1335 エミリーに花束を
それは本当にいつもの、平凡な新学期のある日のことだった。
私が学院から家に帰ると――。
なにやら家の前に、花束を持った学院生の青年がいた。
誰なのかは、すぐにわかった。
テオルドだ。
テオルドは、黒騎士隊隊長の息子で、今年から帝都中央学院の騎士科に入って、今は学院寮で寮生活をしている。
入学早々ラシーダと喧嘩をしていてヒヤヒヤしたものだけど……。
それ以降は普通に暮らしている――。
と私は思っていたけど……。
なぜ、私の家の前で、花束を持って立っているのか。
いや、うん。
立っているというより……。
行ったり来たりして、お店に入るかどうかを迷っている様子だけど。
まあ、うん。
なぜ、と思っては見たものの、ほぼわかる。
なぜならお店にはエミリーちゃんがいるからだ。
お。
お店のドアが内側から開いた。
お客さんが出てきて、その見送りでエミリーちゃんも出てきた。
「ありがとうございました」
エミリーちゃんの明るい声が聞こえる。
と、視線が合って、
「あっ! おかえりなさい、店長」
「うん。ただいまー」
私は笑顔を返した。
ちなみにテオルドは、エミリーちゃんが出てきた瞬間、物陰に隠れた。
なかなかの素早さだ。
さすが、騎士を目指しているだけのことはある。
私はどうしようかと思ったけど……。
気にしないことにした。
お店に入って、一息。
ちょうどお客さんは途切れたところで、店内にいるのはファーとエミリーちゃんだけだった。
フラウはウェーバー邸に行っていた。
フラウは今、魔法少女アリスちゃんのために、新型のマジカルステッキをゼノとアンデッド軍団と共同開発しているのだ。
本当にアリスちゃんは、どこに行こうとしているんだろうね……。
「ところでエミリーちゃん。最近のお店はどう?」
「はい。順調です」
「変なお客さんさんは来ていない? たとえば、花束を持った男の子とか」
「そういうお客様は来ておりませんが……」
「そっか」
ならいいや。
しつこく来ているのなら、対処が必要だと思ったけど。
うろうろしているだけなら、それも青春の1ページ。
テオルドのことは、邪魔にならない限りはスルーしておいてあげよう。
と思ったら……。
ドアが開いて……。
「おい! 離せ、このクソガキ! なんて力だよ!」
「店のまわりで挙動不審な態度を取っている不審者がいたので捕まえたのである。衛兵に突き出しても良いであるか?」
帰ってきたフラウが、テオルドの首根っこを掴んで現れた。
「おかえり、フラウ。それ、知り合いだから離してあげて」
「わかったのである」
テオルドは解放されると、ゲホゲホ息を吐きつつ、なんとか身を起こした。
「やっほー、テオルド。元気?」
私は武士の情けで、普通に声をかけてあげた。
「元気なわけあるかよ! なんだよこいつは! この俺に対して無礼な――」
ここでテオルドはエミリーちゃんの視線に気づいた。
「あ、いや」
テオルドは動揺しつつも身だしなみを整えて、
「なんだ、久しぶりだな、エミリー。おまえ、こんなところにいたのか」
と、花束をうしろに隠して、まるで偶然のように言った。
「……花束を持った男の子です。……私はどうすればいいですか?」
エミリーちゃんが私に囁いた。
完全に不審者扱いだ。
「普通にしてあげて」
「はい」
それでようやく、エミリーちゃんはテオルドに向き合った。
「いらっしゃいませ」
と。
ふむ。
名前を呼ばれたことはスルーのようだ。
なんて罪深い……!
しかし、今のエミリーちゃんは仕事の最中なのだ。
エミリーちゃんはウェルダンの教育で、公私は分けるように叩き込まれている。
なのでお客さんとして扱うのだろう。
テオルドは愕然とすると……。
「よ、用なんてねぇよおおお!」
と、叫んで、花束を持ったままお店から出ていってしまった……。
哀れ。
「ねえ、エミリーちゃん。今のヤツはね」
「去年の夏の旅で店長を悪魔呼ばわりした騎士の息子ですよね。今度は花束なんて持って、何を企んでいたのですか?」
「あ、ううん。今回は本当に偶然みたいだね」
「そうですか」
エミリーちゃんが冷たい!
いや、うん。
そうかぁ。
未だにエミリーちゃんの中では、私に無礼を働いたヤツという認識なのね……。
これはテオルド……。
無理そうだね……。
果たしてテオルドはここから逆転できるのか。
手を貸すつもりはないけど、迷惑にならないのなら見守ってあげよう。
私はこれでも優しい子なのだ。




