149 ネームドモンスターのポップ待ち
暇だ。
ネームドモンスターの取り合いに参加するわけではなく、私はただ見ているだけなのでやることがない。
緊迫する20人の冒険者を横目に、私はアクビをしていた。
暇だとすぐに眠くなる。
しかし、さすがにここでは眠れない。
こんな古墳ダンジョンの地下で『浮遊』しながら眠ったら、いったい、どこに流れていくことになるのか。
かといって、地面に寝転んで眠るなんて論外だし。
虫が来たらどうするのよって話なのです。
ダンジョンにはいない気もするけど、いるかも知れないしね……。
私は自分に気合を入れつつ、冒険者たちの様子を見た。
みんな、疲れた顔をしている。
古墳の地下で張り込んで、それなりに長い時間が過ぎているのだろう。
お。
湧いた。
と思ったらスケルトンか。
近くに居たパーティーが襲われて、数回切り結んで撃退する。
盾役の戦士がかすり傷を負う程度の快勝だった。
次はゴーストが湧いた。
襲われたのは、戦斧5人の物理一辺倒な打撃パーティーだ。
通常武器の効かない相手だけど大丈夫だろうか。
心配して見ていると5人が一斉に短剣を抜いた。
短剣でゴーストに斬りかかる。
どうやら短剣には、対魔の付与が施されているか、あるいはミスリル等の魔法金属が含まれているようだ。
斬りかかった一撃がゴーストの表皮を裂いた。
激戦だった。
ゴーストの動きに翻弄されながらも、5人は必死にダメージを与えていく。
その中で2人がゴーストに触れられた。
生命力を奪われたのだろうか。
触れられた2人は、みるみる顔色を悪くしていった。
でも、どうにか撃退する。
戦闘後、顔色の悪い2人はポーションを飲んでしゃがみこんだ。
しばらく休息が必要なようだ。
ただ、斧パーティーは、スケルトンには滅法強かった。
一方的に軽々と粉砕する。
いくらか戦いが続いた後、洞窟には静寂が降りた。
敵のポップが止まる。
いよいよかな?
これはそういう空気な気がする。
私の勘は的中した。
敵感知がなくても気配の膨らみで瞬時に理解した。
膨らむシャボン玉のように、瞬きする内にそれは姿を現した。
それは、巨大な黒い昆虫だった。
正面に二本の角を持ち、戦車を思わせる重厚感のある丸みを帯びた姿はカブトムシに近かった。
冒険者たちが飛び込む。
勢い任せで槍が伸ばされ、剣が突かれる。
手斧も投げられた。
最初に届いたのは手斧だったけど、手斧は外殻に弾かれた。
攻撃成功にはならなかったようだ。
「うおおおおっ!」
ほとんど飛び込むように、若手の冒険者が両手に構えた剣を突き出す。
その切っ先が黒い昆虫の足に当たった。
昆虫が羽をバタつかせた。
若手の冒険者とそのうしろにいたパーティーメンバーと昆虫との間に光の線が結ばれて数秒で消える。
「よっしゃ! タイタス、ゲット!」
倒れたまま、若手の冒険者が歓喜の声を上げる。
どうやらネームドモンスターでは、ゲームのような占有の概念があるようだ。
他の冒険者が攻撃できるのかどうかはわからないけど、少なくとも権利を得たのは彼らなのだ。
他のパーティーの冒険者たちが舌打ちして壁際に下がった。
「おい、ホントに大丈夫なのか、『狼の牙』。おまえらにやれるのか? 悪いことは言わないから走って逃げな。今なら間に合う」
戦斧を肩に担いだドワーフが心配そうに言った。
「へっ! 言ってろ! 取ったのは俺らだよ! 見てろ! こんなやつ簡単に倒してレアドロップの青水晶をいただいてやるぜ!」
若手の冒険者くんは威勢のよい声を上げつつ、素早く身を起こすと巨大な黒いカブトムシに剣を構えた。
彼のまわりにはすでに仲間たちが集まっている。
みんな、若い。
10代後半のパーティーだ。
「リスクを追わなきゃ、上には行けませんしね!」
「そうそう。私たちはAランクを目指すの」
「『赤き翼』を超えて、最年少でね!」
「魔術師もいないおっさんパーティーは引っ込んでていいわよっ!」
やる気は十分だ。
斧ドワーフ氏の忠告に聞く耳はないようだった。
