1339 精霊のこと
ある日、いつものように学院に行こうとすると、ふわりと久しぶりに風の大精霊のキオが現れてこう言われた。
「ねえ、クウさま。私、いつまで空にいればいいの? そろそろ飽きたわ」
ふむ。
確かに以前、かなり前に、キオには空にいろと言った。
思い出した。
それから数週間――。
キオの姿を見ることはまったくなかったけど……。
まさか、ずっと空にいたのだろうか。
そんな気がする。
「こほん」
私は動揺をごまかすため、まずは咳をひとつした。
そしてたずねた。
「精霊界の仕事は、ちゃんとしているのかな?」
「当たり前よ。クウさまと一緒にされたら困るわ」
「そかー」
キオは泣かなければ、それなりにちゃんとしている子だったか。
まあ、うん。
すぐに泣くんだけど。
「じゃあ、今日は、メティちゃんを呼び出してあげるから、メティちゃんと遊ぶ?」
「イヤよ。どうして悪魔と遊ばなくちゃいけないのよ」
それはそうか。
「ならイルのところに行ったら?」
「ダメよ。あいつ、私が縄張りに入ると問答無用で攻撃してくるのよ? 喧嘩なんてしたらニンゲンのヒトに迷惑よね?」
イルのヤツは、今度、叱っておこう。
「ねえ、クウさま。そういえばクウさまは、精霊界には行かないの?」
「ん? なんで?」
「だって挨拶会の後から、行ってないわよね?」
「まあね」
行ってもすることがないし。
精霊界のことは、みんなに丸投げしたしね。
「ヒメサマヒメサマーって、小さな子たちが寂しがっているわよ」
「そかー」
「いっそみんなもこっちに連れてきてあげたら?」
「それはまだ早いかなぁ」
責任も取れないし。
「他の大陸だと、サラマンディアが打倒クウさまを目指して、小さな子たちを連れて大暴れしているけど……。それなら放っておいていいの?」
「あー。空が綺麗だねー」
朝日がまぶしっ!
「いいなら私もやるけど……」
「は? 消し潰すぞ?」
「ひいいいいいいい! どうして私はダメなのよー! ふえーん!」
「あーもう」
泣いちゃったし。
仕方なくよしよししてあげる。
「そんなの人間のいる場所じゃダメに決まってるでしょー」
「荒野ならいいの?」
「荒野なら、まあ、いいんじゃない?」
「なら私もやるわ! 私も強くなって、クウさまをぶっ潰してやるんだから! いつかきっと足元に置いて高笑いしてやるわ!」
なぜ私なのか。
せめてイルにしてほしいところだ。
ただ、うん。
それで面倒なキオを放り出すことができたので、まあ、よしとしよう。
キオは元気に飛んでいった。
「さあ、私は学校に行かないとねー」
だいぶ時間を食ってしまったので、急ごう。
と、思ったら……。
地面がズゴゴゴゴと揺れて、ズボンにタンクトップ姿の筋肉の塊な大男――。
土の大精霊のバルディノールさんが現れた。
「どうしたの、バルディノールさん?」
「これはクウちゃんさま。お出迎えありがとうございます」
「いや、うん。そうだね……」
偶然だけど。
「それで、どうしたの、いきなり」
「ああ、そうそう。これでしたな」
そういうとバルディノールさんは、マッスルポーズを決めてこう叫んだ。
「クウちゃんだけに、くう!」
なんの恥ずかしげもなく。
キラリと朝日に歯を輝かせて。
「おらあ!」
「ありがとうございますー! クウちゃんさまの愛、受け止めましたぞー!」
バルディノールさんは、朝の空に飛んでいって消えた。
つい蹴ってしまった。
まったく。
本当に。
バルディノールさんにはエミリーちゃんの指導を任せたいのに、なぜ、ボンバーごときに影響されてしまっているのか。
いや、うん。
というか、何の用件で来たのか……。
謎だ。
蹴られれば蹴られるほど強くなる。
なんてことをボンバーと共に信じていたし、まさか蹴られるために来たのだろうか。
「まあ、いいか」
学校に行こう。
と、思うと、今度は空気が熱く揺らめいて――。
赤毛のオールバック。
スーツ姿。
メガネの似合う、知的な顔立ち。
なんと私の最も苦手とする、火の大精霊イフリエートさんが現れた。
「あ、あのお……」
私はドキドキしつつ、用件をたずねようとした。
「朝から申し訳ありません、陛下。こちらにバルディノールは参りませんでしでしょうか?」
「あ、えっと……。来たけど、すぐに帰りましたよ?」
正確には強制的に帰しました。
「ほほお。すぐに、ですか? 彼は今日、この人間の集積地で、弟子と認めた娘にいよいよ大魔法の伝授をすると言っていたので、注意に来たのですが」
メガネをキラリとさせて、イフリエートさんが私に疑いの目を向ける。
「あ、うん。そうなんだぁ」
ありがたい話だったのね。
蹴ったのは失敗だったか。
「そうなんだ、ではありません。ヤツは加減を知らないのです。こんな場所で大魔法を使われれば都市が半壊しますよ」
「いや、うん。さすがにそれはないと思うけど……」
バルディノールさんは、エプロンをつけてうちの工房を手伝ったりして、すっかり帝都に馴染んでいたしね……。
キオやイルよりも、よっぽど。
「陛下、今、お時間をいただくことはできませんか?」
「えっと……。どうして、ですか?」
「実は私が物質界に来たのは、陛下にもご用件があってのことなのです」
「な、なんでしょうか……?」
難しいことに決まっているので、私は恐怖しつつたずねた。
「物質界における我々の活動について、未だに陛下からは詳しい話をお伺いしておりません。それ故に皆、ふわりとした感覚で、好き勝手に行動を始めています。それは間違いなく、自然災害の無意味な増加に繋がります」
嵐とか、大雪とかね……。
すでに帝都では見舞われているからわかる。
「一刻も早く、規則をお定め下さい。せっかくの機会です。今、お願いします」
「ごめん無理! これから学校!」
「そうですか。では、その後でお願いします」
無理ぃぃ! そういう難しいことを私に聞かれても困りますぅぅぅぅ! 頭のいいヒトたちで好きに決めてぇぇぇぇぇ!
と私は叫びたかったけど……。
メガネごしの知的な眼差しで、じーっと静かに見据えられて……。
はい。
私の頭はぐるぐるしてしまいました。
結局、この日は――。
放課後に精霊界に行くことになりましたのです。




