1331 閑話・少女マリエの戦い
今日は休日。
そして、唐突に発生した運命の戦いの日です。
今日はセラちゃんの命令――。
いえ、友人としてのたってのお願いで――。
私、マリエは大宮殿で開かれる第二皇女セラフィーヌ殿下のお茶会に参加します。
「ふう」
我ながらドレス姿は似合いません。
なにしろ私は、一応は貴族の娘ですがそれは完全に名ばかりで、ごく普通に生きている平凡な庶民の子なのです。
ドレスよりもジャージの方が私の身の丈なのです。
だけど今日は、それでも嫌々ながら、ドレスに身を包みました。
さすがに普段着では参加できませんし。
それに今日は……。
とんでもないミッションをこなさねばなりません。
今日の客に色目を使って、パーティーの後で声をかけさせるのです。
正直、色目って何????
ですが……。
とりあえず、やるしかありません。
相手は百戦錬磨のナンパ師。
私のような丁度良いくらいの餌には、待ってましたばかりに食らいついてくるに違いないとセラちゃんは断言しました。
丁度良いくらいの餌というのは、いい意味なのか、悪い意味なのか。
それは、はい。
考えないことにしました。
今日の客は、ジルドリアからの留学生だそうです。
名前はエンゼ。
クウちゃんのクラスに入ったそうで……。
なんとびっくりなことに、入学して早々、クウちゃんを籠絡してしまったそうです。
クウちゃんは、その男子生徒の取り巻きの1人として……。
キャッキャしていたそうです……。
正直、にわかには信じられない話です。
だってあのクウちゃんが、その他大勢みたいなポジションになるなんて。
とても考えられません。
たぶん……。
私の勘が正しければ、それはセラちゃんの盛大な勘違いです。
それなら大いに納得できます。
セラちゃんは、しっかりしていそうに見えて……。
抜けているところも多い子なので……。
特にクウちゃんが関わることでは、いつも暴走してクウちゃんを困らせています。
正直、どうせ今日もそれだろうなぁ……。
とは思うのですが、とにかく私は迎えの馬車に乗りました。
大宮殿に到着して案内されるまま3階のテラスに行きます。
テラスには、すでにお茶会の準備が整っていました。
ドレス姿のセラちゃんもいました。
「おはようございます、マリエさん。今日という決戦の日に、よくぞ来てくれました。今日は共に悪を打ち破りましょう」
私は最後にもう一度、確認したかったのですが……。
まわりにはメイドさんに執事さんがいます。
もはや、セラフィーヌ様を疑うことなんて、できる状況ではありませんでした。
私はあきらめて席に着きます。
「――マリエさん、作戦通りでお願いしますよ。マリエさんにかかっていますからね? 失敗することは許されませんよ?」
「はい……」
セラちゃんに小声で言われます。
本気でやるしかないようです。
さあ。
そして、時間になって、エンゼさんが現れました。
「お初にお目にかかります、セラフィーヌ皇女殿下。
本日はお招きいただき、ありがとうございす」
そう言って優雅に頭を垂れるのは、赤いドレスのよく似合う……。
高身長で短髪の、大人びた少女でした。
彼女は言います。
「ジルドリア王国より留学生として参りました。王女専属メイド隊『ローズ・レイピア』所属、エンゼ・ディ・ロデスと申します」
と。
ローズ・レイピアは、女性だけのメイド組織です。
男性は入隊できません。
そして目の前にいるのは、どこからどうみても女の子です。
しかも綺麗な。
セラちゃんは固まっていました。
私はそんなセラちゃんの腕を、目立たないように、必死に突きます。
「こほん。失礼いたしました。どうぞおかけになって下さい」
セラちゃんは我に返ってくれました。
「失礼いたします」
「ごめんなさい。わたくし、一瞬、恥ずかしながら呆けてしまいまして。もう一度だけお名前をおうかがいしても?」
「はい。エンゼ・ディ・ロデスと申します」
「学院では普通科でしたよね?」
「はい。第5クラスに入らせていただいております」
「そうですか」
第5クラスは、クウちゃんのクラスです。
私も知っています。
「クラスメイトに青い髪の子はいますか?」
「はい。クウさんですよね。仲良くさせていただいております」
どうやら悪党本人で間違いはないようです。
そして、はい。
私の勘は正しかったですね。
目の前にいるのは、どこからどう見ても女の子ですし。
「わたくし、少しだけ面白い噂を聞いておりまして……。エンゼさんは、学院ではどのようなご格好をされているのですか?」
「お恥ずかしい話ですが、実は許可をいただいた上で、学院では、男子生徒の格好をさせていただいております。男子のように振る舞ってみたくて……。申し訳ありません。よくない行為でしたら明日からはあらためて――」
「いいえ。その必要はありません。せっかくの留学なのですから、好きなようにご自身を表現してお楽しみ下さい」
セラちゃんは、でも、さすがは皇女様だった。
すぐに気を取り直して――。
その後は楽しく、普通にお茶会をして、エンゼさんとも仲良くなりました。
お茶会がおわって――。
エンゼさんが先に、執事さんのエスコートを受けて退出します。
「はぁぁぁぁぁ」
セラちゃんは大きく息をついて、その場にへたり込みました。
「はははっ! 留学生はどうだった?」
そこに皇太子殿下が現れます。
「お兄さま! 知っていらっしゃったのですね! お人が悪すぎますっ!」
セラちゃんがプンプンと怒ります。
「では、私もこれで」
戦いはおわりました。
私もそそくさと、帰らせてもらいましょう。
と思ったのですが……。
「マリエさん」
セラちゃんに、なぜか、がっちりと手を掴まれてしまいました。
「……えっと。なぁに?」
「わたくし、今日はヤケ食いをしたい気分です。イルちゃんも呼んでカラアゲ祭りを開催しますから今日はお腹が弾けるまで食べますよ」
あの、私もですか?
私、帰って宿題をしないといけないのですけど……。
と私は言いたかったのですが……。
「それはいいな。俺も参加させてもらおう」
皇太子殿下が話に乗ってきて、そんなことは言えなくなりました。
「マリエ、どちらがたくさん食べられるか競争するか?」
しかも、なんて言われてしまいます。
勘弁して下さいよー!
とも言えず、
「あははー。さすがに勝てませんよー」
皇太子殿下を相手に、私はヘラヘラと笑うのでした……。