たしか、地道にダンゴムシ退治をしていたパーティーの話では、『狼の牙』はDランクという話だった。
本当にネームドモンスターをやれるんだろうか。
ネームドモンスターは、ダンジョンレベルを超えて登場するのがお約束だ。
そのダンジョンを自由に探索できるだけの力量があったとしても、それだけで倒せる保証はないのだ。
ちなみに『赤き翼』というのは、ロックさんたちのパーティー名だ。
Aランク。
帝国では最高クラスのパーティーだ。
実はロックさんたちも若いんだよね。
ロックさんが20代前半で、ブリジットさんは高校生くらい。
獣人娘のルルさんも20代前半に見える。
後の3人はよくわからないけど、みんなタメ口だし、たぶん同世代だろう。
ロックさんたちも無茶を重ねて結果を出してきたんだろうか。
祝福がなければ、もう冒険者はやれない体だったみたいだし。
「……ま、死なない程度に頑張りな」
斧ドワーフ氏がため息まじりながらも声援を送る。
戦闘が始まる。
私も陰ながら応援させてもらおう。
Dランクの若手パーティー『狼の牙』 vs 黒昆虫のネームド『タイタス』
戦いは盾役がタイタスの注意を引きつけるところから始まった。
正面から角に盾をぶつけて牽制する。
2人の剣士は左右に展開。
3人の魔術師は盾役のうしろに立っている。
土と風と水の魔術師のようだ。
それぞれに呪文を詠唱する。
魔術師が3人というのは、なかなかに豪華なパーティーだ。
「足を切り落とすぞ! それで終わりだ!」
「おうよ!」
2人の剣士が足に斬りかかる。
だけどダメだった。
剣が当たるよりも先に、鞭のようにしなる足が2人を捉えた。
体を打たれて2人は膝をついた。
ただ、幸いにも深刻なダメージはなさそうだった。
風の魔術が完成する。
放たれた風の刃が、タイタスの目に当たった。
タイタスが怯んだ。
その隙に剣士の2人はいったん距離を取って、呼吸を整え直す。
続けて土の魔術が完成し、淡い黄色の光がメンバーを包んだ。
防御力アップだろう。
タイタスが角を押し込んで盾役を突き飛ばしにくる。
盾役が必死に耐える。
水魔術師が回復の魔術でサポートする。
剣士たちが再び攻撃を加える。
足を避けながら、振りかざした剣を全力で外殻に当てていく。
「とりあえずは粘れるようだな」
「だけど、剣が通ってねーな。あれじゃあ、無理だわ。盾で受けてるヤツも、ほら、腰が浮き始めたぞ」
壁際の冒険者たちは、動くことなく冷めた顔で戦闘を見ている。
彼らの意見には私も同意だった。
『狼の牙』は頑張っているけど、それだけだ。
全体的に能力が足りない。
「おいっ! クソガキども! さっさと負けを認めて大声で助けを求めろ! このままじゃ死ぬぞ! 今回だけは助けてやる!」
いかにもベテランっぽい中年の冒険者が告げた。
彼は見殺しにする気はないようだ。
「誰が――! 俺達はやれるんだよっ!」
「占有したパーティーからの救助嘆願がないと、ネームド戦は部外者が関われないんだぞ? それがダンジョンのルールだ。わかってるのか?」
「やれるっつってんだろ! 邪魔するな!」
「わかった。所詮は自己責任だ。好きにしな」
強く突っぱねられて、やれやれと中年冒険者は肩をすくめた。
私は魔法を試してみた。
ヒールの対象を『狼の牙』の盾役に定めてみる。
ターゲットがずれてしまって、きちんと定めることはできなかった。
私もダンジョンの制約下にあるようだ。
まあ、壁のすり抜けもできないし、ギミックも無視できなかったし、わかっていたことではあるけれど。
範囲魔法ならどうだろうか。
試してみたけど、タイタスを範囲にかけると使用不可になる。
なるほど。
勉強になった。
私がそんな確認をしている内に、戦況はどんどん『狼の牙』に不利になった。
そして、
ついに……。
盾役がタイタスの2つの角に捕らわれた。
挟まれて悲鳴を上げる。
手から離れた剣と盾がガシャンと重い音を立てて岩の床に落ちた。
ご覧いただきありがとうございましたっ!
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