1363 閑話・少女ユイナはすっかり馴染んで……。
私にはわかる。
わかってしまうのだ。
なにしろ私は、今はただの平凡な少女のユイナちゃんだけど……。
その正体は……。
なんと。
ななんと。
大陸中からチヤホヤされる天下の聖女様なのだ。
聖女様の力を持ってすれば、友人たちの居場所なんて、ちょちょいのちょいっと魔力感知でわかるのだ。
うん。
はい。
いつの間にか、クウとナオは帝都から出ているようだった。
帝都にいないのは、はっきりとわかる。
完全に気配がない。
ついでにリトも、私のことを放っておいて、精霊界に行ったままだ。
こちらは、うん……。
暴れん坊の幼女たちの抵抗を受けて、戦っているんだろうけど。
一対一ならともかく、二対一では苦戦も仕方がない。
いくら幼女といっても大精霊なのだし。
なので、まあ、リトのことは仕方ないとしても……。
そう。
つまり私こと聖女ユイリア様は、みんなにチヤホヤされるのが宿命の、まさにヒロインでまさに愛されガールなのに……。
何が起きているのかもわからないまま…‥。
完全に二人の友人から置き去りにされているのだ……。
クウは一度来たけど……。
帝都から出るほどの用事なら教えてくれればよかったのに……。
悲しい……。
もっとチヤホヤしてくれていいのに、さ……。
と。
そんなことを思いながら……。
私は今、一人、静かに煮えるスープを見つめている。
場所は、ハッピーさんの冒険者クラン「ボンバーズ」があるビルの一階。
姉上さんことシャルロッテさんが経営するラーメンハウスの厨房だ。
時刻は夜。
すっかり日は暮れてしまったけど……。
リトは迎えに来てくれないし……。
クウとナオは迎えに来るどころか帝都にいないし……。
私は正直、すっかり拗ねてしまって、帰るタイミングもなくして、夜なのにハッピーさんのところにいるのだった。
「ユイナちゃん、スープの方はどうー?」
「はい。そろそろいいと思います」
スープを一人で見ているとはいえ、厨房には姉上さんもいた。
ハッピーさんは仕事があるとのことで、いったん、事務所に戻っている。
ふーん、私のことはいいんだ。
放っていっちゃうんだ。
なんて少しだけ思ってしまったのは、もちろん秘密だ。
「ユイナちゃん、本当に遅くまでごめんね。帰りはちゃんと、ミハエルのヤツに責任をもって送らせるから」
「はい。ありがとうございます」
「でもすごいねー。聖国から旅行で来たなんて。遠かったでしょ?」
「はい。とっても」
「だよねー」
私のことは、それなりに正直には話した。
聖国から友達と観光で来た、と。
クウとは友達で、滞在中は友達ともどもクウの家に厄介になっている、と。
今夜はクウも遅くて、なので帰りは急がなくても平気、と。
クウとナオは、どうせ帝都にいないしねっ!
私を残して何かしているしねっ!
「どうしたの? 急に?」
「あ、えっと」
怒りが表情に出てしまって、心配されてしまった。
私はあわててごまかす。
「ハッピーさん、戻って来ないなって……思って」
「ふふ」
するとシャルさんが優しい笑みを浮かべた。
そうして言うのだ。
「ありがとうね、ユイナちゃん。ユイナちゃんは、うちの弟のことを、本当に気に入ってくれているのね」
と……。
「え。あ。それはあの」
ちがっ……。
私は動揺しつつ訂正しようとしたけど。
「大丈夫! 姉として、その時には応援してあげるわ! ユイナちゃんなら、私としては大歓迎だからね!」
と言われて、私は赤面して黙った。
人生、10年と少し。
前世と合わせれば、もう30年は超えているけれど……。
そんなことを言われたのは、初めてなのだった……。
でも正直、自分でも悪い気はしなかった。
なので私は黙ってスープを見つめる。
そうして、少しだけすくって、味見をする。
「どう? 美味しい?」
「はい。バッチリです」
鶏ガラと煮干し、それに前世の記憶を思い出しつつ複数の野菜で味を整えたスープは我ながら完璧だった。
よく調和して、実に味わい深い。
姉上さんことシャルさんにも飲ませてあげる。
「ん――! おいし! なにこれ、すごいね!」
「うん! すっごくよくできた!」
二人で手を取って喜ぶ。
喜んでいると、ようやくハッピーさんが仕事から戻ってきた。
「おや。なにやら二人して楽しそうですね」
「スープが完成したのよ! ユイナちゃん、すごいよ! ほら、早くミハエルも飲んでみなさいよ感動するから!」
「ほほお。それは楽しみですな」
ハッピーさんが私のスープを試飲する。
私は緊張してその様子を見守る。
一拍の間を置いて……。
「これはすごい。さっぱりとしているのに、実に味わい深い。大宮殿のパーティーですら飲んだことのないレベルの高さですね」
本気で感心した表情で、そう言ってくれた。
やった……!
私は心の中でガッツポーズをした。
つもりだったのだけど。
どうやら実際にもやってしまったようで……。
「ほらミハエル。ほめてあげなさい。ユイナちゃん、頑張ったんだからね」
なんてシャルさんに言われてしまった。
「そうですね。それはその通りです。ユイナちゃん、姉上のわがままに付き合ってくれて本当にありがとうございます。最高のスープでした」
ハッピーさんの大きな手が優しく私の上に乗った。
なでなでしてくれる。
それは、とても自然な仕草で、つまりハッピーさんは私のことを子供扱いする程度の存在だと思っているのだろう。
実際、私はハッピーさんよりも5歳くらいは下なので……。
それは仕方のない現実だろう。
なので私は甘んじて……。
そう。
甘んじて、今は仕方なく、その現実を受け入れることにして、なでなでされることを許容してあげるのだった。
「さあ、後は私ね! ミハエルとユイナちゃんはお店の方で待ってて! 最高のラーメンに仕上げて持って行くからね!」
「はい」
「楽しみにしていますぞ、姉上」
「任せて! 具材についても、ユイナちゃんにバッチリ教わったんだから!」
「ではユイナちゃん、私たちは行きましょうか」
「はい」
紳士なハッピーさんに連れられて、私は厨房から出た。
どんなラーメンが完成するのか。
どんなラーメンを、ハッピーさんと食べるのか。
本当に楽しみだ。
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