135 ツインテールのブリジットさん
朝一番に家を出る。
広場に急行。
目的はもちろん、姫様ドッグの屋台。
まだ営業は始まっていないけど、すでにおじさんが準備をしていた。
さすがは大人気の屋台。
裏に5人もスタッフさんがいる。
「おはよう! おじさん!」
「おう。お嬢さんか。ごめんな。まだ準備中なんだ」
「ううん。買いに来たわけじゃないんだー」
お。
あの子かな……?
リボンでまとめたツインテールに、エプロンドレス。
いかにも売り子さんな子だけど。
指先から水を出して、ツボに入れている。
水の魔術だ。
水魔術師は貴重な存在みたいだし、まず人違いではないだろう。
あ、私に気づいた。
すくっと立ち上がる。
こっちに来た。
無表情に加えて、半分まぶたの閉じた目といい、間違いない。
「ビディ、知り合いなのか?」
おじさんの言うビディっていうのは、ブリジットさんの愛称みたいだ。
「久しぶりっ! ブリジットさん!」
元気に挨拶。
すると、じっと見つめられた。
しばらくすると、ブリジットさんが首をひねる。
あれ。
もしかして、私のこと、覚えてないのかな?
ちょっと不安になる。
「……くう?
……クウちゃんだけに?
……くく。
……それ18やんけ。
……ぷ。くくく……」
「27になってるよ、ブリジットさん! そもそもくくなら81じゃないかな!?」
突っ込むと、閉じかけていたブリジットさんのまぶたが一気に大きく開いて、ハッとした顔をされた。
あ、ショックを受けたのかな。
ブリジットさんがふらつく。
「こらビディっ! 頼むから失礼なことをしないでくれ! その子は普通にしゃべっているとしてもだな、」
「おじさん、私、そういうの気にしないんで」
「そ、そうだったね……」
「それにむしろ、久しぶりで嬉しくって!」
ニマニマしてしまう。
それにしてもブリジットさん、こうやってローブのない普通の姿を見ると、ものすごく印象が変わる。
手に杖を持って、フードをかぶってうつむいて歩く姿は、いかにも魔術師っぽくて、いかにも怪しげだったけど。
フードを脱げば、それなりに美少女だ。
ツインテールが似合っている。
それなりにっていうのは失礼な言い方かもしれないけど……。
だって今、驚愕の表情のままで振り子みたいに揺れているし。
明らかに、うん、怪しい。
というか。
直立したままバランスを崩すことなく左右に揺れ続けているのって、何気にすごい体幹ではなかろうか。
さすがはAランクの冒険者だ。
あと、思っていたより若い。
ロックさんと同じで20代前半だと思っていたけど、子供っぽい髪型のせいか高校生くらいに見える。
あ、倒れた。
前のめりに、バタンと。
受け身も取らずに、正面から無防備に。
…………。
普通なら痛いよね。
絶対。
動かないけど、平気なんだろうか。
仰向けになった。
怪我ひとつしていない様子だ。
手のひらを空に掲げる。
そして、つぶやく。
「……姫様ドッグ。
……売ります」
ふむ。
ブリジットさんはやっぱり売り子のようだ。
私はこっそりとおじさんにたずねる。
「……ねえ、おじさん。……ブリジットさんが売り子で大丈夫なの?」
「……帰れと言っても帰ってくれないんだよ」
ブリジットさんがつぶやく。
「……売り子の鉄則1、不埒者は半殺しでオーケー。
……売り子の鉄則2、馬鹿者は半殺しでオーケー。
……売り子の鉄則3、客なら3秒ルール。少しだけ我慢。
……くくく。729」
「……なんか、物騒なこと言ってるけど?」
「……あいつ、あれで強いんだよ……本当にやりそうで泣ける」
ブリジットさんは、ブレンダさんやメイヴィスさん以上に、魔力が肉体を補強していそうだしねぇ。
あ。
ブリジットさんが身を起こした。
私のことを手招きする。
招かれるまま、私はとことこ近寄った。
するとブリジットさんが、びっくりするような明るい笑顔を浮かべて、
「いらっしゃいませー♪ 激辛ドッグですね♪ おいくつにしますか? 辛さのレベルはいくつにしますか?」
「えっと……。3個ください。辛さは一番低いので」
「かしこまりましたー♪ オーダー入りまーす♪」
おおお。
できている!
やれるのね!
まるで別人すぎて怖いけど!
ふむ。
これは、アレだ。
放っておくわけにはいかなそうだ。
何故ならば、こんな愛嬌のある美少女に化けられたら、きっとちょっかいをかけてくる客が出てくる。
半殺しモードの予感しかしない。
「しょうがない。おじさん、ここは私が手伝ってあげるよ」
「え。お嬢さんがかい?」
「まかせて! 私、こう見えてちゃんとできるから」
「し、しかしだな……」
「ふっふー。ちょっと待っててね!」
木陰に隠れて、と。
アイテム欄の水色メイド服を――装備欄に移動。
着替え完了。
ゲーム仕様な私でした。
おじさんのところに戻って披露する。
「じゃーん! どう? かわいいでしょー?」
「かわいいことはかわいいが……」
「安心して、給料はいらないよ。ボランティア! タダでやってあげる。といってもお昼までだから少しだけどね」
「あ、いや、な……」
「ブリジットさん、よろしくねっ!」
半目に戻ったブリジットさんが手を出してくれる。
握手を交わした。
ここで、裏で仕事をしていた姫様ロールのおじさんが私に気づいてやってきた。
おじさんがしきりに羨ましがる。
娘に加えて私まで売り子に参加なんて、ずるいっ!
とのことだった。
ごめんね?
私の体はひとつしかないんだ……。
ちなみにブリジットさんは、となりのおじさんが来た瞬間、ちゃんと目を開いて美少女スマイルになった。
さすがはブリジットさん。
見事な変わり身だ。
そしておじさんが帰った瞬間に元の顔に戻るのもさすがだ。
ブリジットさんと人気の屋台でアルバイト。
楽しいことになりそうだ。




