1318 留学生
私は嫌な予感を覚えた。
まさか、とは思う。
留学生……。
いきなり来るかもしれない知り合いに私は心当たりがある。
そう。
ナオが留学する予定だった時のことだ。
話を聞いたエリカは羨ましがった。
羨ましがったけど、さすがに自分もとは言わなかった。
エリカは今、近い将来に女王となるための地盤作りに奔走している。
とてもじゃないけど、平時の昼に何時間も遊んでいる余裕はないことを、自分でもキチンと自覚していた。
偉い子なのだ。
話を聞いたユイも羨ましがった。
ユイも偉い子ではある。
なにしろ大陸中で尊敬を集める天下の聖女様とは、まさにユイのことだ。
だけどユイは、ダダをこねた。
ナオが行くなら私も行くと言って聞かなかったのだ。
もちろん私は断った。
ナオも嫌がった。
だけどユイは、ダダをこね続けて、絶対に行くと言い張った。
結局……。
ナオも、とてもじゃないど時間を作れない、ということになって……。
ユイもあきらめてくれたけど……。
それでも未練はある様子だった。
「だって10代なんて、まさに青春だよね? 学校に通ってさ、友達を作ったり憧れの先輩を遠くから見たりさ。私、このままだと、そういうのなしで大人になっちゃうよね? それって悲しすぎるよね? 私、泣いた方がいいよね?」
とか言っていたし。
まあ、うん。
気持ちはわかる。
わかるけど、私の幼馴染たちには、どうしようもないことではある。
だって、ユイは聖女で、エリカは王女で、ナオは勇者なのだ。
それは3人が今世に望んで叶えられたことなのだ。
つまりは運命なのだ。
運命からは、逃れることはできないのだ。
「だからあきらめたら?」
「そんなー! 酷いよー、クウー! 運命なんて打ち破ってよー! なんとかしてよクウえもーん! うえーん!」
すがりつくユイを、私は振り払ったものでした。
そう。
まさかとは思う。
まさかとは思うけど……。
まさかユイがあきらめきれずに、いつもの「ユイナちゃん」になって、すべてを放り投げて帝国に来た可能性はある。
なぜならユイには、カメの子になった前科がある。
2度あることは3度あるのだ。
まあ、うん。
そうなったら即座にスリープ・クラウドして、トリスティン送りにしよう。
私は密かに決意するのだった。
さあ……。
私は決意し、大いに緊張する中――。
廊下に戻った先生が、留学生を連れて教室に戻ってくる。
思わず私は目をそらした!
目をそらして――。
それから、おそるおそる、壇上へと目を向けた。
そこにいたのは――。
ユイではなかった。
いたのは、中性的な美青年だった。
一見すると男か女かわからないけど――。
それくらいに綺麗な子だったけど――。
着ている制服がズボンなので、男だとわかる。
「皆さん、初めまして。ジルドリア王国から参りました、エンゼ・ディ・ロデスです。夏季休暇が始まるまでの短い期間の留学ですが、どうぞよろしくお願い致します」
声も身のこなしも柔らかくて、本当に中性的だった。
なので男子生徒からも女子生徒からも、思わず、感嘆の声がもれた。
うん。
わかる。
だけど私は、感嘆はしなかった。
なぜなら彼がジルドリア王国から来たと言ったからだ。
ジルドリア王国は、エリカの国。
エリカの許可なしに、私のクラスに留学なんて、あるとは思えない。
いや、有り得ない。
なのに私は聞いていなかった。
いったいこれは、どういうことなのか……。
私が警戒するのは当然だろう。
ただ、うん。
でも、わかるにはわかる。
エンゼと名乗った留学生の子は、本当に綺麗で可愛らしかった。
それこそ、うん。
私が迂闊にもほんの少しだけのぼせてしまった――。
モーゼ旅行で出会った美少年――。
タイナにも似ていた……。
タイナは本当に可愛らしいのに時に精悍で、私を魅惑してしまう魔性の子でした。
まさかこれは!
エリカの送り込んだ刺客!?
タイナのことは、エリカにも話した。
年末の旅先でね、すっごいね、私の大好きな感じの子がいたんだよね、って……。
まさか……。
私を翻弄して、魅惑して、笑い者にするために送り込んできた!?
刺客!?
エリカなら有り得る!
敵対反応はなくても、彼は敵なのか!?
いや、でも……。
さすがにはそこまではないか……。
でも、うん……。
エリカからは、ジルドリアから留学生が来るなんて話、まったく聞いていない!
それだけで悪意を感じるには!
十分な根拠だろう!
清流のように爽やかな笑顔をクラスに振りまくエンゼ青年の姿を見つつ……。
私は大いに混乱するのでした……。
新年度の生活は、初日から波乱を巻き起こそうとしていた。




