1356 閑話・カメの子は話を聞いて……。
「……私は今、驚愕している」
それが、ヒト族の生徒に打ちのめされて一人で泣いていた獣人生徒の女の子から話を聞いた私の――。
嘘偽らざる正直な感想だった。
私はナオ。
女の子と同じ10代前半の獣人族。
普段は新獣王国に住んでいる。
今はクウと帝国皇帝の好意に甘えて、バスティール帝国帝都中央学院の学院祭を楽しませてもらっている。
「きょう……がく……? そりゃ、学院には男の子も女の子もいるけど」
私の言葉を「共学」と受け取ったのか。
私に事情を語りつつ泣き止んでいた女の子が、しゃがみこんだまま、キョトンとした顔を私に向けてくる。
私は女の子の正面にしゃがんで、その顔を見つめ返した。
そうして、一度、うなずいた。
「うむ」
と。
「うむって。なにそれー。アナタ、どこの偉い人よー」
すると女の子がケタケタと笑った。
まだ傷だらけのままだけど、なかなかに精神はタフな子のようだ。
ちなみに私は偉い人だ。
なにしろ新獣王国最強の戦士長として大陸東部に君臨している。
ただ今は変装してカメの子。
なので、偉そうにはしても、偉い人ではないけれど。
「とりあえず回復」
私は光魔法で女の子を癒やしてあげた。
「え。あ」
あっという間に回復する自分の体に女の子が驚愕する。
「驚いた?」
「う、うん。これって、あの……」
「まさにそれが驚愕。男女の共学ではない」
「なるほど……。わかったよ……」
「じゃ」
わかってくれたところで、私は身を起こして、女の子に背を向けてその場から立ち去ろうとした。
するとうしろから、がしっと服を掴まれた。
どうしたのか。
振り向くと、言われた。
「ねえ、アナタ。もしかしてすごいよね!? 今のって、すごい魔術だし、そんな力があるならすごいの確実だよね!? お願い、助けて!」
「助けてって……?」
「名案を思いついたの! 大会でさ、私にこっそりと今の魔術をかけてよ! そうすれば無限に戦えるよね勝利間違いなし!」
「無理。即座にバレる」
私は女の子を引き剥がした。
「アナタ、力も強いのね」
しがみついていたのに簡単に剥がされて、女の子はキョトンとする。
と思ったら、目を輝かせて、またすごいことを言い出した。
「ねえ、名案を思いついたわ! 私になりすまして、大会に出てほしいの!」
「さよなら」
女の子を振りほどいて、私は立ち去ろうとした。
「待ってぇぇぇ! 同じ獣人族なのに私を見捨てるっていうのー! 私が今、大変なことになっているのは説明したでしょー!」
すると、すがりつかれた。
その姿は本当に、まさに私の幼馴染で。
クウにすがりつくユイそのものだった。
なので無下にもできず、
「聞いた」
聞いたことは聞いたので、私は肯定だけさせていただいた。
「私ね、見栄を張ってしまったの! 地元の一族にね、一年生ながら上級生をも蹴散らして最強の戦士として君臨していますって! そうしたらね! なんと! 明日の武闘会に一族が見学に来るって! このままでは大変なことになってしまうのー! お願い、私に変装して戦ってー!」
女の子は、再び事情を語った。
私は心の中で吐息した。
正直、ヒト族に暴行されている姿を見た時には、もっと深刻で、絶対に譲れない事情があると思ったのだ。
だから声をかけたのに、結果としてはこれだった。
だいたい代理といっても、確かに背格好は近いけど、そもそも私は銀毛の狼族でこの子は白毛の犬族。
似ているといえば似ているけど、やはり別だ。
なので、
「無理」
と、キチンと伝えた。
実のところを言えば、私なら光魔法で姿を変えることくらいは簡単だ。
そして私にも、見栄を張って苦しんだ過去がある。
なので気持ちがまったくわからないわけではないけれど、今回嘘をついたところで結局後日にはバレる。
いつまでも騙し通すのなんて不可能だ。
それは誰よりも一番に、この私が理解している。
「傷は癒えたのだから、自分で戦うべし」
「無理だと確信したのー!」
「ならあきらめて、素直に嘘をつきましたと謝るべき」
「そんなー!」
悲鳴を上げる女の子を残して、私は一人、その場から立ち去らせていただいた。
