1319 ドキドキの子
1限目の授業はホームルームだった。
先生が語る2年生の年間スケジュールと各種注意事項を右から左へと聞き流しつつ、私はドキドキとしていた。
今のところジルドリア王国からの前触れのない留学生、エンゼに動きはない。
それは当然だけど。
なにしろ今は授業中なのだし。
エンゼもみんなと同じで、真面目に授業を受けている。
エンゼは背中も細くて、髪もさらさらで、本当に女の子みたいだ。
これがオトコノコなんて信じられない。
私が予測するところ、エンゼはエリカからの刺客だ。
私を陥落させて、「おーほっほっほ」とエリカが高笑いするための……。
エリカがそんなことをする理由については、思い当たる節がある。
なにしろ私は、エリカの結婚相手探しで、それはもうエリカにダメ出しをしたのだ。
エリカの逆襲があっても然るべきだろう。
うむ。
エリカの性格からして、有り得すぎて大いに納得できる。
となれば……。
休み時間、きっとエンゼは私に近づいてくる。
綺麗な顔を近づけて、ね……。
どうすべきか!
私は大いに困惑の中にあった。
そして……。
そんな内、あっという間にホームルームはおわって、休み時間になる。
来る……。
きっと来る……。
私は椅子に座ったまま身構えた!
それこそ、ぬうっと呪いのお化けが現れても即座に撃退できるように!
しかし!
エンゼは来なかった。
なぜなら、クラスの子たちに囲まれてしまったから。
みんなから質問攻めにあっていた。
キャーキャーワーワーと騒がしくて、どんな会話をしているのか、その具体的な内容はよく聞き取れなかったけど……。
「なんか、すごいね」
となりの席にいたアヤが、私に笑いかけてくる。
「クウちゃん?」
と、呼びかけられて、私はあわてて返事をした。
「あ、うん! あはは! そうだねー! なんか、すごい子が来たねー!」
それでようやく私は我に返った。
ふうふう。
はあはあ。
頑張って落ち着く。
休み時間もまた、あっという間におわって――。
次は2限目の授業が始まる。
といっても今日は勉強はないので、こちらも先生からの話だけだった。
内容は、最近の国内国外情勢と、学院生としてのあり方。
政治と道徳の授業と言えるのかも知れない。
ユイとかエリカとかナオとか知っている名前も出てきた。
「みなさんは知っていますか? 実はこの3人には共通点があることを」
なんて前振りから「センセイ」の名前を出された時には、正直、吹き出しそうになって、あわてて寝ていたフリで誤魔化して、怒られましたが。
あとさらに帝都に美食ブームをもたらし、帝都経済に大いに貢献した偉人「ク・ウチャン」の名前まで出てきて……。
私は結局、吹き出すどころか、むせるのでした……。
でも、うん。
しょうがないよね……。
だって先生が真顔で、「ク・ウチャン」と言うんですよ……!
私ことクウちゃんのいる教室で!
そしてまた、休み時間。
今度はそれほど囲まれず、エンゼは席から立ち上がった。
来る!
私は身構えた!
だけどエンゼは来なかった。
なぜだ。
ほわい?
どうして?
なにゆえに、私に話しかけて来ないのー!?
焦らしてるの!?
焦らしプレイなの!?
と、私は大いに苛ついたけど……。
まあ、うん。
どんなに可愛くても、エンゼはオトコノコなのだ。
不躾に女の子には話しかけて来ないか。
エンゼはレオたちに誘われて、一緒に廊下に出ていった。
「クウちゃん、私たちも行こうか?」
…………。
……。
「クウちゃん?」
「あ、うん。そうだね! あはは!」
またもやアヤに呼びかけられて、私は我に返った。
そういえばこの後は、大ホールで学院長から新年度の話を聞くんだったよ。
学院長といってもヒオリさんなので、ありがたみはまったくないのですが。
「どうしたの? 今日のクウちゃん、なんだかいつもより少しだけ変だよ?」
「休みボケかなぁ。あはは」
「またどこかに旅行とか行っていたの?」
大ホールに向かいつつ、私は決めた。
よし。
学校がおわったらジルドリアに行こう。
どういうことなのか、エリカにしっかりと聞いてやろう。
他の誰かに聞くより、確実にわかるはずだ。




