145 ダンジョンに入った
「おお……!」
その町は深く広がった森の浅い場所にあった。
近くには川が流れていて、まるで別荘地のような雰囲気がある。
私はおじさんおばさんと共に、目立たないようにローブを羽織って中に入った。
ここはFランクのダンジョン町。
魔石もドロップ品も手に入るのは安物ばかりで一攫千金を狙える場所じゃない。
ただ危険は少ないので、経験を積みたい新人や、日々の生活費が稼げれば十分という冒険者が集まる。
通りには、主に宿屋が立ち並んでいる。
お土産屋さんもあった。
帝都に近い風光明媚な場所とあって、観光名所にもなっているようだ。
森にはダンジョンだけじゃなくて、鏡のように美しい湖もあるらしい。
通りの奥には、ログハウス風の大きな建物があった。
商業ギルドの施設だった。
ダンジョンのドロップ品の鑑定や買い取りの場所としてだけでなく、探索に必要な様々な道具も売っているようだ。
店先にはタープが張られていた。
タープの下では魔石を買い取っている様子だった。
脇に置かれたカゴには小粒の魔石が詰まっていた。
けっこう無造作だ。
やはり価値は高くないのだろう。
私たちは商業ギルドの施設の脇から、森の中の道に入った。
その道を抜ければ、広場がある。
広場はキャンプ場だった。
冒険者たちは、主にそこで生活して、ダンジョンに入っているようだ。
キャンプ場にはトイレや炊事場など一通りの施設が揃っていた。
長期滞在もできそうだ。
おじさんとおばさんは早速、商売を始めた。
広場の一角にゴザを広げて、持ち運んだ品を並べていく。
広場では、個人の露店程度なら自由にものを売れる。
場所代よこせやー、みたいな暴力組織の人間もいないので、頑張って運んでくれば後は気楽らしい。
もっとも、運んでくるのが大変なんだろうけど。
お客さんはすぐにやってきた。
中年の冒険者たちだ。
通りのお店で買うよりかなり安価らしく、商品はどんどん売れていく。
特にお酒が人気だった。
やっぱりお酒は、元気の源だね。
そんな様子を見つつ、おじさんおばさんとはお別れした。
「じゃあ、おじさん、おばさん、またねー!」
「おう。またな!」
「気をつけて帰りなよ? 危ないから森の中には入っちゃダメだからね? お迎えがくるまで大人しくしているんだよ?」
「うん。わかったー」
私は1人になる。
「さーて。私はどうしようかなー」
どうしようかなと言いつつ、ダンジョンに来たのだから突入だよね。
転移陣には触れておきたい。
帝都から最寄りの転移陣になりそうだし、悪者を捕まえた時に放り込んでおく場所としてもよさそうだ。
とりあえずダンジョンのある方に行ってみる。
看板が出ているので場所はわかる。
キャンプ場から、さらに森の中に入った先だ。
行き着いた場所は、崩れた廃墟の点在する寺院跡のような広場だった。
なかなかに幻想的だ。
私は『透化』して、敷地に入った。
鏡面のようになっている水たまりが苔むした廃墟を映していた。
奥にある廃墟は大樹に絡まれて一体化している。
そうなるまでに、いったい、どれだけの年月がかかったのだろうか。
ここは観光で来てもよさそうだ。
考古学には興味のない私でも、古代の息吹を感じて不思議な気持ちになる。
遥か昔から人は住んでいたんだなぁ、と。
ダンジョンは、脇に建つ円形の廃墟の中にあるようだった。
その廃墟の手前にテントが張られていて、衛兵さんが受付をしている。
ちょうど5人組のパーティーが入るところだった。
みんな若い。
と言っても私よりは年上だけど。
それでも、15歳くらい――。
冒険者になれるギリギリの年齢ではなかろうか。
木の胸当てや、木の盾、錆を落とした中古の剣などを身に着けている。
魔術師はいないようだ。
みんな戦士っぽい。
その編成と装備で大丈夫なんだろうか……。
見ているだけで不安になるけど、どうやら初めての挑戦ではないらしい。
今日も頑張れよ、と衛兵さんに声をかけられて中に入っていく。
私は少し待ってから中に入ってみた。
もちろん『透化』したまま。
こっそりと。
鉄で組まれたフェンスのゲートを抜けて、遺跡の中に入る。
ダンジョンへの出入り口は、中の様子がまったくわからない真っ黒な門として存在していた。
勇気を出して、門の中に飛び込む。
視野が暗転。
短いローディングのような時間を挟んで、視野は回復する。
目の前に現れたのは、歴史を感じるひび割れた石造りの地下通路だった。
高さも幅も2メートルくらい。
空間全体がわずかに光を帯びていて、薄暗いながらも視界は確保されている。
通路は正面に延びていた。
5メートルほど先で左右に分かれているのが見える。
振り返れば、闇。
この闇に飛び込めば、外に出られるのだろう。
なんていうか、うん。
まさに、古きよきゲームの3Dダンジョンだ。
マップを確認する。
オートマッピングは問題なく機能していた。
姿を消して壁のすり抜けを試みてみる。
残念ながらザニデアのダンジョンと同じようにすり抜けは不可だった。
お。
通路の奥で怒号が聞こえる。
「でたぞ! 正面に3!」
どうやらさっきの若者たちがモンスターと遭遇したようだ。
「やっちまえ!」
「骨砕き祭りだぜー!」
「おい、やりすぎて魔石まで壊すなよっ!」
なんて威勢のよい声が続いた。
相手はスケルトンかな?
