1326 閑話・はぐれ狼のオムの成り上がり、海洋都市編2
「教祖様、お喜び下さい。ついに準備が整いました。我々の手でこの海洋都市アルバを支配し、教団の拠点とする時が来たのです」
深くローブをかぶって魔王教団の幹部を気取る女がそんなことを言ってきた時――。
俺は心の底から「はぁぁぁ!?」と言いかけて――。
なんとかそれを抑えた。
俺はオム。
つい先日まで、チンケなはぐれ狼だった男だ。
俺には力がある。
俺には知恵がある。
俺には度胸も勇気も行動力もある。
だが俺には金と運がなかった。
だから今までは上手く行かなかった。
だが今――。
俺には運が来たのかも知れない。
なにしろ俺の目の前には、俺を魔王教の教祖と崇めるローブ姿の怪しい連中が、ずらりと並んで頭を垂れている。
俺はなぜか、教団のトップになっているのだ。
もっとも俺は、怪しいローブなんて着ちゃいないが。
「しかし、都市を支配なんて、そう簡単にできるモンじゃねえぞ」
できないからこそ日々、ファミリーはしのぎを削っているのだ。
俺もその一員だったからわかる。
「ご安心下さい。実は我が教団の目的に賛同して下さっている方から、とある貴重なアイテムをいただいているのです。そのアイテムを使えば、人を操るなど思うがまま。それを使って町の人間どもを傘下に収めるのです」
「そんなすげぇアイテムがあるのか……?」
「はい。これにございます」
女が見せるのは、いかにも怪しい石の仮面だった。
「これは、悪魔の面。これを顔につけて心からの言葉を発すれば、それは呪力となって人間に深い影響を与えることができるのです」
「そ、そうかよ……」
石の仮面のあまりの不気味さに、俺はゴクリと息を呑んでしまった。
俺のその様子を見た女が、ハッと目を見開く。
「こ、こここ、これはご無礼を! この仮面は教祖様こそが身につけるものでした! 私ごときが教祖様の代理で使おうなどとおこがましく!」
「いや、それはテメェが使え。俺はうしろで見ててやるからよ」
「私を信頼して下さる、と? ああああ……。私は感動しています……。この命、この身、すべてを恐怖と絶望に捧げると誓います!」
「お、おう」
闇を渦巻かせたような瞳にドン引きしつつも俺はうなずいた。
どうする……。
逃げるか……。
俺は正直、今度こそ怖気づきかけたが、しかし、すぐに考えをあらためた。
だって、これはチャンスだ。
俺が成り上がって、都市を支配するための……。
やるしかねえ!
俺はボスになるべく生まれてきた男だ!
俺はボスになるんだ!
俺は決意を新たにした。
計画は、すぐに実行に移された。
俺たちは町に出て、広場に面した時計塔に上った。
時計塔の上階にはテラスがある。
そこから広場を見下ろして、演説することができるのだ。
カンカンカンカン!
カンカンカンカン!
まずは激しく鐘を鳴らして、俺たちは広場にいた連中の注目を集めた。
広場は賑わっていた。
多くの連中が何事かと集まってくる。
「皆さん! 我々は魔王教団です! 魔王様を信奉し、この世界に本当の意味での公正をもたらそうとしている者です! どうか私たちの話を聞いて下さい! 私たちはこれから、世界の真実についてを話そうと思います!」
石の仮面を身に着けた女が、よく響く大きな声で民衆に訴えかける。
女が訴えるのは、この世の不平等だった。
同じ人間なのに、裕福な者がいて、貧しい者がいる――。
それはおかしいと。
だからこんな世は、変えなければいけないと。
では、どうれずはいいのか。
それは決まっている。
すべてを一度、破壊してしまえばいいのだ。
なにもかもぶち壊して、なにもかも、こんな世界はおわらせてしまおう。
それこそが公正。
平等だ。
それを成せるのは、魔王様しかいない。
女はそう訴えた。
石の仮面を向けられて、それを聞いている連中は――。
最初は懐疑的だったのに――。
次第に狂ったように、女の言葉を肯定するようになっていった。
滅べ、滅べ、間違った世界は滅ぼせ!
そんな叫びが広がる。
やべぇ……!
やべぇやべぇやべぇ!
だが……。
確かにやべぇが……。
ここにいる全員が俺の配下になって、これからも同じように増やせるのだとすれば……。
俺は、ボスの中のボスになれる。
すべての海洋都市を支配して、新しい国すら興せるかも知れない。
俺は王になるのだ。
恐怖の英雄ナオ・ダ・リムですら、この狂気の濁流であれば一気に呑み込んで潰してしまえるかも知れない。
いや、きっと潰せる!
そうなれば俺は、大陸にすら覇を唱えることができる。
大陸王オム!
覇王オム!
いいじゃねえか! 最高だ!
俺は目の前の狂気の光景に、素晴らしい希望を見い出した。
やってやる!
この狂人どもを配下において、すべてを破壊して、すべてを征服してやるぜ!
今日は――。
大陸王オムの――。
覇王オムの――。
伝説の始まりの日だぜ!




