1342 アレの話
ボンバーが語る。
「アレは、アーレへと向かう商隊の護衛仕事の途中でのことでした。その仕事は急ぎで、夜も商隊は動いていたんですが――。
街道の先に、小さな光がいくつも浮かんでいたんです。
しかも、ただ浮かんでいるだけではなくて、くるくると回っていて――。
商隊は動きを止めて、私たちが確認に向かいました。
近づくと――。
不思議なことに、その光は、まるで逃げるように森の中に消えて――。
アレは本当に驚きました」
「どうしたの?」
私がたずねると、次はタタくんがボンバーの言葉を継いで語った。
「森の中から、ゴブリンが現れたんっす。こんばんは、と、ニンゲンの言葉を流暢に話すゴブリンで本当に驚いたっす。
赤いトンガリ帽子までかぶっていて、普通のゴブリンとは明らかに違っていたっす」
それって、もしかしたら、私の知り合いのホブゴブリン、アル君かも……。
いきなりボンバー、攻撃したりしていないよね……。
タタくんが一緒なら大丈夫とは思うけど……。
「そのゴブリンから、夜にっすよ? いきなり、幸運のクッキーはどうですか? なんて言われて、本当に驚いたものっす」
「あー」
妖精郷のみんなは、クッキーが大好物だしねえ。
やっぱり私の知り合いのようだ。
「まさか、店長さんの知り合いっすか?」
「どうだろうね。あはは。私、知り合いは、けっこう多いからなぁ」
私は笑ってごまかした。
なにしろ、エカテリーナさんたちが一緒なのだ。
クラスメイトには、うん……。
あまりね……。
いろいろ知られたくはないのです。
「それで、そのクッキーはどうしたの? 食べたの?」
私は話を進めた。
「もちろん、いただきましたとも。甘くて美味しい最高のクッキーでした」
「よく食べたね」
「ホントっすよ。いきなりボンバーが食べるものだから、僕なんて、あやうく悲鳴を上げるところだったっす」
「彼は、悪い存在には見えなかったので。まさに妖精の類だったのだと思います。それならご厚意には甘えるべきでしょう」
ボンバーは、さすが、成功しただけのことはあるのかも知れない。
見た目に囚われず、相手の本質を見抜くとは。
私はほんの少しだけ、ボンバーのことを見直した。
「結局、僕らもいただいたっすが、あれは本当に美味しいクッキーでした」
「あはは。そかー」
ホブゴブリンのアル君が持っていたクッキーなら、オダウェル商会との取引で手に入れた最高級のものに違いない。
それは美味しいだろう。
「そして本当に、それは幸運のクッキーだったのです」
ボンバーがしみじみと言った。
「というと?」
「はい。我々の行く先の川が、いきなり、何の前触れもなく氾濫していまして。同時に凄まじい竜巻まであったとかで、橋が崩れ落ち、周囲の木々もなぎ倒されて――。もしもクッキーをいたたかずにそのまま進んでいたら、我々はそれに巻き込まれて、手酷いダメージ、あるいは巻き込まれて死者が出ていたかも知れません」
「本当っす。あのゴブリンは、きっと精霊様が遣わしてくれた使者だったんっす」
「私たちの日々の祈りが、報われたのですね、きっと……」
「そうっすね。祈りは欠かしてはならないと、つくづくと思ったっす」
ボンバーとタタくんの言葉に冗談を言っている様子はない。
2人は真摯に語ってくれた。
私は心の中で怒った。
イルとキオめ……!
私に隠れて、勝手に遊んで、勝手に喧嘩をしていたな!
竜巻と氾濫なんて、他には考えられない!
しかも橋を落とすなんて!
さらには妖精郷に行っていたのか!?
みんなに迷惑をかけて!
アル君たちは、人間に迷惑をかけないために、道に出ていてくれたのだろう。
話を聞いて――。
「幸運のクッキー! 素敵ですね! やっぱりタタさんはすごいですねっ! 私、本当の本当に感動しちゃいました!」
まずはアヤが、大いにタタくんに感動して見せた。
続いてレオたちも良い話だと感心する。
冒険者食堂で冒険者の食事を売りつつ、エピソードを添えて幸運のクッキーを配れば、素晴らしいアピールになりそうだ、と。
こうして私たちは、有意義な時間をおえた。
ボンバーたちにお礼を言って、私たちは事務所を後にした。
私は歩いて帰らせていただくことにした。
ボンバーズの事務所からなら、中央広場を経て、私の家があるエメラルドストリートは隣接しているしね。
馬車で帰るエカテリーナさんたちを見送って――。
さあ。
まずはゼノのところに行って、妖精郷が誰にどう侵食されたのか、話を聞くとしよう。
その後でオシオキだね。