彼らにとっても、たいした相手ではないみたいだ。
助ける必要はないだろう。
私は姿を消したまま、彼らの横を通り過ぎた。
うん。
彼らは普通に勝てそうだった。
一方的に骨を砕いている。
がんばれー。
そこからしばらくは姿を消したまま、ふわふわと浮かんで進んだ。
やがて広場にたどり着いた。
ダンジョンの広場には、何組もの冒険者パーティーがいた。
軽く様子を見る限り、キャンプ地を決めて、移動せずにその場だけで狩りをしているようだ。
敵は時間でポップするのだろう。
椅子に座って、呑気に焼き肉をしている人たちもいる。
キャンプか!
思わず私は突っ込んだ。
あ、いや、キャンプだよね。
レジャーか!
ここはFランクダンジョンの第1層。
強敵は出ないということなのだろう。
私は広場から奥に進んだ。
下層に続くスロープを見つけたので、用心しつつ降りてみる。
第2層の始まりは、ひび割れた石造りの通路だった。
少し進むと十字路に差し掛かる。
十字路の手前には、いくらか開けた空間があった。
そこに、数えて、15人の冒険者が陣取っていた。
大人数だ。
ネームドモンスターでも湧くのだろうか。
私は様子を見てみた。
ただ残念ながら、強敵と戦うために集まっているわけではなさそうだった。
彼らは、5人ずつの別のパーティーのようだった。
3パーティーが同じ場所で、それぞれに狩りをしているのだ。
1人が十字路の手前に出て、十字路やその先にいる敵に攻撃を仕掛けては引き寄せて倒している。
古きよきMMORPGを思い出させるような戦い方だ。
敵は、長い牙を持ったコウモリと、スケルトン、それにナメクジのような魔物。
スケルトンには魔術師タイプもいるようだ。
軽装の戦士がスリングで石を当てたスケルトンが、運悪くそうだったようだ。
攻撃しても近づいてこず、その場で呪文を唱え始めた。
軽装の戦士が逃げ帰ってくる。
「おい、みんな逃げろ! スケルトンがこっちに向かって『ファイヤーボール』の呪文を唱えてるぞ!」
「なんで魔術師タイプなんて釣るんだよバカか!?」
「責任持って前に出て倒してこいや! こっちに迷惑かけるな!」
「前に出たらスラッグに絡まれるだろうが! 無理言ってんじゃねえよ! いいから早く逃げろや!」
「はぁ!? くそっ! おい一時撤退だ!」
「待ってくれ! このロングファングを倒すの手伝ってくれ! 見捨てるならギルドに訴えるからなマジで!」
ロングファングとはコウモリのようだ。
スラッグはナメクジだね。
十字路の真ん中に、今は2匹がうねうねとしている。
呪文を唱えているスケルトンは、そのスラッグの向こう側にいるから攻撃したくてもできないというわけだ。
味方に魔術師はいないようで、遠距離攻撃だけで倒すのは無理っぽい。
弓を持っている人間はいるけど骨には効果が低いしね。
助けてあげた方がいいかな……?
と思ったけど、彼らは3パーティーで素早くロングファングを倒し、スロープを走って上の階に逃げることに成功した。
ファイヤーボールが炸裂する。
直撃したのは私だ。
おかげで『透化』が解けてしまった。
ダメージはないけど。
「マジックアロー」
ヒュンと魔法の矢を飛ばして、スケルトンを消滅させる。
今日のソウルスロットは、白魔法、銀魔法、黒魔法だ。
迷ったけど敵感知は外した。
Fランクのダンジョンだし、私に危害を与えられる敵はいないよね。
『離脱』の魔法ですぐに地上に戻れる銀魔法と、困っている人がいたら助けられる白魔法はほしかったし。
あとは攻撃用の黒魔法も。
剣で戦うのはスライム戦で懲りた。
今日からしばらくダンジョン探索ですっ!
古きよきMMORPGな感じで行こうと思っております!




