141 お兄さまの憂鬱
「どうしてお兄さまがここに来るんですか?」
「言っておくが、ここは俺の家の庭だ。夕食前に散歩していただけだが?」
「あ、そうでしたね」
忘れていた。
「で、貴様は1人で何をしている?」
「クウちゃん」
「……何を言っている?」
「呼び捨てでもいいから名前で呼んでください。おまえとか貴様じゃ、誰のことだか全然わかりませーん」
「それで、クウは何をしている?」
「これから少し寝ようかなーと思ってました」
「俺の家の庭でか?」
「はい」
「……貴様というやつは」
ため息をつかれた。
「言っときますけど、セラを待ってるだけですからね」
「それならそうと言え」
「あのー」
「……なんだ?」
「目の前に立たれてるの、なんか威圧されてるみたいで嫌です。おしゃべりするならとなりに座ってください」
そう言うと座ってくれた。
「あれ。今日はめずらしく素直ですね?」
「せっかくだから聞いておきたいことがあるだけだ」
「へー、なんですか?」
「貴様、なぜディレーナの妹になっている?」
「えっと。成り行き?」
ディレーナさんは、アリーシャお姉さまと敵対していた貴族令嬢だけど、なんだかんだで仲良くなったんだよね。
「具体的に言え」
「と言われても……。うん、はい……成り行きとしか……」
あんまり人に言うことじゃないよね。
1人でたそがれていたディレーナさんのことって。
「つまり、なにも考えていなかったわけだな?」
「まあ、そう言われれば……。そうだけど……」
「実は、あの女から手紙が来てな。セラフィーヌのデビュタントには参加させてもらうのでよろしくとのことだった」
「へー。よかったですね」
あの事件の後、翌日にはディレーナさんは実家に戻ったらしい。
そのまま学院には戻ってきていないそうだ。
果たしてどうなったのか。
心配していたけど、よかった。
「……はぁ」
「もー、なんですかー? ため息ばっかりついて」
「俺は気が重い」
「ああ、そういえばディレーナさんとの婚約話があるんでしたっけ?」
「……これからは親しい付き合いを、と書かれていた」
「へー。おめでとうございます」
「誰がめでたいと言った? 俺は気が重いと言ったのだ」
「そかー」
「……貴様、他人事のように受け流したな?」
「だって他人事だし」
「……俺は今、悪夢の中にいるのだ」
「そかー」
適当に相槌を打ったら、思いっきり睨まれた。
「もー。私にどうしろとー?」
「どうもしなくていい。ただ確認しただけだ。ふ。ある意味では安心した」
お兄さまは身を起こすと、そのまま去っていった。
「ふふふ。ははは」
と、ヤケ気味に笑いながら……。
いや、でもね?
私、知らないよ?
なんにもしてないからね?
ホントだよ?
もやもやしている内にセラが帰ってきた。
顔を見るだけでわかる。
「ダメって言われました……」
「やっぱりか」
まあ、うん。
妥当だよね。
「……でも、しょうがないです。わたくしが悪かったです。今回はあきらめます」
「セラはいい子だねー」
「子供扱いはしないでくださいよ?」
「しないしない」
思わず頭をなでそうになったけど、両手を上げてごまかした。
「そういえばセラを待っている間にお兄さまが散歩で来たんだけど……」
「来たんですか?」
「うん」
「……お兄さまは悩み事があると、いつも奥庭園を歩かれるので。……何かトラブルが起きたのかも知れませんね」
「みたいだった。セラは、ディレーナさんって知ってる?」
「名前だけは。たまにお姉さまが悪口を言っている方ですよね……。敵対派閥のトップの方のはずです」
学院祭のことはセラにも話したけど、話したのは楽しかったことだけでディレーナさん関係のことは言っていない。
「なんかね……。そのディレーナさんが、お兄さまに親しくしてきたみたいでね。婚約するかもしれないみたいな? 感じだった」
「お兄さまの婚約話は昔から出ているみたいですが、まだ決まっていませんしね。今度は決まるんでしょうか」
「セラ的にはいいんだ?」
「はい。決まるのであれば祝福します」
「そかー」
大人だ。
「あ、もしかして……。あの、」
「ん?」
「……その。クウちゃん的には、よくないんですか?」
ためらいがちにそんなことを聞かれた。
「なんで?」
