139 閑話・爆発野郎ボンバー、ここに舞う
そんなまさか……。
信じられないことが起きてしまいました。
私は愕然とするしかありませんでした。
私の名はボンバー。
学院の5年生であり、すでに冒険者としても活動している男です。
冒険者ランクは学生生活もあって未だ「D」ですが、実力はAランクに引けをとっていない自負はあります。
来年からは本格的に冒険者活動を始めます。
そうすれば1年もしないうちにAランクとなるでしょう。
私はそれほどの男です。
私のはちきれんばかりの岩のような筋肉が、それを証明しています。
なのに、です。
私は敗北を喫しました。
しかも、相手は陰気臭い、ぶつぶつと独り言をつぶやいていたローブ姿の女。
せっかくの好機だったのに痛恨の極みです。
なにしろ有名なAランク冒険者ロックに勝つ機会だったのです。
私は彼に面識がなく、知っているのは名前だけでした。
なので最初は本人とは思いませんでした。
Aランク冒険者が、市民の小イベントに参加するはずはないだろうと。
しかし紹介の際、司会者の子供はAランク冒険者と告げました。
観客もそれを認めていました。
私は心の中で微笑んだものです。
たとえ早食い大会でもAランク冒険者のロックに勝ったという実績は、確実に私の伝説の一部となります。
ああ、聞こえますっ!
見えますっ!
……おい、あそこ見ろよ、噂の爆発野郎がいるぞ。
……あのロックに勝ったんだってな。
……すげーよな、尊敬するわ。
……憧れちゃうぜ。
……ああ、ボンバー様、今日も美しい筋肉。
……素敵。
……抱いてほしい。
男たちの、女たちの、私に向けた羨望の声が。
まなざしが。
しかし聞こえてきた声は、すべて歓声の中で藻屑となって消えました。
ロックには勝てるところだったのです。
接戦でしたが私がリードしていた。
最後、かなり追われてはいましたが、逃げ切れるはずでした。
ローブ女さえ来なければ……。
ああ、口の中がとんでもないことになっています。
辛いのと甘いのが複雑に重なり合って、もう感覚がまるでわからない。
腹も重い。
なにしろ筋トレをして肉を食べた後でした。
ほんの軽食を取るつもりで、屋台フードを買いに来たのです。
ああ……。
野に咲く花のように可憐な彼女は、今も笑顔で仕事をしています。
可愛らしいツインテールが揺れています。
お胸の方はほとんど揺れていませんが、私はそのようなことは気にしません。
お胸の大きさなんてよいのです。
私がほしいのは、あの可憐な笑顔なのですから……。
ああ、いつまででも見ていられる。
しかし私は敗れました。
つまり、彼女を手にすることはできませんでした。
私は紳士です。
爆発野郎とは言われていますが、爆発するのは戦いの中でだけです。
約束は守ります。
いや、待て。
待ってください?
私が負けたのは、あの陰気臭いローブ女だけです。
ロックには勝っていました。
ならばよいのでは?
ええ、その通りですね!
よいのです!
私は、彼女を手にする資格を得たのです!
私はるんるん気分で彼女に近づきました。
彼女が気づき、私に笑顔を向けて、足を止めてくれます。
「ご注文はお決まりですか♪」
「ええ。決まりました」
私はキラリと歯を輝かせて微笑み、そして、渾身のマッスルポーズを取ります。
ふふ。
私の筋肉に見惚れないものなどいません。
十分に見惚れさせてから、私は言います。
「貴女を、ください」
すぐの返事はありませんでした。
彼女は笑顔で私を見ています。
「ふふ。驚かれましたか? しかし私の心に偽りはありません。さあ、この厚い胸に飛び込んできなさい。受け止めてあげましょう。そして永久に、昼も夜も、愛を語り合おうではありませんか」
「おいこら待てやぁぁぁぁぁぁぁ!」
そこにメイド服を着た空色の髪の少女が飛び込んできます。
大会で司会をしていた元気いっぱいの少女です。
「ちょっとー! ボンバー! あんたも男なら約束くらい守ってよね! なんで負けたのに口説いてるの!」
少女がプリプリと怒っています。
「私は勝ちましたが?」
「負けたでしょー! 優勝したのはビディ選手!」
「ビディ? ああ、あの辛気臭い、影を着て歩いているような女ですか。となりにいるだけで気持ちが滅入りましたね。私はあの女のせいで実力を発揮できなかったといってもよいくらいでした」
「……あのさ、すっごい不愉快なんだけど?」
「ああ、貴女もでしたか。わかります」
「わかってなーい! 私が不愉快なのは、おまえだー! ボンバー!」
いったい、この少女は、なにを怒っているのでしょう。
怒ったところで可愛らしいものですが。
なんの脅威もないので、私は優しい態度で答えてあげます。
「ふふ。安心しなさい。
私の筋肉が――。
貴女のその曇った心を。
ほら。
明るく幸せにしてあげましょう」
いくつかのマッスルポーズを間近で見せてあげました。
これで嫌なことも忘れるでしょう。
「ご注文はお決まりですか♪」
おっといかん。
彼女が私の言葉を待っている。
いや。
貴女がほしいと伝えたはずですが、どうやら伝わっていなかったようです。
どうやら私の肉体美に見惚れていたようですね。
「あーもう、めんどくせえな」
そこに頭を掻きながらロックがやってきます。
やる気でしょうか?
