1362 とりあえず、いつもの
「スリープクラウド」
はい。
いつもの魔法で、いつものように全員眠らせました。
問答無用です。
男連中も白耳少女イスカもバタンです。
いくら裏路地といっても、このままケンカしていたら衛兵さんが来て、さらに騒動が拡大するだけだしね。
続けてナオが回復魔法をかける。
全員の傷は一瞬で癒えた。
ナオの光魔法は、すでに達人の領域だ。
「で、どうするの、この子?」
私はとなりにいたナオにたずねた。
「私に聞かれても困る。クウは助けたいの?」
「え。あ。それは、ね……」
このまま放置するのには問題を感じる。
力自体はナオが与えた一時的なもので、やがて消えるとしても、力に溺れた精神はそのまま残り続けるのだ。
果たして、どうなることか。
フォローは必要に思える。
私がそうした懸念を口にすると、ナオはがっくりとうなだれて、
「クウの言う通り。私が浅はかだった。最初から見捨てるのが正解だった」
そこまでぼやいた後、顔を上げて、拳を握ると、
「よし。記憶を消そう」
と言った。
「ナオ、そんなことできるんだ?」
「ざっくりとなら。半年から一年くらい丸っとになるけど」
「それはやめとこ」
さすがに問題がありすぎる。
「なら、ゼノリナータ様にお願いして――」
「それもやめとこ。記憶を消すこと自体なしでお願い」
記憶操作は本当に最後の手段だ。
手軽に使うようになったら、私自身の良識がおわる。
「ならどうする?」
「んー」
私は久しぶりに、小鳥ブレインをフル回転させた。
なにかいい手はないものか。
「そうだ!」
そして、ひらめいた。
「さすクウ。さすクウ最高」
するとすかさずナオが拍手と共に「さすクウ」してきた。
しかもダブルで。
ブロックする暇もなかった。
さすがはナオさんです。
私は、眠ったままのイスカを肩に担いだ。
「さあ、じゃあ、まずはどこか静かな場所に転移しよっか。まあ、名案ってものでは全然ないんだけどさ、何をどうするにしても、まずは本人から話を聞かないとね。考えるのはそれからでいいよね」
それが私のひらめきで結論だ。
「それは、そうか。なら私の家に来る? 和風の屋敷で静かで落ち着いている」
せっかくなのでお願いすることにした。
獣王国のダンジョンに転移して、ナオの家に飛んだ。
問題なく到着。
畳の居間にイスカを寝かせる。
部屋に明かりをつけて、座布団とお茶とお菓子を準備してから、睡眠魔法を解除してイスカのことを起こす。
「ん……。んんー……。ぱわぁぁぁ。目覚めるぅぅ……」
変な寝言をいいつつも、イスカは目を覚ました。
「ここ、どこ?」
見慣れない景色にイスカはあたりを見回し、ナオに目を向けると、
「御使い様ぁぁぁぁぁ! ははーっ!」
いきなり平伏した。
寝起きとは思えない見事なジャンピング土下座だった。
「おお。お見事」
同じジャンピング土下座の使い手として、思わず私は拍手をした。
ナオには軽く睨まれたけど。
「わたくし、御使い様のおかげを持ちまして、見事、かもしか神様のパワーに目覚めることができましたぁぁぁ! 感謝申し上げますぅぅぅ! 一族の連中も見事にブチ殺すことができましたぁぁぁ!」
「えっと、あの……。殺しちゃったの?」
私はおそるおそる確認した。
だとすれば、もはやこれまでだけど……。
「いえ。半殺しでございますれば! 生きてはいるので問題はありません! というかアナタは学院生?」
私はイスカと同じく、学院の制服を着たままでいた。
「普通科二年のクウ・マイヤ。貴女はイスカ・ポルテさんでいい?」
「先輩でしたか! 失礼しました! 騎士科一年のイスカ・ポルテです! よろしくお願いします!」
「とりあえずキミは落ち着こう」
「ははーっ!」
ナオに言葉をかけられて、ますますイスカは平伏した。
「ははーはいらない。顔を上げる。そもそも私はただのカメ」
「カメ、ですか?」
顔を上げて、イスカはたずねた。
「そう。カメ」
「カメ……。かもしか神様は、カメを御使い様に、ということで?」
「そう」
「そうですか……。わかりました。では、カメ様で」
「ナオでいい。それが名前。カメのことは実は秘密」
「わかりました。では、ナオ様で」
「様もいらない。先輩でいい」
「わかりました。ナオ先輩、ですね」
なんとも気の抜ける会話をする内、イスカは落ち着いた。
「さ、こちらに来て飲み物をどうぞ」
私は急須から湯呑みにお茶を注ぎ、イスカに勧めた。
ナオにも淹れてあげる。
私も自分で淹れていただいた。
ふう。
温かい緑茶は、実に体に染み渡ります。
「それで一体、どうして一族をブチ殺しになんてしたの?」
私はイスカにたずねた。
「みんな、私の目覚めを信じてくれなくて。私、ずーっと落ちこぼれでどうしようもない子だったんです。
でも、帝都の学院に行けば力に目覚めるかも知れないって、おじいちゃんが推薦してくれて……。
おじいちゃんは、私には力があるって、落ちこぼれなんかじゃないって、私のことを信じてくれていて……」
お茶を飲みつつ、イスカは静かに語ってくれた。
私たちは黙って話を聞く。
「私、頑張ったけど、学院でもうまくいかなくって……。
バカにされて……。
一族にはでも、悔しくて……。
大成功しているって嘘をついちゃったけど……。
でも私はかもしか神様のおかけで目覚めて……。
ちゃんと武闘会の本戦にも出られて……。
それを帝都に来ていた一族のみんなに伝えたのに嘘って言うんです。
それどころか、おじいちゃんには見る目なんてないって……。
帝都に来たのは、私の嘘を確かめるためだけって……。
私、許せなくって……。
それなら見せてやるって、戦って……。
一族の連中をブチ殺してやったの。
本当に、すかっとしたなぁ。
すかっとして、気持ちが高ぶって、興奮して……。
あれ。
私、帝都でケンカしてたような……。
そういえば私、どうしてここに?
ここってどこなの?」
「ここはナオのおうち。イスカは我を忘れて暴走して、力に溺れて、危険な状態だったんだからね? だから連れてきたの」
「はぁ……。そうなんですか……」
どこか納得していない様子でイスカはつぶやいた。
暴走していたつもりはないのだろう。
一時的な力というナオの説明も、すっかり力に飲み込まれたせいか、完全に頭から飛んでいる様子だ。
さて。
それで、どうすべきか。
それが問題だよね。
事情を聞くに、このまま無力な子に戻して、ただ返してしまうのは……。
なんとなく憚られる……。
だって……。
悔しい気持ちも嘘をついちゃった気持ちも、よくわかるし……。
昔のナオにそっくりだよね……。
ナオがつい力を貸してしまったのは、本当はかもしかのせいではなくて、その空気を感じた故なのだろうし。
私は再び、小鳥さんブレインを回転させるのだった。