私は首を傾げた。
「いえ、その……」
なぜかセラはもじもじとしている。
「お兄さまにも言われたけど、私的には他人事だし、どうでもいいよー」
「お兄さまにっ!? えええっ!?」
「どうしたの、セラ?」
気のせいか、挙動がおかしいよ。
「……い、いえ。なんでもありません。こういうことは、外野が突っつくのはよくないと言いますしね」
「そかー」
よくわからないけど、いいならいいや。
「よーし、じゃあ。せっかくだし、少し剣で打ち合おうか」
「はいっ!」
木剣を取り出して渡す。
まずは型の確認。
さすがはセラ。
忘れるどころか、ますます研ぎ澄まされた動きになっていた。
思わず感心してしまった。
その後で、安全のために強化魔法をかけて、打ち合う。
セラは精霊の指輪をはめてくれているので一撃なら貫通しても無効化されるし、まず怪我の心配はない。
なので今日は、ちょっと強めに打ってみた。
「きゃっ!」
「あ、ごめん! 大丈夫!?」
最初の一撃は加減を間違えてセラを吹き飛ばしてしまったけど、すぐにセラは立ち上がると剣を構えた。
「平気です。それより今の、もう1回お願いします」
「うん、わかった」
ダメージは魔法障壁に吸収されて、受けていない様子だった。
なのでもう1回やっても平気だろう。
次もセラは吹き飛ばされた。
ちらりとシルエラさんのほうを見る。
止められるかな……と思ったけど、シルエラさんは無言のままだった。
「……なかなか難しいですね。……でも、捌いてみせます。……クウちゃん、まだお願いしていいですか?」
「うん、いいよー」
もう1回。
もう1回。
もう1回。
打ち合いではなく、私の攻撃を受け流す練習になってしまった。
ただ、これはこれで重要だ。
私はセラが望むままに攻撃を続けた。
何回も倒れながら、セラはタイミングを掴んできた。
剣が剣に当るようになる。
やがて、肩の外に攻撃を弾くことができた。
「おおー」
「やりましたぁ……」
汗まみれのセラが地面に崩れ落ちる。
「すごいね。できちゃったね」
「えへへ。やりました。……クウちゃんの魔法が、ダメージを吸収してくれていたおかげですけど」
「それでもすごいよ。よく体力も持ったね」
ダメージは消せても、体力は自前だ。
そこに拍手が届いた。
いつの間にか、アリーシャお姉さまがシルエラさんの横に立っていた。
「お遊びかと思っていたけれど、なかなか本格的なのね」
「こんにちはー」
私は挨拶する。
「ええ。こんにちは」
「どうしてここに?」
「お兄様からクウちゃんが来ていると聞いて顔を見に来たの。今夜もご夕食はご一緒できるのかしら?」
「すみません。今夜は知り合いの冒険者と一緒に取る約束があって」
「あら残念」
「なんと、Aランクの人たちなんですよ? わたくしもご一緒したかったのですが、お母さまにダメと言われました」
セラが頬を膨らませる。
「ほら、セラ」
そんなセラに手を伸ばして、立つのを手伝ってあげる。
とりあえずベンチに座ってもらった。
「Aランクというと、パーティー名は何なのかしら?」
「赤き翼です」
「あら、有名どころね。帝国でも五指に入るパーティーじゃない」
「そうなんですかー」
知らなかった。
「あの、私、ぜんぜん知らないんですけど、Aランクってすごいんですよね?」
今更ながらたずねると、お姉さまが教えてくれる。
上位の冒険者ランクは、基本的にダンジョンの踏破によって決まる。
踏破とはボスモンスターを倒して魔石を持ち帰ること。
ボスモンスターの魔石は特別で、色も形も――なにより魔力量がちがうので、識別は簡単なのだそうだ。
ロックさんたちは、ザニデア山脈のダンジョンを踏破した実績からAランクに認定されている。
ちなみにダンジョンに行かなくとも、依頼を地道にこなせばCランクまでは上げることができる。
なのでベテラン冒険者にはCランクが多い。
それ以上のAランクやBランクは、ダンジョンを踏破すること以外では、かなり目立つ実績が必要なようだ。
Sランクは、なかった。
残念。
昔はあったみたいだけど、特別視されすぎるような存在を作るのはよくないとのことで廃止されてしまったそうだ。
なのでAランクは、堂々、冒険者のトップ。
現在の帝国では10パーティーだけが認定されているそうだ。




