1355 閑話・カメの子は迷子になって……。
不覚。
気づいた時には、1人になってしまっていた。
私はナオ。
今は、カメの子。
カメの帽子をかぶって、カメのリュックを背負って、今日はユイたちと一緒に帝都の学院祭に遊びに来ていた。
クウが通う学校のお祭りは、思ったよりも遥かに規模が大きかった。
すごい人波の中で……。
私は、あっという間にユイとはぐれてしまった。
どうしよう。
とはいえ、探そうと思えばユイとは合流できる。
なにしろ相手は光の化身だ。
魔力反応だけで、どこにいるのかはわかる。
でも。
まあ、いいか。
せっかくの学院祭だし、1人で歩くのもいいかも知れない。
ユイはユイで楽しみたいだろうし。
それに学院祭の雰囲気は、とても平和だった。
邪悪な気配もない。
「よし。やろう」
私は拳を握って、1人で楽しむことを決めた。
ヒト族の世界を歩くのは、私にとって本当に新鮮なことだった。
なぜならヒト族とは、ずっと戦ってきた。
都市を破壊して、砦を破壊して、戦いに勝ち抜いて、故郷を復活させるまでは。
今では戦いも終結して、一応の平和にはなったけれど――。
油断だけはしていない。
新獣王国では、常に戦いの準備を怠ることなく、修練を重ねている。
なぜなら油断すれば、慢心すれば、それがかつての滅亡につながるのだと獣王国の戦士は理解しているからだ。
帝都には、そんな皆には黙って来ている。
これは内緒のことだ。
私には前世の記憶がある。
だからどうしても、時折、ヒト族の世界が懐かしくなる。
ここは異世界で、私の知っている世界ではないけど。
でも、同じ種族としての生活感は、たしかにこの帝都にはあるのだ。
特に学院祭なんて。
歩いているだけで、遠い過去のことを思い出して、私の心は浮かれてくるのだった。
学院には、たくさんの「楽しい」が広がっていた。
だけど、やっぱり、現実はある。
世界は厳しい。
七難八苦に満ちている。
それは人波から外れた、野外の練習場での出来事だった。
「きゃあ! わふん!」
「おい! 打たれたくらいで情けねぇ声を出してんじぇねぇぞ! だからおまえは恥の塊なんだよ! いい加減に理解しろやこの身勝手野郎がよ!」
白い耳と白い尻尾を伸ばした犬族の獣人女子生徒が――。
大柄なヒト族の男に剣で打たれて、倒されて、罵声を浴びていた。
まわりには、その様子を見ている生徒たちもいたけど、倒された彼女に向ける彼らの視線は冷ややかなものだった。
同情している様子はない。
そこには女子もいたけど、彼女の味方はいないようだ。
「これで完全におまえの負けだ。もう立てねぇだろ?」
ヒト族の男が剣の先で女子生徒の首筋に触れた。
私は黙ってその様子を見つめた。
助けには行かない。
なぜなら女子生徒は単に虐められているわけではなさそうだったから。
「よくわかったか? テメェには武闘会に出るだけの実力なんてねぇんだよ。この俺ですらまだまだなのによ。いいか? 武闘会には格ってもんがあるんだよ。実力もねぇのに誰もが参加してたら、その格が落ちるんだよ。だから辞退しろや。な? 出るならせめて俺を倒してからにしろや」
なるほど、そういうことのようだ。
クウからも以前に聞いた。
武闘会は、名目だけは誰でも参加可能だけど、実際にはそうではない、と。
分不相応な参加者は、外圧で辞めさせられていくのだ。
周囲から認められていないのにそれでも舞台に立ちたければ、その外圧を跳ね除けていくしかないのだ。
「ヤ……ダ……」
「なんだと、テメェ!」
ヒト族の男が怒りのまま、倒れて立ち上がれない女子生徒を蹴った。
正直、ヒト族の男の心情は理解できる。
なぜなら私も、分不相応な者を打ちのめす方の立場だからだ。
自意識過剰な戦士たちを、殴って殴って、蹴って蹴って――。
蹂躙して、屈服させて――。
私は新獣王国の戦士団をまとめたのだ。
もちろん、すべてにおいてそうしたわけではない。
会話こそを第一にしてきたつもりではいる。
暴言だって、できるだけ吐かないように頑張った。
だけど事実として、やってきたことは目の前のヒト族の男と変わらない。
「もういいだろ。これだけ一方的に負ければ、さすがに理解したさ」
まわりの1人が言った。
他の者たちも同意する。
「わかったな? テメェは辞退だ。それでも参加して騎士科1年の恥を晒したら、その時こそ本気で容赦しねぇからな」
最後にそう言い残して、ヒト族の男はその場を後にした。
他の生徒たちもそれに続いて――。
残るのは、倒れたまま動けない、白耳の女子生徒1人だけとなった。
1人だけになると彼女は――。
「う……。ううう……。わかってるよお……。自分が弱いことくらい……。誰よりも一番この私がわかってるんだよお……。だけど、やるしかない……。私はやるしか、やるしかないんだよお……」
一体、どんな事情があるのか。
女子生徒は、立ち上がることもできないまま、その場で泣き始めた。
私は1人、渡り廊下から黙ってそれを見ていたけど……。
結局、自分から近づいていった。
※シリアス展開はありません。次回で落ちます><ノ