私に喧嘩を売るのかと思ったのですが、私の横を通り過ぎていきます。
そして屋台の奥に行って……。
布を持ってきました。
それが何かはすぐにわかります。
ローブです。
「ほら」
と、何故かそのローブを彼女に渡します。
「おまえがそんな格好してるから誤解されるんだ。もういいから元に戻れ。冒険者ギルドに行こうぜ」
彼女がローブを羽織ります。
そしてフードをかぶります。
「……いったい、何をしているのですか?
そんなことをして――。
はっ!
まさか私から彼女を隠そうと!?」
そうはさせませんよ!
私は叫びかけて、動きを止めました。
そこに。
すでに彼女はいませんでした。
いったい、何が起きたというのでしょう。
私は魔術をかけられたのでしょうか。
今、私の目の前にいるのは、陰気臭い雰囲気をまとった早食い大会の対戦相手、ビディと呼ばれたローブ女です。
野に咲く花のような彼女は、消えてしまいました。
ローブ女がローブを脱ぎます。
すると彼女が現れました。
彼女がローブを着ます。
すると彼女が消えました。
「ほら、行こうぜ」
ロックに促されて、ローブ女が歩き去ります。
「おやっさん! ブリジットは連れてくぜ!」
「おう! いいけど、絶対に、頼むから責任だけは取ってくれよ!」
「だーかーらー! ちがうって! 仲間として、だ!」
「はっはっは! わかってる! ビディ、今夜は外で食べるんだよな? 遅くてもいいから帰ってはこいよー! 朝は家族で食べよう!」
「うん。わかった」
平坦な声でそう答えて、ローブ女がロックと歩き去ります。
「じゃあ、クウもまたな。てか、今夜か」
「うん。また今夜ねー」
「おう」
「ちゃんとブリジットさんも連れてきてよー」
「わかってるって! 任せろ!」
「しかし、ビディ。おまえ、あんだけ食べて平気なのか?」
「スイーツは別腹の法則だよ」
「ホットドッグもあっただろ?」
親しい関係なのでしょう。
並んで歩くロックとローブ女の間には柔らかい空気があります。
お似合いですね。
放っておきましょう。
「あれもスイーツだよ」
「はぁ? あれはどう考えても主食だろー?」
「考え方次第だよ」
やがて2人は人混みに消えました。
「……ブリジットさん、普通にしゃべれたんだ。
……ロックさん、いいなー。
……私もおしゃべりしたい。
……お笑いについて語り合いたいよ」
つぶやく少女と私だけがその場には残りました。
「ふう」
私は息をつきました。
「……なんなんですか、あの陰気臭い女は」
やはり魔術ですね。
私は幻覚を見せられたのでしょう。
「おい」
「ぬおっ!」
足を蹴られて、私はよろめきました。
目の前には、ぽきぽきと手の関節を鳴らす空色の髪の少女がいます。
「……ボンバー、よくも言いたいことを言ってくれたね。
……女の子にあんな暴言を。
天が許しても、この私が許さんっ!
いっぺん、ホントに爆発してこいやー!」
「ぐぼぁぁぁぁ!?」
いったい、何が起きたのでしょう。
次の瞬間。
私は強烈に蹴り上げられ、宙に舞っていました。
少女に蹴られた?
わけがわかりません。
私の巨体が、まるで紙風船のようです。
でも、目の前にいたのは少女だけです。
蹴ったとすれば少女です。
有り得ません。
だって、私の体重は大人と比べても圧倒的に重いのですよ。
少女に蹴られて、吹っ飛ぶはずがない。
墜落して激突。
「きゅぅぅぅぅ……」
我ながら情けない声が漏れます。
「ふんだっ! いい気味!」
少女の声が届きます。
意識を無くすまでの短い間に、私は思うのでした。
……ああ。
……痛い。
でも……痛みというのも……。
……存外…………気持ちいいものですね……。
ボンバーは気に入ってるので、たぶん、また出てきます\(^o^)/




