1348 アンジェと夏の相談
「ねえ、アンジェ。せっかくだし、今年の夏は西に行ってみる?」
「私はいいけど……。でも、それだと、きっと怒られるわよ?」
「誰に?」
「キアード様。今年も絶対に来いって言っていたわよね。もうなんか、当たり前の毎年の行事みたいに考えているようだし」
「あー」
彼かぁ。
忘れたわけではないけど、そういえばそうだった。
「でもさ、アンジェ。さすがにそろそろ、私たちも恥ずかしいよね? 男の子の前で着替えたり、水着姿で一緒にたわむれるとか」
キアードくんは、同年代の男子なのに、美少女揃いの私たちを完全に友達扱いしている、未だいろいろと自覚の足りない青年なのだ。
なので当然のように、一緒に遊ぼうとしてくる。
「それはね。あるけど。じゃあ、やめとく?」
「んー。どうしようね」
言ってみたものの、それも悪い気がする。
なにしろキアードくんは、ひねくれてはいるものの、気の良い青年だし。
きっと準備もしているだろうしね。
去年なんて、私たちとバーベキューをするためだけに、特製のカメコンロを用意していた。
「ならさ、最初にキアード様のところに行って、それから西に行くのは? クウの転移魔法なら距離は関係ないわよね?」
「んー。それだとねー」
「どうしたの?」
「ほら、南の島にも行ってみたいなぁと。どうなってるか気にならない?」
「クウも行ってないんだ?」
「だってさ、私なんて、1人で行って拝まれたらどうすればいいのかわからないよ?」
「あはは。それもそうね。でも、懐かしいわね。あの頃はまだ、私もセラも、まともに空を飛べなくて墜落していたわね」
「だねー」
あれから、すでに1年近く。
私はあまり2人の練習には付き合っていないけど、2人は密かに飛行を重ねて、今ではすっかり自由に飛べる。
「あー、でも、それで言うならさ、クウ」
「どうしたの?」
「旅の初日は、できればアーレでお願いしたいかなぁ。ほら、私、ローゼント公爵の顔も立ててあげないといけないし……」
「……なんか、いつの間にか、私たちもしがらみが増えたね」
「そうね。さっきのドン・ブーリさんとかね」
「いや、それはないです」
うん。
絶対。
というわけで、今年の夏の旅は――。
1日目:城郭都市アーレ。
2日目:南岸都市リゼント。
3日目:南の島。
あとは西で。
ということに決まりかけたんだけど――。
「あー、でもさ、クウ」
「今度はどうしたの?」
「セラやスオナと話していたんだけどね、海洋都市にも行ってみたいかも。ほら、あそこって力試しには丁度いいのよね? 何をやってもいい的な?」
「……君たち、お嬢様だよね? ……いつからそんな武闘派になったの?」
「いや、うん。せっかくだし、ね? ほら、クウやフラウさんやゼノさんが一緒なら、私たちも安心して大暴れできるでしょ? ね?」
なにが、ね、なのか。
私は思ったけど、それはそれで面白そうではある。
海洋都市なら確かに、道を歩けば絡まれて、すぐに喧嘩になる。
アンジェたちの腕試しにはもってこいだ。
「じゃあ、行ってみようか」
「ええ! 行きましょう! 腕が鳴るわ!」
2人で盛り上がっていると――。
からんからん。
鈴が鳴ってお客さんが来たので、私たちは営業スマイルに戻った。
「「いらっしゃいませー」」
現れたのは――。
「あら、アンジェリカ。いたのね」
メイヴィスさん。
「よっ! クウちゃん! 久しぶり!」
「こんにちは。お邪魔させていただきますわね」
それにブレンダさんに、アリーシャお姉さまだったけれど。
「何やら盛り上がっていたようですけれど、何の話をしていたのかしら?」
メイヴィスさんが清楚に微笑んで問いかけてくる。
それは、うん――。
一見すれば、まさにご令嬢で、お茶や宝石の話へと続きそうな雰囲気もあったけど――。
「もしかして、また暴れに行くのかしら。ダンジョン? それとも噂の海洋都市かしら?」
はい。
涼やかに続くのは、そんな鋭いお言葉でしたが。
「はい……。そうです……」
嘘もつけず、アンジェがうなずいた。
「海洋都市の?」
「はい……。夏に、みんなで暴れに行こうかと……」
「へえ。そうなのね。羨ましいわ。本当にいいわね。クウちゃんと同級生なんて」
「ホントだよ。なー」
「2人とも、それではまるで、連れて行けと言っているようですわよ」
お姉さまは呆れた声で言うけど、
「それで、その日だけわたくしたちも一緒に行くというのは、いいのかしら? 数は多い方が暴れ甲斐はあるわよね?」
思いっきりストレートに切り込んできたぁぁぁ!
私はもちろん断ろうとしたけど――。
お姉さまたちはすでに慣れたもので、すかさずアンジェの方に話を振って――。
アンジェに断れるはずもなく――。
結局、その日だけ一緒に行くことになりました。
「ふふ。楽しみですわねっ! わたくしもトルイドさんとの正式な婚約が間近ですし、その前に少しでも鍛えておきたいと思っておりましたの!」
「あの、それ、どうせ鍛えるなら料理の腕の方がいいのでは……?」
「何を言っていますの。料理の腕は、いつでも鍛えられます。でも魔術の腕はクウちゃんと一緒でないと難しいではありませんか。わたくしにはイルもいますが、でも、ねえ」
「あ、はい」
言いたいことはわかります。
さすがにイルには、命を預けられない。
頼りなさすぎる。
「あと、クウちゃん。海洋都市は海洋都市で素晴らしいことなのですけれど……。実は今日は別のお願いもあって来ました」
メイヴィスさんがあらたまって言う。
「はい。なんでしょうか?」
「実は私とブレンダは、今度の学院祭で王国の学生と戦うんです」
「はい。知っていますよ、対抗戦ですよね」
「相手は一応、王国の学生ということになっていますが、実際には名高き『ローズ・レイピア』の精鋭たちです」
「はい。そうですね」
それくらいじゃないと、メイヴィスさんたちとは戦えないし。
「相手は格上で、さらに日々の訓練を重ねていることでしょう。対して私たちは、あまり有効な訓練をできておりません」
「……もしかして、またダンジョンですか?」
「はい。そうです。お願いします」
「頼むよ! クウちゃん師匠! 師匠の力を貸してほしいんだぜ!」
うわぁ。
ブレンドさんと共に、深々と頭を下げられた。
まあ、でも、いいか。
「なら今から行きます?」
「はい!」
「おう!」
メイヴィスさんとブレンダさんが、それはもう元気にうなずいた。
いきなりでも、何の躊躇もないようだ。
「実はクウちゃんならそう言ってくれるかも知れないと思って、馬車に一式、戦うための道具は積んできましたの」
お姉さまが言う。
お姉さまも、当然、行く気のようだ。
「アンジェはどうする?」
「私は寮の門限もあるし、店番しておくわ。でも1人じゃさすがに不安だし、ファーさんを呼んできていいかしら?」
「うん。じゃあ、それでお願い」
「――先輩方、ご武運を」
「ええ。ありがとう、アンジェリカ。横入りしてしまってごめんなさいね」
「いえ、そんな。武闘会、ぜひ勝って下さい」
メイヴィスさんに優しく微笑まれて、アンジェはお店の奥に向かった。
で。
私はこの日、たっぷり深夜までダンジョンにこもりました。
ホントにね。
しがらみが増えて、帝都生活は大変なのです。
それが面白くもあるんだけど。




