1329 秘密のお願い……?
それは、学院の休み時間のことだった。
「……ねえ、クウちゃんさん。……ちょっといいかな?」
「え。あ。うん。なに?」
ジルドリア王国から来た留学生のオトコノコ、エンゼに――。
なぜか私は、こっそりと声をかけられた。
「……少し、いいかい? ……2人きりになりたいんだけど」
そんなことを言われて――。
え。
えええ!?
私は大いに混乱したのだけど、もちろん顔には出さない。
なぜならここは教室だからです。
「な、なんで……?」
「お願い。秘密の。ね?」
顔を近づけたエンゼに困ったような様子でお願いされて――。
「う、うん……。いいけど……」
つい私はうなずいてしまって……。
2人でこっそり、廊下に出て、人気のない隅っこにまで移動したのでした。
幸いにも次の授業は剣技の実習で――。
みんな移動するから――。
私たちは目立たず、こっそりと2人になることができた。
私は正直……。
はい。
ドキドキとしてしまっていました。
エンゼの様子は、明らかに挙動不審で……。
まるで何か……。
大切な告白をするかのようで……。
その様子……。
この現状……。
前世で多くの漫画やゲームに触れてきた私には、ハッキリとわかる。
それはつまり……。
そういうことなのだろうか……。
…………。
……。
どどどど、どうしようー!
私、恥ずかしながら、触れてきた経験は豊富なのですが、実経験はないのです。
すべては画面の向こう側だったのです。
それが今、目の前にあるなんてえええええええええええ!
いえ、はい。
正直、別にそういうのは嫌なのではないのです。
単に縁がなかっただけで……。
私とて、前世を含めれば、すでにそれなりには生きているので、そろそろそういう経験もしてみてもいいかなとは思うお年頃なのです……。
エンゼは、女の子にも見えるくらいの綺麗なオトコノコで……。
別に嫌いではありませんし、おすし。
い、いけません!
おすしなんて言葉は駄目なのです!
それはヒロインっぽくないのです。
そう……。
私は今、ヒロインになってしまおうとしているのだろうか……。
お笑いに生きた、この私ともあろう者が……。
「クウちゃんさん……」
「は、はい……」
私の目を見つめて、エンゼが言う。
「どうか、僕の話を聞いて下さい。僕は真剣なんです」
「は、はい……」
どうぞ……。
私も真面目に聞きます……。
「どうしたらいいんだろうか! 剣技の授業では、着替えが必要だというんだよ! レオたちに普通に男子更衣室に誘われてしまって! でもそれはさすがに無理! なんとかクウちゃんさんの口添えをお願いできないかな!」
「……えっとぉ」
それって、どういう。
「本当は僕は、女の子なんだし!」
え。
エンゼは真面目な顔で、深刻な顔で、そう言った。
「うん……。僕は元々こういう性格だからさ、つい王子様みたいなキャラを演じてみたくて男子の服で来てしまったけど、正直、すぐにバレると思っていたんだよ……。それがまさか、ここまで何にもバレないなんてさ……」
「ねえ、エンゼ……」
「頼むよ、クウちゃんさん、君だけが頼りなんだ!」
「ちょっといいかな?」
「ああ、なんでもいいよ!」
では遠慮なく。
さわ。
さわさわ。
「あ、あん! ちょ! それはさすがに!」
エンゼは女の子みたいな色っぽい声を出した。
いや、うん。
なるほど。
女の子でした。
「ふむ」
私は腕組みして、大いに考えた。
男装の令嬢。
これはこれで、アリだね。
と。
うん。
アリアリのアリだ。
私は決して、そういうのは嫌いではない。
なので今までのことは忘れて、スッパリと気を取り直すことにした。
「ここで着替えていこうか」
「え。ここでかい!?」
「大丈夫。私が結界を張ってあげるから」
「それは――。ああ、それなら安心だね」
ジルドリア貴族として素肌は晒せない。とか、他国の権威で理屈をつければ、多少の不自然さはスルーされるだろう。
さすがのレオも、強引に剥こうとはしないはずだ。
「私が助けてあげるからさ、エンゼはせっかくなんだし、留学の期間中、ほんの数ヶ月のことなんだしそのままで過ごしたら?」
「いいのかい……? 僕としては嬉しいけど、迷惑では……」
「迷惑なんかじゃないよ。クラスメイトだしね。せっかくだし、お友達になろうよ」
「ありがとう、クウちゃんさん!」
「学院ではクウでいいよ。私もエンゼって気軽に呼んでいるんだしさ」
「わかったよ、クウ! 本当にありがとう! それなら僕は、こっちにいる間は、この姿で理想の自分で暮らしていくよ!」
「うん。楽しんで。せっかくの留学なんだしさ。思いっきり自分を解放しよう」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
こうして私は、新しいクラスメイトのお友達を得たのでした。
めでたしめでたし!




