1373 閑話・皇女セラフィーヌの文化祭二日目
文化祭二日目の朝、わたくしはいつものように登校して、いつものように魔術科二年生のクラスに入りました。
席について、窓ごしに空を見上げます。
空は明るいです。
今日も絶好のお祭り日和です。
「はぁ」
なのにわたくしは、思わずため息をついてしまいました。
「どうしたの、朝から。帝国皇女ともあろう者が」
それを見たアンジェが声をかけてくれます。
アンジェリカ・フォーンはわたくしの友人。
赤い髪の下に勝ち気な笑みを浮かべる、火と風の二属性魔術師です。
彼女の言う通り、わたくしは確かに帝国皇女。
セラフィーヌ・エルド・グレイア・バスティール。
人前でため息などついて良い身分ではありません。
皆の規範として、しっかりあらねば。
でも少しくらいはいいですよね。
ぼやいたって。
「だって、わたくし、今日もクウちゃんと遊べないのですよ。もう何年も遊べていない気がします」
「また大げさな。何日か前に工房に行ったんでしょ?」
「それはそうですけど」
わたくしとクウちゃんは親友です。
心の友です。
大親友です。
クウちゃんとは、クウちゃんが初めてこちらの世界に来た時から、ずっと変わることなく友情を育んできました。
だけど最近、確信してわたくしの影は薄いです。
ほとんど消えかけです。
クウちゃんと関わる機会はどんどん減っていて、たまに工房に遊びに行く程度になってしまっています。
クウちゃんは、いろいろなことをしているのに……。
まったく関われていません。
ため息だって、つきたくなるものです。
「夏の旅行を楽しみにしておきなさいよ」
「そうですね、はい……」
いつまでも憂鬱でいるのはよくありません。
アンジェの言う通り、夏季休暇になればクウちゃんと一緒です。
寝食を共にして何日も旅をするのです。
「そもそも大人になるにつれて、それぞれに道は別れていくものでしょ。一緒にいることよりも心を大切しないと」
「……心って、どんな心ですか?」
「それはアレよ。アレ」
「わかっていないなら言わないで下さい」
「信じる心!」
「そうですね」
「なによその気のない返事は」
「だって今、絶対、その場しのぎに言いましたよね?」
「あ、バレた?」
「バレバレです。……でも、はい。なんとなくわかる気もします、本当は。だからありがとうございます。その通りです」
わたくしは気持ちを切り替えて、アンジェに言います。
「アンジェは決戦当日だというのに落ち着いていますね」
「十分に訓練してきたしね。あとはやるだけよ」
アンジェは今日の武闘会で行われるジルドリア王立学校との交流試合において、参加者に選ばれています。
交流試合とはいえ真剣勝負です。対抗戦です。
多くの注目も集まっています。
相当なプレッシャーはあるはずなのに、それでも勝ち気に笑っていられるアンジェは本当に心の強い子です。
「怪我をしても治してあげるから、存分にやるといいよ」
スオナがやってきて、アンジェの肩に気安い様子で手を置きました。
スオナ・エイキスもわたくしの友人。
水魔術師として高い才能を持つ、美しい黒髪の知的な子です。
「なんかもう、怪我には慣れちゃったけどね」
「はは。それは、ね」
アンジェはここ最近、メイヴィスとブレンダの二人に鍛えられていました。
容赦ない訓練で打ち倒されて生傷が耐えず、スオナがほとんどつきっきりで治療をしていたようです。
そのおかげで剣の腕もかなり上がったそうです。
「でも本当に夏の旅は楽しみだね。今年は一体、どこでどんなことになるのか。さすがに去年以上はないと思うけど」
スオナもまた、わたくしとアンジェと共に旅のメンバーです。
「去年かぁ。すごかったわよね。リザード族とエルフ族の島。セラとマリエがなんか芸とかさせちゃってさ」
「つめつめがおーと大草原だよね。アレは一生の思い出だよ」
「わたくしのは、芸ではなくクウちゃんを称える儀式でしたけどね。完成度については今でも自信がありますとも!」
しばらく談笑していると教師がやってきて、朝のホームルームが始まります。
その後は自由時間です。
わたくしたちのクラス出店は展示だけなので手間はありません。
魔術科では、普通科や騎士科と違って、集団行動における成果や適正がたいして評価に結びつきません。
もちろん低すぎると問題にはなりますが、そうでなければ、魔術師としての力こそが評価そのものとなります。
なので出店は簡単に済ませることが多いようです。
他のように、カフェを開いたり、お化け屋敷をやったりはしません。
とはいえ、わたくしは自由にはならず仕事があるのですが。
今日は園遊会があるので、まずはその準備です。
なんと今年の園遊会の準備は、わたくしが指揮を取っています。
本来であればお姉さまが指揮を取るところですが、今年は交流試合があり、お姉さまは交流試合を担当すると自らお決めになりました。
「じゃあ、スオナ。悪いけどセラの補佐はお願いね」
「ああ、任せておいてくれたまえ」
「アンジェ、いざという時にはこれですよ! クウちゃんだけにくう! クウちゃんだけにくう! クウちゃんだけに――」
「あはは。またそれ? 本当に好きよね。ま、よく覚えておくわ」
ひらひらと手を振って、アンジェは先に行ってしまいます。
アンジェはこれから試合に向けて最終調整です。
「では行こうか、セラ。僕たちは僕たちで頑張らないとね。任せてくれたアリーシャ様に恥をかかせないように」
「はい」
わたくしはスオナと二人、園遊会の会場である奥の庭へと向かいました。
クウちゃんだけに、くう。
クウちゃんだけに、くう。
クウちゃんだけに――。
くう!
その心意気で、わたくしも頑張りましょう!




