1364 未来を作る力は
「そ、そんな……。でも、そうでしたね……。うう……」
よかった。
イスカは真実を思い出してくれたようだ。
夜。
フル回転させた私の小鳥さんブレインが導き出した結論は、本当のことをイスカに伝えるというものだった。
ちゃんと理解してくれるか、逆上したりしないか、不安はあったけど……。
幸いにも彼女は思い出してくれた。
「で、でもっ! 確かにきっかけはそれかも知れないけど、それでも実は目覚めたのかも知れないよね!?」
「ない。やってみればわかる」
食い下がるイスカに、ナオが冷たい目を向ける。
「やってみるよ! 見せてやるからぁ!」
立ち上がったイスカが力を目覚めさせようとする。
力をこめて叫んだ。
かもしか神様、我に力を!
と。
だけど何も起きない。
ナオの与えたトリガー式の強化魔法は、先の帝都での大暴走で残念ながらすべて使い果たしている。
私とナオは黙ってイスカを見ていた。
「なんで? なんでぇ!」
目覚めることのできないイスカが悲痛な声を上げた。
「それが現実」
身を起こしたナオがイスカの前に立って、
「私も悪かった。無闇に力なんて貸すものではなかった。ごめんなさい。逆に悲しい思いをさせてしまった」
と、イスカに頭を下げる。
「ううう……。そんなことはないよ……。ありがとう。一族の連中をブチ殺せただけでも私は本望だよぉ……」
イスカは逆上することなく、その場にへたり込んだ。
「でも、そっかぁ……。かもしか神様はいないのかぁ……」
イスカが力なくつぶやく。
「それはわからない。いるかも知れない」
「え? そうなんだ?」
「うん」
「なら、もしかして、まだワンチャンあるのかな?」
イスカが希望に目を輝かせる。
「もちろんある。死ぬ気で修行して、本当の力を身につければいい。そうすればきっと声は聞こえる」
「本当の力、かぁ……。そうだよね……。頑張るしかないかぁ……」
イスカについては大丈夫のようだ。
良くも悪くも素直な子でよかった。
私はここで、ちょいと気になったことを質問させてもらった。
「ねえ、イスカ。ブチ殺した一族のヒトたちはどうしたの? ちゃんと誰かを呼んで治療の手続きは取った? 半殺しにして放置だと、いくら獣人族が丈夫だと言っても、さすがに命の危険を感じるけど」
「忘れてましたぁぁぁぁ! どどど、どうしようー!」
「つまり、死んでしまえとは思っていないのね?」
「もちろん思ってますけどおおお! でも殺したら大変ですよね!? わからせられればそれでいいのー!」
「ブチ殺したのはどこなの?」
「宿の裏庭で」
「なら平気か」
「でも、石壁があって薄暗い場所だったし……。気づかれないかも……」
一族のヒトたちが泊まっていたのは、大通りから少し外れた「夕暮れ亭」という名前の大衆宿とのことだった。
住所を聞いて、場所は把握できた。
「昏睡」
私は緑魔法「昏睡」でイスカを眠らせた。
その上で肩に担ぐ。
「ナオ、転移するよ。くっついて」
「相変らず強引」
「いいから早く」
「りょ」
ナオも連れて、転移。
さくっと移動して、目的の宿に到着した。
宿は一階が酒場になっていて、それなりに賑わっていた。
反面、裏庭は暗い。
宿からの光が流れているので、完全な暗闇ではなかったけど。
しかし残念ながら、一族のヒトたちは発見されておらず、石壁沿いにぐったりとして倒れたままだった。
総勢4名。
全員、それなりに強そうな犬族の成人男性だった。
意識を取り戻しているヒトはいない。
かなり強烈な一撃を食らったようだ。
状態を確認するのも面倒なので、蘇生魔法と回復魔法を連続してかけて、全員、すぐに全快させた。
「チート」
とナオには言われたけど、ナオに言われる筋合いはないよね。
同じ穴のなんとやら、だ。
一族の人たちが目覚めるのに合わせて、イスカの意識も元に戻した。
そうして対面となる。
イスカの左右には私とナオが立った。
現状をうまく把握できない一族の人たちが、ふらふらと身を起こす。
先に口を開いたのはイスカだった。
「……えっと、大丈夫? 一方的にブチ殺しちゃってごめんね?」
その挑発的な言葉を受けて、一族の一人がいきり立つ。
「なっ! 貴様! できそこないの分際で!」
ケンカになっちゃうかな、と私は心配したけど――。
「よせ」
ただそれは、他の一族の人によって止められた。
「なぜ止める!」
「そのできそこないに蹂躙されたのは俺たちだ。忘れたのか?」
「それは――。しかし、傷もない――」
「この人たちが治してくれたの。お礼は言ってね?」
イスカが私たちに目を向ける。
「それは――。感謝する」
一族の人たちは、礼儀知らずというわけではないようで、きちんと頭を下げて全員にお礼を言われた。
「しかし、すまんが金がない……。支払いは後で……」
「お金はいらないよ。それよりどうだった? イスカ・ポルテの力は」
私は笑って言った。
「ああ、すごかったよ……。疑ってすまなかった……。族長殿の見る目は、腐ってなどいなかったということか……」
「ただその力は、借り物だったんだけどね」
「それは、どういう……?」
たずねられて、私が説明を続けようとすると、
「それはね」
と、イスカが割って入って、
「こちらの先輩に貸してもらったの。一時的にね」
「先輩?」
一同の視線がナオに集まる。
「力を貸すとは、一体、本当にどういう……。銀狼族……?」
「銀狼族だ……」
「銀狼の方がどうしてここに……」
一族の人たちは小声で戸惑う。
ああ、そうか。
イスカは世間知らずなのか、まるで気にしていなかったけれど……。
いや、うん。
ヒト族が中心になって暮らす帝都や聖都などの都市圏では、ほとんど気にするヒトはいないけれど……。
地方で昔ながらに暮らす獣人族からしてみれば、今でも銀狼族は支配階級。
その御旗以外に獣人族がまとまることはないと言われる、最高の権威を持つ獣王三家のひとつなのだ。
「……失礼ですが、お名前を伺っても?」
「ナオ・ダ・リム」
ナオは迷わずに本名を告げた。
「おい、まさか……」
「いや、このお姿、噂に聞いていた通りだ……」
「どうしてこんな場所に……」
「それにイスカと……?」
「しかし、その名を騙るなど有り得ぬ……。そもそも銀狼のお方だぞ……」
いくらかの戸惑いの内、一族のヒトたちは一斉に平伏した。
「ははーっ!」
と。
「えっと、あのお。銀狼族のナオ・ダ・リムって、もしかして新獣王国の戦士長? ヒト族国家をブチ壊して国を取り戻したっていう」
「そうだね。それだね」
イスカの問いかけには私が答えた。
「ははーっ!」
するとなぜかイスカも平伏した。
いや、うん。
なぜか、ではないのかも知れないけど。




