魔物に襲われれば、高く付くしな」

「だよなー」


 ロックさんがぼやいたところで、ブリジットさんがまたもつぶやく。


「……やま。

 ……馬車で行きたい。

 ……招待されて、商隊で。

 ……楽でいい。

 ……そして、きっと嬉しいことはある。

 ……それは、雨。

 ……きゃー。

 ……うん、てんの恵みやー。やーまー。畑ならば。

 ……ぷっ。くくく……」


 お願いブリジットさんやめて。


 そこは「きゃー」じゃなくて、「まぁ」だよね!

 あわせて、まぁうんてん、でマウンテンだよね!

 山に行くだけに、山的な!

 まあ、うん。

 私は空気の読める子なので、不要なツッコミはしませんけど。


「ならまあ、商隊にしとくか」


 何故ならロックさんは、普通にブリジットさんの言葉を受け取った。

 ギャグ扱いはしていない。


「そうだな」


 ダズさんも同意して、話はまとまったみたいだ。


「がんばってねー」


 私は応援した。


「おう。任せろ」


 ロックさんが力強くうなずいた。

 目が合う。

 と……。

 不意に顔を逸らされた。

 ロックさんが、プルプルと全身で震え始める。


「どうしたの?」


 私は心配して、逸らされてしまったロックさんの顔を覗き見た。

 急病かな。

 だとしたら大変だ。


「ぶははははははははははははははははっ! わりぃ! もうダメだわ! ぶははははははははは!」


「ど、どうしたの!?」


「おい、ロック。見なかったことにしてやると言っていただろう?」


 ダズさんがたしなめるように言う。


 う。


 それだけで理解できた。


「おまえ、パンツの子! パンツの子! みんなパンツの子って連呼して! ぶはははははははははははははははは!」


「可哀想だろ、笑うなよ。アタシは見事な体術だったと思うぜ?」


「だ、だめだとまんねー!」

「わらうなー!」


 こんのやろう!


「ぶははははははは!」

「このクソヤローぶっ殺してやる!」


 身体強化アッパーカットで空の彼方に飛ばしてやる!


 と思ったら、グリドリーさんに思いっきり頭を叩かれて、クソヤローは頭を押さえてうずくまった。


「ロック、次に笑ったら本気で燃やしますね?」


「ったく、サイテーだな、おまえ」


 ノーラさんに警告され、ルルさんに蹴られてさらにうずくまる。


「悪かった悪かった……! ついうっかりだよ……! お詫びに何か買ってやるからそれで許してくれっ!」

「ショートソード」

「って剣のか?」

「ショートソードを買ってくれたら許す」

「いくらすると思ってんだ」

「いいよ。ならもうロックさんなんて知らない」

「わかったわかった! 買ってやるから許してくれ! な? ごめんなさい!」


 言ってみるものだ!

 通った!


 いくらするか知らないけど私の手持ちのお金では絶対に無理だろう。


「よし、なら鍛冶屋へゴー!」


 ふっふー。

 使いやすそうなのがあるといいなー。





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― 新着の感想 ―
It's quite disturbing that the kidnappers was letgo without being punished. The novel has become qui…
コミックスから来ました〜。 コミックスも面白かったですけど、web小説も面白いし、何より雰囲気暖かくていいですねぇ。 文章に癒やされるなんて滅多にないから読んでみて良かったです。
ロックちゃんがアホかわゆすぎて職場なのに笑っちゃいました(*´ω`*)
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