1357 クウちゃんさまは気にしない
時刻は、武闘会の予選が始まる、少し前――。
「クウちゃん、そろそろ武闘会の予選だよね? もうレオ君たちも行っちゃったし、クウちゃんも出てくれていいよ」
「あ、うん。そうだね……。でも、あれかなぁ。あはは。お店にいるの楽しいし、もう少し働いていようかなぁ」
こんにちは、クウちゃんさまです。
私は今、クラスのお店「冒険者食堂」で給仕の仕事をしています。
そろそろ武闘会の予選とあって、予選を見たいレオたちは、とっくに仕事を離れて野外闘技場に行きました。
私は、うん、はい。
クラスメイトの女の子にも促されてしまいましたが……。
予選を見に行く予定だったのに、まだ働き続けています。
なぜなのか。
なぜならば。
私にはわかるのだ。
闘技場には今、ユイとリトとイルとキオがいる。
そして、その場で、光と風と水の魔力が、とてもとても波打っている。
もうね、はい。
一触即発といった気配なのだ。
私には断言できる。
必ずやなにかが起こる。
そもそもイルとキオが大人しくしているとは思えない。
リトは真面目だし自ら騒動を起こすことはないだろうけど、真面目であるが故に苛ついていることだろう。
すなわち、予選を見に行けば、必ず巻き込まれる。
それはとてもとても面倒なことだ。
まさにとてとてだ。
故に私は、大人しく「冒険者食堂」で仕事をしていようと思うのだ。
といっても……。
いくらか悲しいことに……。
私たちのクラス出店は、去年ほどの人気を得ることはできていなかった。
ともかくメニューの選定に失敗したようで……。
1.野草のスープ。
2.塩漬け肉とチーズの黒パンサンド。
3.搾りたてオレンジジュース。
冒険者飯としては、これでも豪華にしたつもりだけど、しかしハンバーガーやクレープに比べれば華やかさにかけて……。
クッキーもあるにはあるのだけど……。
特に一般客の方々は、せっかくの学院祭なのだから……。
より華やかな方が良いようで……。
遊びに来たくれたロックさんにも、
「おまえ、これは地味だろ」
と、はっきり言われてしまった。
実際、一般客からの人気で、私たちの「冒険者食堂」は去年接戦を演じたレオのライバルであるクロード青年が率いる1クラスに差をつけられていた。
クロード青年たちの1クラスは学院祭では定番のメイドカフェを開いて、外にまで行列ができていた。
残念ながら私たちのクラスに行列はない。
ただ、子供には好評だった。
無邪気に冒険者気分を味わってくれて、やってよかったとは思うのでした。
そして――。
大賑わいではないけれど、楽しく仕事をしている中――。
そろそろ予選会が始まるねという時間――。
それは、唐突に起きた。
どーん!
と爆発音が来て、窓がカタカタと揺れた。
「え!? なに!?」
お店にいたクラスメイトとお客さんたちが驚いて声を上げる。
「大丈夫。イベントですよー」
私は主にお客さんたちを落ち着かせるため、爽やかな笑顔でそう答えた。
「そんなイベントあったっけ……?」
レザーアーマーを着込んだクラスの女の子には不安な顔をされてしまったけど……。
「冒険者にはよくあることだよー」
私は尚も爽やかに答えた。
正直、理屈のよくわからない返答ではあったけど、幸いにも女の子は、そっかー、と納得してくれた。
「魔術の実演? さすがは帝都中央学院。すごいのね」
「ですよねー」
お客さんとも笑い合っていると――。
今度は、大量の水を含んだ竜巻が、光のきらめきと共に――。
宙に舞い上がった。
「うわあああ! すごい! みてみてお母さん、キレイ! おおきなふんすい!」
それを見た子供が窓にへばりついて興奮する。
「そうね。本当にすごいのね」
お母さんは、それも魔術と思ってくれたようだ。
さすがは帝都中央学院。
最高の学府。
最強の魔法力なのです。
大精霊たちの気配は幻想的な景色の中で消えた。
最後に光の魔力を強く感じたので、おそらく、リトがキオとイルを連れて精霊界に強制転移したのだろう。
もちろん私はついて行かない。
大精霊のことは、大精霊同士で解決するのが一番だろう。
私は窓ごしに景色を眺めた。
ただ、騒動はそれでおわりではなかった。
見ていると、なんと竜巻の中から一人の女の子が空中に投げ捨てられた。
遠間ではあるけど、私にはわかる。
ユイナちゃんだ。
大精霊たちの衝突に間近で巻き込まれたようだ。
目を回しているのか体を制御できていない。
くるくるー。
っと、空のどこかに飛ばされていった。
「ねえ、クウちゃん……。今さ、女の子、いなかった……?」
「いた! だれかいた! ぼくもみた!」
「ねえ、イベント……なのよね? 平気なのよね?」
遠間ではあったけど、クラスの女の子とお客さんも、くるくる飛ばされたユイナちゃんには気づいたようだ。
「あはは。さすがに気のせいですよー。竜巻から女の子が出てくるなんて、光の加減の錯覚ですよー。ほら、きらきらしていますし」
私は笑ってごまかした!
幸いにも、私と一緒にいた人たちはそれで納得してくれた。
まさか竜巻で人が飛ばされたなんて……。
そんなことになれば、それはもう大事件の大惨事だしね。
幸いにもユイナちゃんだけのようだし、騒動ではあっても、大事件にも大惨事にもならないことだろう。
なにしろユイナちゃんは天下の聖女様。
光の大精霊の加護がある。
たとえ墜落死したって、ケロリと蘇生されてしまうのだ。
そもそも墜落した程度では死なない。
並の人間とは違うのだ。
私が助けに行く必要すらないだろう。
うん。
ない。
ないに決まっている!
そう。
私は巻き込まれない。
私はまっすぐな子。
巻かれないのだ。
今日は、どこまでもまっすぐに生きよう。
そう固く決意するのだ。
すなわち、私はすべてを気にしないことにした。
そもそも大精霊の幼児たちは精霊界に帰った。
これ以上に騒動が起こる心配はないのだ。
新しいお客さんがお店に入ってきた。
私は笑顔で接客に出向いた。
「いらっしゃいませ! 冒険者食堂にようこそ!」




