1360 閑話・少女ユイナは紳士と再会して……。
「う、うう……。はうん……。ふぁ? ふぁあああ!?」
目覚めると、そこには顔があった。
日焼けして大きくて、いかにも鍛えていそうな厳つい顔だった。
なので思わず変な声を上げてしまったけど……。
「ふふ。よかった。ようやくのお目覚めですね、ユイナちゃん」
その声には聞き覚えがあったし、よく見れば知っている顔でもあった。
そして、きちんとした身なりをしている。
顔はいかつくて体は大きいけど、紳士だ。
「そりゃ、社長が目の前にいれば驚きますよ。まったく。ごめんなさいね、いくら知人でも嫌ですよね」
彼のとなりにいた女の人が顔をしかめて言う。
事務員さんのような格好をした大人の女性だ。
私はユイ。
一応、リゼス聖国で聖女というものをやっている12歳。
ただ今は普通の女の子ユイナちゃんとして、帝都の学院祭に来ていた。
はずだけど……。
私が寝ているのはどこかの部屋――。
事務所の休憩室のような、清潔だけど殺風景な場所だった。
「あの……。ハッピーさん、ですよね?」
「そうですぞ。去年のお祭り以来ですな、ははは」
そう。
目の前にいる紳士は、スーツの色こそ黄色ではないけど、以前の帝都のお祭りで仲良くなったハッピーさんに違いなかった。
彼のハッピー音頭は、ナオがそれはもう気に入っていたものだ。
私もよく覚えている。
ハッピーさんはクウとも知り合いで、帝都では有名な冒険者クランを率いていて、クウの工房の常連でもある。
なのでここは、彼のクランの事務所なのかも知れない。
名前は確か、ハッピーさんではなくて――。
「ごめんなさい。ボンバーさん、でしたよね」
「ははは。ハッピーさんで良いですぞ。どちらも私です」
そういうとハッピーさんは、ベッドから身を起こす私の近くで、久しぶりのハッピーダンスを披露してくれた。
ハッピー、ちゃっちゃ♪
ハッピー、ちゃっちゃ♪
懐かしくて楽しいリズムだった。
私が落ち着いてから、ハッピーさんが気を取り直して私に質問してきた。
「それで、いったいどうなされたのですか? ユイナちゃんは、いきなり空から中央広場に落ちてきて、石畳を砕いて転がって、壁に激突して、普通なら死んでいるところを無傷なものだから、これはなかったことにするべきではと直感し、失礼ながら私の事務所に運ばせていただいたのですが」
「なんか、すごいことになっていたんですね、私」
「ですぞ」
「ありがとうございます。そうしてもらって助かりました。あと、助けていただいてありがとうございます」
精霊たちの喧嘩に巻き込まれて吹き飛ばされました。
なんて、とても人には言えない。
せっかく精霊が世界に戻ろうとしているのに、精霊は凶暴で危険だ、なんて思われたら障害になってしまうし。
「なにか特別な事情があるのですか? 私でよければ力になりますぞ?」
「ありがとうございます。でも、それは……」
「ははは。よければなので、気にされなくても平気ですぞ。それよりも、お体の方は大丈夫ですか?」
「はい。痛みはないし、ちゃんと動きます」
「それはよかった」
ハッピーさんが朗らかに笑う。
気持ちの落ち着く、豪快なのに優しい笑い方だった。
ああ、やっぱり、ハッピーさんは人をハッピーにする人なんだな。
と、私はなんとなく思った。
思いつつ、私は女の人にも目を向けた。
幸いにも、女の人に疑いの目や表情はなかった。
意識をなくしている間、光の力を放ったりとか、変な寝言を言ったりとか、そういうのはなかったようだ。
なので私は、空から落ちてきただけの、どこにでもいる普通の女の子でいさせてもらうことにした。
窓からの日差しは、まだそれなりに明るい。
時刻は午後の半ばようだ。
吹き飛ばされて、何時間かは過ぎているのか。
私は不意に怒りを覚えた。
だって、かなりの時間が過ぎているのに、どうして私はここにいて、クウの助けの手が届いていないのか!
普通、助けるよね!
空の彼方に吹き飛ばされた友人を!
と思ったけど……。
そういえばクウは、日常的に目の前のハッピーさんを蹴り飛ばしては、完全放置しているのだった……。
クウにとって、空の彼方に飛んでいく、なんていうのは……。
助ける意味もない日常のことなのだろう……。
「むむ。急にしかめっ面をして、どうかなさいましたか?」
「あ、いえ。あはは。お腹が空いちゃって」
私はごまかした!
「それはいけませんな! ふふ。ちょうどこの下には、私の姉がやっているバーガー屋がありましてな。よかったらどうですか?」
バーガーと聞いたら本当にお腹が空いてきた。
私は朝から何も口に入れていない。
「ハッピーさんのお姉さんって、確かバーガー大会に出ていた人ですよね?」
「そうですぞ! 姉上のバーガーは食の賢者も認めた絶品です!」
食の賢者。
それは、ク・ウチャンのことだ。
ク・ウチャンは、なんだかよくわからないけど、クウが適当なことを言っている内に生まれた幻の賢者だ。
ク・ウチャンについて考えると、思わず笑ってしまう。
「むむ。いかがされましたかな?」
「ごめんなさい。なんでもないです。つい楽しいことを思い出しちゃって」
「ははは! 笑うのは、とてもよいことですな!」
ハッピーさんが笑うので、私も遠慮なく笑わせてもらった。
ハッピーさんは、やっぱり素敵な人だ。
一緒にいると楽しくなる。
私はハッピーさんに連れられて、部屋から出て、意気揚々とバーガーを食べるためにお姉さんのお店に向かった。
まあ、うん。
お店にあったのはバーガーではなくて……。
せっかく私の心は、バーガーで満たされていたというのに……。
なぜかラーメンだったけれど。
あ、そっか。
私はラーメンを見て、そういえばクウは今、なぜか帝国でラーメン大会を開こうとしているのだったよね、ということを思い出した。
「姉上、バーガーを注文しますぞ!」
「なにいってるの? バーガーなんて、ひとつも材料ないよ?」
「なぜですか? ここはバーガー屋ですよね?」
「え?」
「え?」
「外の看板を見なかったの? ちゃんと作り変えたよね? 今日からいったんラーメンハウスなんですけど?」
「看板……。姉上、また無駄遣いをされたのですか……」
「ラーメン一丁! お願いします!」
私は元気に注文させてもらった。
ラーメンはラーメンで普通に好きだしね。
「かしこまりー! ミハエルも、ちゃんと作ってあげるから座って待っていなさい!」
「まったく。姉上と来たら……。すみませんね、ユイナちゃん」
ミハエルというのはハッピーさんの本名らしい。
しばらくして出てきたのは、刻んだハーブと半熟の玉子焼きを乗せた、透き通ったスープの塩ラーメンだった。
お味は……。
もちろん美味しくいただきましたけれども……。
スープが少しだけシンプルで、味に深みがなくて、そこは改良した方がいいかなぁとは思いました。
ハッピーさんと姉上さんに正直な感想を求められたので、迷ったけど私は正直にそのことを伝えた。
加えて少しだけ提案もした。
スープには鶏の骨か、煮干しや鰹節なんかを使うのがいいですよ、と。
すると、ぜひ教えてほしいと言われて……。
私は姉上さんに手を取られるまま、なんと市場へ行くことになった。
ハッピーさんもついてきた。
三人で買い物をして、厨房で軽くスープを作った。
それは本当に普通の――。
まるで普通の子のような一時で――。
私にとって、それは新鮮で、とてもとても楽しい時間となった。




