1343 久しぶりの妖精郷
「……どうしたの、クウ? 妙に笑顔が怖いんだけど」
「安心して、ゼノりん。別にゼノりんに用事があって来たわけじゃないから」
「そ、そうなんだ。じゃあ、ボクはこれで」
「まあ、待ってよ。話はあるからさ」
というわけで。
ウェーバー邸でくつろいでいた黒猫ゼノを捕まえて、私は空の上に飛んだ。
「もー。本当に何さー」
「妖精郷のことなんだけどね、最近、キオとイルが出入りしているの?」
「え。そうなの?」
「私がゼノに聞いているんだけど?」
「と言われてもなぁ……。ボク、最近は妖精郷には行っていなかったし。最近は、ウェーバー邸にたくさんアンデッドを呼び込んだから、さすがに見ていないといけないでしょ? だから遠出はしていなかったんだよ」
「なるほど」
嘘をついている様子はない。
それに確かに、ウィーバー邸にはブラックタワーの吸血鬼たちを呼び込んだばかりだ。
人間としての生活を仕込む時間は必要なのだろう。
「とにかくこれから妖精郷に行ってみよ。アル君たちに話を聞かないと」
「もう今日は夕方だし、明日でよくない?」
「残念ながら明日も私は学校です」
今は5月。
確かに時刻は午後5時を過ぎていて夕方だけど、まだ空は青かった。
太陽が長く残る季節なのだ。
なので、もう少しくらいは活動できるだろう。
「というか、ゼノは夜系だよね? これからが本番じゃない?」
「夜は遊びがあるのー」
「それこそ、明日でいいよね?」
嫌がるゼノを連れて、妖精郷に行った。
妖精郷に入ると、すぐにたくさんの妖精たちが出迎えてくれて、赤い帽子をかぶったホブゴブリンのアル君とも再会できた。
「これは主様、ようこそおいで下さいました。クウ様もお久しぶりですだ」
「うん。久しぶり、アル君」
早速、イルとキオの話を聞いてみた。
するとやっぱり来ていた。
「はい……。そのお2人の精霊様は、妖精郷の花の蜜を大変に気に入って下さいまして……。たまに来ては楽しまれていきますだ……」
その話を聞いて、ゼノはため息をついた。
「あの2人は何をしているのか。妖精郷の花の蜜は妖精たちの大切な栄養分で、必要以上に採れるものではないのに」
「果実じゃダメだったの?」
果実なら、余るほどあると思ったけど。
オダンさんとも取引しているし。
「はい……。お2人は、果実よりも蜜の方をお気に召されまして……」
「ごめんね、アル君。迷惑をかけていたみたいだねえ」
「そんなことはありませんだ。精霊の皆様に来ていただけるのは光栄なことですだ」
いや、うん。
困っていることは丸わかりだね……。
「それでもしかして、蜜を取り合って、2人が喧嘩とかした?」
「あ、いえ……。ここでは……」
「外では?」
「はい。あの……」
「表に出ろなの。いい度胸ね、やってやるわ。ぶち転がしてやる的、な?」
「そのようなことも……。あるにはありましただ……」
アル君が、とても言いにくそうに口ごもる。
その時だった!
「喜ぶのお! 今日もイルが遊びに来てやったのお! さっさと蜜を出すのお!」
「私が先って言ってるでしょ! 貴女は後よ、後!」
ギャーギャー騒ぎながら、噂の2人がやってきた。
私は待ち構えた!
私の顔を見ると、2人は急に止まって――。
「今日は急用を思い出したの!」
「そ、そうね……。また来ようかしら」
と、逃げようとしたけど。
もちろん、逃がすわけはありません。
「ねえ、イル、キオ。この妖精郷はね、ボクのお母さんが大切にしていた場所なんだよ。それをよくも好き勝手してくれたね?」
ゼノさんが静かに怒っていらっしゃる。
「ねえ、イル、キオ。逃げようとしたってことは、自分たちが何をやっているのか、少しは自覚しているってことだよね?」
善良なアル君たちからの搾取なんて、もちろん私も許しません。
「ひ、ひぃぃぃぃ……」
「ちがうのお! ちがうのお! 誤解なのお!」
誤解はないと私は確信しました。
2人は精霊界に連行して、ゼノと力を合わせて深夜までたっぷりオシオキをしました。
疲れました。
だけど私には、それでおわりではない。
普通に考えて、壊した橋の弁償もしなくてはいけないよね……。
お兄さまか陛下に、謝りに行かないと……。
私の気は重いのでした。




