1382 学院祭がおわって
学院祭はつつがなくおわった。
放課後。
私は校門の前で、ユイとマリエと合流する。
ただ一緒には帰らない。
ユイは帝都を散歩して、夕方になったらボンバーのところへ行くと言った。
散歩にはマリエがつきあってくれることになっていた。
最後まで本当にありがとう。
ユイは、ボンバーのところで遊んだ後、そのまま自分の魔法で帰る。
なので校門の前で、またね、となった。
ナオはマリエに謎の伝言を残して消えていた。
『カメはカエルと遊ぶ。ザ・青春』
いったい、なんのことなのか。
カエルとは、帰ることなのか、生き物のことなのか。
それがどうして青春になるのか。
仮に実際の生き物だとして、カメとカエルは仲良しなのか、一緒に遊ぶものなのか。
謎だ。
謎すぎる。
すなわち斜め上の、とてもとてもめんどくさいことに違いない。
マリエは、私たちには言えない大変なことがあったのかも知れないと真面目な顔をして心配していたけど……。
私は、うん、はい。
へー、すごいねー、そかー。
とだけ返して、スルーさせていただいた。
なにしろ私だって大変なのだ。
私はみんなと別れた後、一人、大宮殿にいるお兄さまのところに頭を下げに行った。
予定では今夜、ユイとナオは非公式に大宮殿で夕食を取ることになっていた。
それがキャンセルされたためだ。
もうね。
なぜ私が、とは思いますが、他に謝れる人間はいない。
なので仕方がない。
通されたお兄さまの執務室で私はジャンピング土下座を決行しようとして――。
「おい、まさかとは思うが何をするつもりだ?」
「誠意の土下座を」
「そんなものはいい。普通に椅子に座れ」
「はい」
まさかの制止を受けて、私は大人しく言われた通りにした。
「それで、どうした?」
「実は、ユイとナオが遊びに行ってしまいまして……」
「わかった。今夜は中止なのだな」
「本当に申し訳ありません」
「なんだ、やけに殊勝だな」
「それはそうですよ。大宮殿での夕食会なんて、非公式といったって、とんでもないお金がかかりますよね」
「安心しろ。おまえが連れてきたジルドリアの文官たちと話がまとまって、二国間の貿易はさらに拡大することとなった。そのくらいは余裕で稼げる」
「そうですか。それは不幸中の幸いです」
「それにしても、今年も文化祭では、派手に暴れたそうだな。アリーシャが情報統制に苦労していたぞ」
「私じゃないですからね!?」
断じて!
「ははは。わかっている。おまえも苦労したのだろう?」
「そうですよ、ホントに」
「お疲れ様だったな。クウには妹ともども、いつも感謝している」
「え」
「なんだ、その顔は」
「だって、あ、いえ」
まさかお兄さまが素直に感謝してくるとは。
驚いてしまいました。
「それでクウ、おまえは当然、食べていくのだろう? 特に母上が、久しぶりにおまえと話したがっていたぞ」
「では、せっかくなので」
さすがに断れない。
「それにしてもお兄さまは随分と丸くなりましたね。最初の頃と比べて、本当に表情が優しくなりましたよ」
「クウにもさすがに慣れたのでな。今ではおまえの顔を見るだけで、だいたいどんな騒動を連れてきたのかわかるぞ」
「うわ。そういうところは相変わらずですね。減点ですよ」
「安心しろ。俺は常に満点で生きてきた。多少の減点では揺るがぬ。おまえと一緒にされては困るぞ」
「うわぁ。またそういう」
「ははは! 冗談だ。気にするな」
「真実ですけどね!」
申し訳ないですけど!
お兄さまと会話した後は、夕食の時間までセラと過ごした。
セラの部屋に入る。
「クウちゃんとわたくしの部屋で過ごすのは、なんだか久しぶりですね」
「そういえばそうだね」
最近は私の家の方ばかりだったし。
「クウちゃん、覚えていますか? 初めてクウちゃんがお泊りした夜、いろいろなゲームで遊びましたよね?」
「覚えてるよー。しりとりとか、あっちむいてホイ、とかねー」
セラはあまりにも素直で、私の全勝だった。
「久しぶりにやりませんか? わたくし、もうあの頃のような、ただの素直な子供ではありませんよ?」
「いいよー。やりますかー」
セラの成長ぶり、見てやろうではありませんか!
結果……。
「はううう。駄目ですぅぅぅぅ。ついクウちゃんにつられて、どうしても思うがままに操られてしまいますぅぅぅぅ」
セラはセラのまま、素直な良い子でした。
セラと遊んだ後は、皇帝一家と夕食を共にした。
私もすっかり偉い人たちと関わるのに慣れて、普通に楽しませてもらった。
皇妃様とも久しぶりに会話できた。
宮殿料理長バンザさんの料理は今夜も絶品だった。
ただ残念ながらラーメンは出てこなかった。
食事の後は帰らせていただいた。
今日も私は頑張った。
あとはゆっくりと一人の時間を過ごして、静かに疲れを癒そう。
と思ったけど……。
帰ったらフラウとファーとヒオリさんが待ち構えていた。
三人が学院祭の話をしたがるので、付き合うことにした。
ヒオリさんはグチグチだった。
「まったく本当に! 某は、店長にお仕えするためにこの帝都に来たのですよ! それなのに気づけば、学院と大宮殿で毎日が過ぎていく有り様! 最近では、店長とまともに会話すらしていませんよね! もうそろそろ、学院長は辞めてもいいですか!? 某も工房の店員になりたいです!」
「いやー、それはちょっと。ヒオリさんがいないと、みんな困ると思うよー」
「店長は困ってくださらないのですよね!」
「まあね」
「うわわああああん!」
ヒオリさんは泣いた。
お酒も飲んでいないのに酔っ払っているかのようだ。
「クウちゃん、今のは可哀想なのである。妾でも言われたら泣くのである」
「もー! うそうそ! ヒオリさんがいないとお店の経理が回らなくて大変だから本当に困るからこれからも助けてね!」
「もちろんです! すべて某にお任せ下さい!」
ヒオリさんはケロリと笑顔になった。
本当にシラフなんだろうか。
「しかし、です……」
と思ったら、ヒオリさんはまたもやガクンと落ち込んだ。
「どうしたの?」
めんどくさ!
