1325 閑話・はぐれ狼のオムの成り上がり、海洋都市編
「――道をお開けなさい、不埒者よ」
「はぁ? なんだ、テメェら? 妙な格好しやがってよ!」
繁華街を歩いていたところ――。
めんどくせぇことに、チンピラの一団と正面からぶつかっちまった。
当然、チンピラどもはどけと言ってくる。
そして普通のヤツなら、逃げるように道を開ける。
それが普通だ。
なのに俺の前を歩く俺のツレは、まるで怯えた様子もなく、冷たく淡々と、逆にチンピラどもに道を開けろと言いやがった。
トラブルの始まりだ。
俺のツレは女。
しかも、痩せこけた、ただのヒト族の女だ。
ここで俺が他人のフリをすれば――。
ぶちのめされて、殺されるか、連れて行かれる、どちらかの結果となることだろう。
女は青いローブを深くかぶっていたが、それでも女で痩せっぽちなことは、正面から一目見れば簡単に理解できるしな。
俺は心底、どうでもいい気持ちで、そのトラブルをうしろから見ていた。
俺はオム。
知性も腕力も度胸もあるのに、運と金にだけは恵まれねぇ男だ。
流れ流れて――。
他に行く場所もなくなり――。
俺は今、短時間だが住んでいた、海洋都市アルバに戻ってきたところだった。
海洋都市アルバは、かつてクーラ・ファミリーが幅を利かせ、俺はそこの下っ端としてちんけな仕事をしていた。
だが今、もうクーラ・ファミリーは存在していない。
青の魔王――。
今ではそう呼ばれるヤツに、散々に打ちのめされた挙げ句、ボスを拉致され――。
結果、ファミリーは分裂して抗争を繰り返して、消滅した。
今の海洋都市アルバは、ナオ・ダ・リムの支配下に収まった商人共が幅を効かせて合議制で運営されている。
目の前のチンピラどもは、多分、どこかの商人の手下なのだろう。
「おい、言っとくが、俺等はウェン商会の者だぜ? ウェン商会に逆らって、この町で生きていけると思ってんのかよ!」
「ぶっ殺すぞ、おら!」
チンピラどもが女を威嚇する。
普通の女なら、とても正気ではいられないだろう。
だが、女は平然としていた。
「どうぞ」
と、言うのだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!? 死にてぇのか!? 奴隷になりたいのか!?」
「どうぞ、お好きに。私は信仰に生きております。私の破滅もまた魔王様の糧となり、この世界を滅ぼす力となってくれるのです」
「ま、魔王だと……! まさかテメェ……」
「私はニル。青の魔王様に仕える、破滅の信徒の1人です」
女が言う。
するとチンピラどもは、あきらかに怯えた。
俺はつくづくと思う。
この町のチンピラも、本当にレベルが落ちたモンだぜ。
たかが言葉ひとつにびびっちまって、女一人、殴り倒すことができないなんてよ。
いや、1人じゃねぇか……。
ふと気づくと、まわりに青いローブの連中が増えてやがる。
ヤツらは口を揃える。
「「「「「魔王様に祝福を。我等に呪いを。
我等の破滅は糧となる。我等の命は闇となる。
我等はそこに永遠の楽園を求める。
魔王様に祝福を。偉大なる青き闇に、青の魔王に大いなる破滅を」」」」
「ひっ……。ひぃぃぃ……」
あーあ。
チンピラども、ついに腰を抜かしやがった。
そして、必死に道を開けた。
なさけねぇ。
そんなチンピラに女は優しく言うのだ。
「貴方がたも破滅を求めるなら、どうぞ我等の教会へと足をお運び下さい。
共に祈りましょう。
世界の破滅を――。我等の真の救済を――」
チンピラどもは、返事をしなかった。
どうする気なのか。
ま、しらねぇが。
女が俺のところに戻ってくる。
「教祖様。オム様。大変に失礼いたしました」
「お、おう……」
女がうやうやしく頭を垂れる相手は、間違いなくこの俺様だ。
どうしてこうなった!?
俺は心の中で大混乱に陥るが――。
顔には出さねえ。
この女、ニルと出会ったのは、ほんの一ヶ月前のことだ。
この女、人生に絶望して崖から海に飛び降りようとしたんだよな、確か。
そこを柄にもなく俺が助けた。
俺は善人じゃねぇが、なんとなく咄嗟にな。
で。
俺は話したわけだ。
人生に絶望して死にたがっていたこの女に。
安心しろ、と。
自分で無理に死ななくたって、どうせ遠からずこの世界は破滅する。
魔王が――。
青の魔王が、闇の使徒を引き連れて――。
すべてを飲み込んでな。
そう。
俺は、魔王と闇の使徒に、散々な目に遭わされて――。
誰かに愚痴りたかったのだ。
俺の言葉は、ただの完全な愚痴だったのだ。
だが、女は真に受けやがった。
「魔王様! 青の魔王様! その御方が、我等に救済を!? 破滅を!?」
「ああ、そうだよ。青の魔王様の活動は始まっている。俺はそれを知っている。だからおまえに特別に教えた。おまえも絶望しているヤツがいたら、大丈夫だって教えてやれ。そうして、絶望の輪を俺と共に広げていこうぜ」
俺はそんなことを言った。
はっきり言って、完全に女のことをバカにしての発言だった。
なのに女は……。
大いに喜んで、その場を去っていった。
ああ、俺の名前を聞いてきたので、それも教えたな。
それから1ヶ月後。
俺は、あちこちをふらついて、その日暮らしを続けて――。
そんなことなど完全に忘れていたが――。
女は再び俺の前に現れた。
青いローブを着て、数名の同士を引き連れて――。
そして、俺の前で跪いてこう言ったのだ。
「ああ……。お探ししておりました、オム様。いえ、教祖様。私は教祖様の導きで、こうして立派に信仰の道を見つけました。そしてついに居を構えることもできましたので、ぜひ教祖様をお迎えしたいと探していたのです」
行き場もなかった俺は、その話に乗った。
なにしろこの女は、俺をボスと認めて跪いているのだ。
教祖やら何やらは意味不明だったが――。
それは悪い話ではなかった。
どんな組織にせよ、ボスとなるのは素晴らしいことだ。
俺の実力なら、そこからいくらでも飛躍できる。
俺にはその自信があった。
だけど俺は――。
今、そのことを、いくらか後悔し始めている……。
だって、よ……。
まるで俺が常識人みたいな言い方だが……。
俺は根っからの悪党だが……。
そんな俺の目から見ても、こいつらは明らかに、どこかおかしい……。
久々のはぐれ狼!\(^o^)/
果たして今回は成り上がれるのか!
はぐれ狼オムシリーズ:
725 閑話・はぐれ狼オムの成り上がり
1040 閑話・はぐれ狼オムの成り上がり、ファーネスティラ編
1118 閑話・はぐれ狼オムの新たなる挑戦




