1350 ハラデル男爵との再会
はぁ、めんどくさ。
もちろん私には、ラーメン王とドン・ブーリの対決を見届けるつもりなんてない。
なので、いつものように緑魔法「昏睡」で眠らせて――。
また中央広場のベンチにでも置いてこよう。
そう思った時だった。
「若造どもが、このワシを差し置いて、何を吠えよるか! そもそも料理対決とは、吟味された数多の材料の下で至高と究極を目指して行うものだろうが! 何の準備もされていない一般の店で何を対決するというのか! 愚か者が!」
老いて益々盛ん。
まさにその言葉がピッタリと当てはまる身なりの良い老人が――。
静かに座っていた席から、勢いよく立ち上がった!
まだ他のお客さんいたんだ!?
私はまったく気づいていなかった!
だけど、うん。
それはいい。
実際にいたのだから、他に言い様はないのだし。
それよりも、だ。
私はその燃え盛る炎のようなご老人に、思いっきり見覚えがあった。
「お久しぶりですね、ハラデル男爵」
「うむ。久しぶりだの、クウちゃん――と呼べばよいのだったかな?」
「はい。クウちゃんでお願います」
伝説の食の賢人ク・ウチャンは禁止ワードです。
覚えていてくれてよかった。
ご老人は、タベルーノ・フォン・ハラデル。
食の都ハラヘールの領主にして料理の賢人、まさにその人だった。
「それで、男爵、どうしてこんな場末の冴えない平凡というか努力も進歩もない虚無のお店にいるんですか?」
私が率直にたずねると、
「あの、えっと、クウちゃん? これでも実は頑張っててね? どういう風に頑張っているかというとね、」
横からおずおずシャルさんがなにか語ろうとしたけど、残念ながらそれは男爵の金切り声にかき消された。
「決まっておる! ラーメンだ! そのためにワシは、わざわざこの老体を引きずって帝都へと急ぎ来たのだ! さあ、シャルロッテ! このワシに早くラーメンを出すのだ! ラーメンとは何なのかをこのワシに示すがよい!」
それならば、まずは食べるか。
と、喧嘩をしかけていたラーメン王とドン・ブーリも席に着いた。
「ラーメン!」「ラーメン!」「ラーメン!」
「ラーメン!」「ラーメン!」「ラーメン!」
「ラーメン!」「ラーメン!」「ラーメン!」
3人が大きな声で合唱をはじめる。
というか注文か。
「あの、えっと、ここはバーガー屋……」
3人の迫力に圧されつつも、シャルさんは健気に抵抗を試みたけど……。
その声は完全にかき消されて、私以外には届かなかった。
シャルさん、無念。
私は静かに合掌してあげた。
合唱だけにね。
「……ねえ、クウちゃん。どうしよ」
あきらめたシャルさんが私に途方に暮れた顔を向けてくる。
「まあ、いいか」
さすがにハラデル男爵を「昏睡」させて捨てるわけにはいかない。
手伝ってあげるか。
私はシャルさんを連れて厨房に入った。
今回は私の調理スキルを使って、魔法で生成しよう。
というか、どうせラーメンなら、ドン・ブーリたちに作ってもらったほうが私的には面白かったね確実に。
流れで私が作ることになったけど。
まあ、うん。
彼らのラーメンは、いずれ遠からず食べられるだろうし、今回についてはお手本を見せてあげるとしますかねっ!
さて、では。
どんなラーメンを作るか。
魔法で作るのであれば、なんでも作れる。
どうせなら、すごいものを食べさせてあげたいところだけど……。
「あ、そうだ」
せっかくハラデル男爵がいるのだ。
彼に合った、燃える炎の激辛ラーメンにしよう。
私は辛いのは苦手だけど――。
たしかハラデル男爵は、辛いのが大好きだったはずだし。
というわけで。
真っ赤なスープの「ボルケイノ・スペシャル」ラーメンを生成して、3人に出してあげた。
「どうぞ、ごゆっくり」
ぺこり。
「こ、これは……。なんという、赤……。しかもこの目に刺さるような刺激……。これが、これがラーメンだと言うのか……」
ドン・ブーリが戦慄する。
「激辛系か。なるほど、帝都で流行っているという姫様ドッグからの派生か。帝国人も創意工夫を考えてはいるようだな」
ラーメン王を名乗る聖国料理人タニス・ロド氏は冷静に語った。
「ほお。このワシに激辛とは。これはクウちゃんからの挑戦状だと受け取るべきかの」
ハラデル男爵が私に視線を向ける。
私は意味ありげにニヤリと微笑んでみせた!
「面白い! その挑戦、このタベルーノ・フォン・ハラデル、堂々と受けてやろう!」
最初に「ボルケイノ・スペシャル」を口に運んだのはハラデル男爵だった。
ゆっくりと、レンゲにすくったスープを一口。
途端、男爵はむせかけたけど――。
おお!
なんと耐えきって、微笑みながらも呑み込んだ!
さすがだ!
「ふむ。これは、辛いだけではなく、なんという豊かな魚介系の風味か。深い。まるでどこまでも沈んでいくかのような感覚すら覚える――。さすがだ。激しさと深さの同居――。これぞまさに至高だと私は言わざるを得ない」
さすがはハラデル男爵、わかってくれるね。
なにしろ調理スキルで魔法的に作ったラーメンだしね。
私の調理スキルはカンスト。
すなわち、完璧なのです。
激辛なので、水はたっぷりと用意してあげた。
3人は、ひーひーふーふー言いながらも、スープまで完食した。
「な、なんというものを食べさせてくれたんだ……。僕は、こんなにも情熱的なものを今までに食べたことがない。これがラーメンだというのか……。この熱量が……。僕は、恥ずかしい……。僕は今まで何をやっていたんだ……。うう、ううううう……」
ドン・ブーリは泣くほど感動してくれた。
「どうやら私は、帝国ラーメン界を侮っていたようだ。帝国ラーメンの真髄、いや、これは一端と言うべきだろうな――。確かに見せてもらった」
タニス・ロド氏も認めてくれたようだ。
よかった。
「ちなみにこれは、ラーメンの中でも異端の品です。
普通はこんなにも辛くありません。
今回は皆さんが情熱的だったので、その情熱に負けないように、あえて、このラーメンを作らせていただきました。
普通のラーメンのことが知りたければオダウェル商会をおたずね下さい。
そちらに冊子がありますので。
基本のラーメンが食べられるお店もオープン予定ですので、後日そちらもどうぞ」
「ああ……。ラーメンとは……。まさに情熱……」
物静かに身を起こしたドン・ブーリが、テーブルに銀貨を置いて――。
ふらふらとお店から出ていった。
「第2回料理の賢人決定戦ラーメン大会――。楽しみにしている。またそこで会おう」
タニス・ロド氏もまた、お金を置いて、店から出ていった。
「ふわっははははは! いいのう! いいのう! 若者たちの熱気は! ワシも俄然、やる気が出てくるというものだ!」
「いえ、ハラデル男爵は出場できませんよ?」
「ふぁ!? なぜだ、クウちゃん!? まさかワシが老人だと侮って――!」
「いえ、だって、もう料理の賢人ですよね? 料理の賢人を決める戦いに、料理の賢人が参加してどうするんですか」
「前回は出れたではありませんか!」
「今回からはダメです。ルールは変わりました」
「そ、それは……。しかし……」
「お席は用意しますから、大会自体はお楽しみ下さい」
「うおおおおおおおお! なんということだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
男爵は審査員の1人となりました。