とは思ったけど、聞いてあげる私は優しい子です。
「今度の夏季休暇は、実は中央魔術師団に籠ろうと思いまして……。本当に店長には申し訳なく思い……」
「実は妾も迷っているのである……」
ヒオリさんとフラウは、魔道具研究を中央魔術師団と共同で行っている。
悪魔発見装置や簡易結界装置は、その共同研究の成果だ。
それでも、籠もるというのは珍しい。
しかも二人揃って。
話を聞けば、なんと。
対悪魔用魔道具の研究開発の成果の派生から、人工の魔石を生成するというプロジェクトが立ち上がって――。
今、大陸中から様々な素材を取り寄せて、研究が進んでいるのだという。
そろそろ完成品ができそうな勢いらしい。
コストの問題から、実用化させるのは難しそうだけど……。
それでも成功すればすごいことだ。
ヒオリさんとフラウは研究や開発が大好きだしね。
やりがいはあるのだろう。
「わかった。頑張って」
私は応援した。
すると、
「クウちゃん! そこは止めてほしい場面なのである!」
「そうです! 某はまたもや悲しみに暮れます!」
二人に怒られた。
なぜだ。
ようやく解放されたのは深夜だった。
部屋に戻るや否や、私はベッドに倒れ込んでそのまま熟睡した。
そうして本当に――。
私の今年の学院祭はおわった。
おまけ:
異世界に来たばかりのクウが、はじめてセラの部屋でお泊りした時の話
☆クウとセラの面白いこと
「セラ、私ね、ちょっと面白いことがしたいんだけど、やってもいい?」
「もちろんです、クウちゃん。何でしょうか?」
夜の時間。魔石の照明が灯った、明るい部屋の中。
今夜はお泊りということで、私はセラと2人でセラの部屋にいた。
私はクウ。
2日前にこの世界にやってきたばかりの精霊さんだ。
なんのアテもない、お金もないスタートだったけど、運良くご縁に恵まれてセラとはお友だちになった。
「じゃあ、行くね」
「はいっ! どうぞっ!」
そう言うとセラは、それまでのんびりくつろいでいたふわふわのラグの上で姿勢正しく正座をした。
「クウちゃんだけに——」
ここで私は足元に手を伸ばして——。
足元の袋から、ぽてちを掴むようなジャスチャーをして——。
指を口にまで運んだ。
「くう」
ぱく。おしまい。
「……どうかな?」
私が感想を聞こうとすると——。
セラは、胸に手を当てて静かに目を閉じた。そして、言うのだ。
「はい——。クウちゃんだけに、くう。心に染み入る、まるで聖なる水のように清らかな汚れのない言葉ですね」
ふむ。
「もうひとついい?」
「はい。どうぞ」
セラが目を開けて、再び姿勢を正す。
私は言った。
「クウちゃんは、空腹なのです。クウちゃんだけに。なので食べちゃうのです、服を。クウちゃんだけに。空腹。食う服的な」
なんちて。
「それは大変ですねっ! 誰かに何か持ってこさせましょうかっ!」
「あ、ううん。ごめんね。言ってみただけなの」
「そうですかー。よかったですー」
セラが満面の笑みを見せてくれる。
うん。
可愛いねっ!
なんて純粋なのでしょうか!
私、本気で空腹だと思われたみたいでした!
でもね、ちがうの……。
私が言いたいのは、ううん、してほしいのは……。
そんな反応じゃないの。
私は、ふわふわなラグの上で姿勢を正した。
「セラ、もうひとつ、いい?」
「はい。どうぞ」
セラも姿勢を正す。
私は言った。
「ナゾナゾです。セラは今、クウちゃんと一緒に船に乗って海洋にいます。そんな海洋でクウちゃんがセラにパンを差し出しました。さて、私はその時、なんと言ったでしょうか?」
「えっと……。海洋って、海、ですよね……。海……えっとぉ……」
「海洋ね。それを簡単な気持ちで、私とつなげてみて。くう、と。かい、だよ」
食うかい?
クウちゃんだけに。
「つなげて、ですか……。えっと……。あ、わかりましたっ! クウちゃんの言いたいことがわたくしにも!」
「どうぞ!」
「くうちゃんうみ!」
セラが堂々と言った。
ふむ。
なるほど。
「正解っ!」
「わーい! やりましたーっ! 難問で悩みましたっ! わたくしが無事に正解できたのはクウちゃんのヒントのおかげですっ! クウちゃんには助けてもらってばかりですねっ! ありがとうございましたっ!」
「うん。よかったー」
「はいっ!」
私たちは手を取り合って喜びを分かち合った。
良いのだ。
うん。
だって、私は、セラを笑わせたかったのだから。
今、セラは笑っている。
私も笑っている。
つまり目的は、2倍で達成したのだ。
カンペキなのだ。
つまり、これは、幸せなのだ。




