1336 シャルさんと味噌ラーメン
「うん。そう。ラーメンっていう料理でね。小麦粉の麺をスープに入れて、肉とか野菜の具材を載せて食べるの」
学院の放課後、私はシャルさんのお店『バーガー12番』に来ていた。
気のせいか以前に来た時よりお店の番号が増えているけど……。
前は2番で、それから6番だった気がするけど……。
もうね、シャルさんのやることにいちいち突っ込んでいたら身が持たないので、そういうものだと私は思うことにした。
で。
シャルさんに持ちかけたのは、ラーメンを作ってみない?という話だ。
クラスの出店に本当にするのなら、私は作り方を確認しておくべきだ。
「どうして私なの? 私、その料理は見たこともないよ? 私、バーガー以外の料理は、まともに作ったこともないし」
「シャルさんは天才だからさ。すごいものができるかもと思って」
異世界独自のラーメンが生まれれば――。
それは素晴らしいしねっ!
シャルさんならば、やってくれる気もするのです。
「そっかー。私って天才なんだねー。よーし! そこまでクウちゃんが買ってくれるのなら、お姉さんは一肌脱ぐよー!」
というわけで、話は決まった。
早速、外に出してあったお店の看板をしまって、まずは基本のラーメンを作ってみる。
麺は事前に準備した。
生成技能「調理」で、さくっと。
さすがに麺から作っていると時間がかかりすぎる。
「じゃあ、スープを作るね。スープは、醤油味、味噌味、塩味、豚骨味、この4つが基本かな。今日は味噌でいくね」
鍋に水を入れて、コンロの上に置いた。
火をつけて、しばらく待つ。
「味噌ってアレよね。聖国で流行っている豆の調味料よね」
「そそ。それそれ」
「いいねー。楽しみー。味噌は、前にボンバーが聖国でデンガクっていうのを食べて、味噌味で美味しかったって言っていたし」
「そっかー。ボンバーって、護衛依頼でいろんな国に行っているんだったねー」
「羨ましいよねー。いろんな国で名物を食べてて。あ、そうだ、クウちゃん」
「うん。なぁに、シャルさん」
「ほら、去年はなかったけど、その前の年にあった、平和の英雄決定戦っていうイベント、今年はあるのかなー?」
「さあ、どうだろう……。でも、どうして?」
平和の英雄決定戦は、一昨年にリゼス聖国で開催したお笑い大会だ。
アンジェのお爺さんが必殺芸「聖なる山ティル・デナ」で優勝して英雄となった。
「私も出ようと思って。そうすれば、公然と聖国に行けるよね?」
「それはそうだろうけど……。芸なんてやれるの?」
「もちろん! 私を誰だと思っているのかなー」
またウェルダンみたいなことを言って。
と思ったけど。
シャルさんなら、すごい芸をやってしまうのかも知れない。
なにしろ天才だし。
「ただ残念だけど、もうやらないかも。聖女様も忙しいしね」
そもそも、ただのお笑い大会にアレは大げさすぎた。
聖女様が主催して、優勝者はどんな願いも叶えることができる、とかね。
もうやらない方がいい気がする。
「そうなんだぁ。残念。じゃあ、クウちゃんに見せてあげよっか?」
「いいの?」
「もちろん! 温存しておいても、大会がないかも知れないなら仕方ないしね」
せっかくなので見せてもらうことにした。
「では」
シャルさんは私から少し離れると、足をやや広げて――。
頭の上に、腕で三角を作って――。
「山」
と言った。
うん。
はい。
パチパチパチ。
私は拍手した。
「どうだった?」
「ちゃんと山に見えたよ。でもそれ、残念だけど、前回の大会の優勝芸、聖なる山ティル・デナの劣化版とか言われちゃかも」
「うう。そうなんだぁ?」
「うん」
私はつたないながら、聖なる山ティル・デナを見せてあげた。
「す、すごい……。私の山よりも、遥かにダイナミックで、遥かに山で、雄大だね……。私はもう一度修行をやり直すよ……」
というようなことをしている内――。
お湯が沸いた。
「さて、では、シャルさん。ラーメンに戻りますか」
「そうだね、クウちゃん」
と言っても、今回は手抜き調理だ。
「まずはこの、オダウェル・オリジナル、鶏ガラスープの素を、こう、パラパラっと、適当にお湯の中に入れまして――。
次に聖国で買ってきたお味噌を、お湯に溶かしまして――。
あとは、各種調味料でバランスを整えて――。
油もそれなりに入れて――。
はい、完成」
「あ、それだけなんだ?」
「うん」
味見したけど、ちゃんと味噌ラーメンのスープになっている。
それなりにはバッチリだ。
もちろん、前世で食べたお店の味には劣るけど。
「でも、いい匂いだねっ! すでに美味しい気がするよっ!」
「あはは。次はネギを切るねー」
今回、具はネギだけにする。
私のアイテム欄には大量のアイテムが入っているけど、残念ながら万全ではない。
メンマやチャーシューは持っていないのだ。
そのあたりの具材のことを話しつつ……。
トントン……。
軽快にネギを切っていると――。
む。
お店のドアが開いた。
一応、看板はしまったけど、お客さんが来てしまったかな。
「ごめんね、クウちゃん。ちょっと接客してくるよ」
「うん。そうだね」
まだ麺は茹でていないし、しばらくは待機だね。
と思ったら。
「む。むむ。この匂いは……? 聖国の……。調味料……。味噌か?」
なんと現れたのは、私も知っている男性だった。
「バンザさん、いらっしゃい。今、実は、クウちゃんと聖国の料理を作っていて。でもすごいですねすぐにわかるなんて。ラーメンっていうんですって」
「ラーメン? 聞いたことはあるが――」
「このあたりでは珍しいですよね。さすがはクウちゃんだと言わざるを得ません」
ああ、さすクウを許してしまった。
不覚。
まあ、うん。
今はそれはいいか。
お店に来たのは、宮殿料理長のバンザさんだった。
「今日はバーガーを食べに来ただけだが――。それは実に興味深いな……」
「どうですか、よかったらご一緒に。クウちゃん、いいかな?」
「うん。いいよー」
私は気軽に、バンザさんの同席を許した。
さらにその時だった!
「たのもう! この匂いはなんだー! この食の求道者ドン・ブーリ! この珍しき香りを見落とすほど落ちぶれてはおらんわー!」
最近たまに出会う、謎の食通オジサンまで現れたぁぁぁぁぁ!
「すみせまん、今日、お店はもう閉店しちゃいまして。また今度、お願いしまーす」
「まてい! この僕を誰だと――」
「えっと……。しつこくしたら衛兵さんを呼びますからね……」
バタン!
ガチャリ。
まあ、うん。
ドン・ブーリ氏は、シャルさんによって締め出されましたが。