いただこうとした――。
けど……。
「やるしかないのか……。うう。やるしか、やるしかぁぁぁぁ! かもしかー!」
うしろから女の子が悲痛な声が響いた。
私はそれを聞いた。
女の子は、こともあろうに。
やるしか。
かもしか。
なんて。
なんという語呂の良さだろうか。
その素晴らしいセンスに、私はつい足を止めてしまった。
私はあらためて白耳の女の子に向き合うと、彼女の額に手を当てた。
「たとえ一時的なものでも、たとえ偽物でも、それでも力がほしい?」
「ほしいよ! 力ならなんでもほしい! 力は力だよね!」
「なら、あげる。ピンチの時、自分を信じて、心から叫んでみて。そうすればキミには力が溢れる」
「ふぇ。なにそれ、って。あ」
私は無属性の力をいくらか女の子に注いだ。
それは何回か分のトリガー式の強化魔法だ。
無属性なので、私がやったこともバレないだろう。
これが良いことなのか悪いことなのかは、正直、わからないけど。
ためになるどころか……。
ためにならない結果を生むかもしれないけど……。
結局、放ってはおけなかった。
「えっと、あの。なにかしてくれたの? ありがと」
「感謝はかもしかにどうぞ」
「かもしか?」
「そう。かもしか。これは、かもしかの加護。私はただの代理。ただし、ずっと続く力ではないからそれは忘れないで。一時的な偽物の力」
私は今度こそ女の子から離れた。
女の子はポカンとしたまま、追ってこなかった。
学院祭は賑わしい。
中庭に戻ると、たくさんの屋台にたくさんの人が集まってステージでも有志によるダンスが披露されて盛り上がっていた。
私にはなかった異世界の青春だ。
希望に満ちたようなその世界を、私はなんとなく見て歩いた。
そうこうする内、武闘会の予選の時間が近づいて、その見学のために生徒や観客が野外闘技場へと移動をし始めた。
「……さっきの女の子、結局、出るのかな」
出るような様子だったけど。
果たして、どうなるのか。
魔力感知でわかるけど、闘技場にはユイがいる。
ユイがいる以上、どれだけ打ちのめされても大惨事にはならないだろう。
その意味では安心だけど。
さらに闘技場にはユイと一緒に光と風と水の大精霊の気配もある。
私と違って、はぐれることはなかったらしい。
そう言えば私は、はぐれて一人になったのだ。
「そろそろ合流しようか」
私も闘技場へ行ってみることにした。
幸いにもマリエの姿は、すぐに見つけることができた。
「マリエ、ただいま」
私はうしろから声をかけて、マリエの横に並んだ。
そして同時に――。
集まった予選参加者たちを容赦なくなぎ倒す、盛大にして滅茶苦茶な竜巻と洪水と光の競演を目撃した。
闘技場の真ん中で大精霊たちが喧嘩を始めたようだ。
その超自然的な美しさは、まさに幻想の芸術だった。
「ぱちぱちぱち」
思わず私は拍手した。
「あのー。ナオさん、戻ってきたのなら止めてもらえませんか?」
マリエには思いっきり白い目を向けられたけど。
あっという間に上空へと舞台を移した大精霊たちに私ができることはない。
残念だけど。
ちなみにメガネで変装したユイことユイナちゃんは、竜巻に巻き込まれて空中高くに舞い上がっていた。
喧嘩を止めようとしてか、衝突のど真ん中にいたようだ。
心配はしない。
ユイなら自力でどうとでもできる。
なにしろユイは、この世界で私と互角に戦える唯一の「ニンゲン」だ。
白犬の女の子は無事だった。
彼女は闘技場にいて、参加者の一人だったけど、たった一人だけ、洪水と竜巻に耐えてその場に立っていた。
私の強化魔法を、咄嗟に発動させたのだ。
かもしかの加護あれ。
信じた彼女の勝利だ。
「え。な、なにこれ……。みんな倒れちゃって……。もしかして私、真の力に本当に目覚めちゃったってこと? ううううう。かもしかぁぁぁぁぁぁ! 力が溢れて、どうしようもないぞおおおぉぉ!」
漲る力に身を任せ、耳と尻尾をピンと立てて女の子は大いに吠えた。
心から喜んでいる様子だ。
一時的なものであることを忘れていなければいいけど。
ちなみに大精霊の衝突に巻き込まれた予選参加者たちは、この後すぐに私の範囲回復魔法で癒やした。




