1337 味噌ラーメンの試食
ドン・ブーリ氏は、しばらくドアを叩いてうるさかったけど……。
「姉上、また面倒なのに絡まれていますねえ」
「人気者も大変っす」
ボンバーとタタくんたちが帰ってきて、睨まれて、逃げていったようだ。
ボンバーたちは脇にある関係者用のドアから入ってきた。
「おかえり、みんな。どうだった?」
シャルさんが、ドン・ブーリのことは気にせず、笑顔でボンバーたちにたずねた。
「ええ。問題はありませんでした。あとはザニデアの大迷宮さえクリアすれば、我々は晴れてAランクパーティーの仲間入りです」
「おお、そうなんだー」
ボンバーの言葉に私も驚いた。
Aランクと言えば、帝国でもそれほどいない超一流の証だ。
というか、ほぼトップだ。
ボンバーたちなんて、まだ冒険者になって何年も経っていないのに、もうそこまで辿り着こうとしているのか。
「店長さん、そういうわけなので、また近い内に消耗品の大量受注をお願いしたいんっすが」
「もちろんいいよ! 任せて!」
「ありがとうございます。店長さんのお力があれば、大迷宮も攻略確実っす」
「ところで姉上、妙にいい匂いがしますが、今日は何を作っているのですか?」
「ふふー。これはね、ラーメンっていう聖国の料理なんだよー!」
「ほお。それはまた珍しいものを」
「ボンバーはラーメンを知っているの? 食べたことはあるの?」
私はボンバーに聞いてみた。
「はい。一度だけですが、聖国に行った時に、夜の通りに出ていた屋台で。その時のラーメンはこれとは違う匂いでしが」
「教えてくれたまえ! 聖国のラーメンの味を詳しく!」
興味を持ったバンザさんがずいと前に出てくる。
「貴方はまさか、帝国の料理長殿ですか? どうして、ここに?」
「私のことはいい! ラーメンだ!」
ボンバーは言われるまま語った。
ボンバーたちが食べたのは、酔っ払った体にぴったりと馴染むような、さっぱりとした優しい風味のラーメンだったという。
多分、塩味だね。
スープは透明だったというし。
「……なるほど。味噌ラーメンのスープはこってりと濃い味付けだが、その逆の味付けもラーメンにはあるのか。深い」
バンザさんは大いに考え込んだ。
真剣な表情だった。
私は、バンザさんが考え込む間にユーザーインターフェースを広げて、調理スキルの生成リストを確認した。
すると、メンマとチャーシューを見つけた。
必要な素材は白文字。
「ボンバーたちもよかったら食べてみる? 少しずつの味見程度になるけど」
「もちろんいただきます!」
「店長さんの手料理を食べられるなんて光栄っす」
「じゃあ、座って待っててー」
私はキッチンに入った。
シャルさんとバンザさんは付いてくる。
私はまず、メンマとチャーシューを生成した。
最初はネギだけでいいかなーと思ったけど、なんだか試食の人数も増えたので、ここは手抜きせずにちゃんと作ることにした。
あとは、味噌ラーメンなら、コーンとバターもかな。
こちらもアイテム欄にあったので準備した。
「では、麺を茹でます」
作り方も見たいだろうし、ラーメン自体は普通に調理する。
と言っても、あとは茹でるだけだけど。
ぐつぐつ……。
よし、いいね!
とりあえず、ザルに取ってっと。
あとは汁用のお皿を並べて、麺を入れて、スープを入れて、具材を乗せて。
「はい! 完成!」
小ラーメン、できましたー!
シャルさんが手際よくボンバーたちのところに運んでくれる。
行き渡ったところで、私たちもテーブル席に移った。
みんなでいただく。
フォークを使って、
ずるずる……。
もぐもぐ……。
うむ。
無難ながら、ちゃんとできている。
味噌ラーメンだ。
「……どうかな、みんな? これがラーメンだけど」
評判が悪いようなら、学院祭の出店も考え直すべきだよね。
私はドキドキして反応を待った。
結果は上々だった。
ボンバーもタタくんも他のメンバーたちも、みんな、美味しいと言ってくれた。
「シャルさんとバンザさんはどうですか?」
2人はゆっくりと、じっくりと、味わっている。
まさにプロだ。
意外なことにシャルさんも。
「うん。よかった。ラーメンって、バーガーと同じで、具材とスープを工夫すれば、無限の可能性が生まれそうだね」
シャルさんがまともなことを言った……!
私が感動する中、バンザさんも口を開く。
「――それは麺もだな。麺もまた、無限の可能性に満ちている。具材、スープ、麺。これは三位一体の小宇宙だ」
「はん! そんなこと言われなくてもわかってます! 私――。今度こそ貴方に勝ちますから!」
「フ。やれるものならやってみろ。料理の真髄を、再び味わわせてやろう」
「上から目線で――!」
なにやら急に、スポーツ漫画みたいな雰囲気になった。
シャルさんがバンザさんに対抗意識をむき出す。
バンザさんは、それを冷たく受け流しつつ、席から身を起こした。
「クウちゃんさん、今日はありがとうございました」
「いえー。どういたしましてー」
バンザさんは、颯爽と立ち去る。
と思ったけど、ドアの鍵はしまっていた。
ガチャガチャ。
ガチャ。
「あ、ごめんなさい! 今、開けますね!」
慌ててシャルさんが鍵を開けた。
そして、今度こそ、バンザさんは颯爽とお店から出ていった。
幸いにもドン・ブーリ氏はもう近くにはいないようで、ドアが開いても、その隙間から入ってくるようなことはなかった。
「……私は、あの人に勝ちたい」
バンザさんが消えた後、シャルさんは繰り返した。
私はこの時、感じずにはいられなかった。
それは――。
ラーメンという風が――。
確かにこの帝都に吹き始めようとする、その熱き微風の肌触りだった。
いや、うん。
はい。
ただ学院祭で、ラーメンを出そうってだけの話なんですけどね。
嵐でも風でも戦いでもないのです。
バンザさんには、完全に相談しそこねました。




