1314 閑話・悪魔フォグは考える
私はフォルグシェイド。
魔界に住まう悪魔。
ここ近年は、小太りの狐族、中年男性の商人フォグを名乗って、中央大陸諸国を練り歩いて呪具を売り回っていましたが――。
最近は魔界で大人しくしている私です。
その理由は明白で中央大陸では常に、「青髪」や「青の魔王」と呼ばれる謎の存在が目を光らせていて、私が何かやろうとすると――。
どのような手段を取っているのか――。
すぐに感知して、一方的に攻撃をしかけてくるからです。
「ねえ、フォグ。結局、アイツって何なの?」
「さあ。精霊ではないのですか」
「精霊ねえ……。あんなに凶暴なのが?」
仕事仲間である悪魔メティネイルが顔をしかめる気持ちはよくわかります。
アレはおそらく、いえ、間違いなく精霊――。
しかも最上位に近い存在――。
なにしろこの私たちを一方的に葬るのですから、そのようなことは、たとえ精霊であっても並の精霊には不可能――。
だと、私たちは自身の実力を評価しています。
とはいえ――。
あの青髪の力は、あまりにも異質。
それは何なのか。
向こうの世界の根源そのもの、すなわち神の力にすら感じられています。
「あーあ! たいくつー! またさ、思いっきり奴隷を酷使して、思いっきり負の感情を集めて、心ゆくまで呪具が作りたいよー!」
空中に浮かんで寝転びつつ、ネティネイルはぼやきました。
「そんなに退屈なら、ビスクブレイズのところに行けばどうですか?」
「例のオーク大帝国?」
「ええ。暴れに暴れて、大いに盛り上がっているそうですよ」
「それは聞いてるけどさー。フォグは行かないの?」
「そうですね。私は、他の悪魔の下に付くのは、正直、あまり望むものではありませんね。とはいえ状況次第ですが」
この5000年間――。
イデルアシスに侵攻した我らの大軍勢が、精霊女王の手で一網打尽にされてから――。
我々は組織を持たず、時には共闘することもありましたが、基本的にはそれぞれが独立した個人として好きにやってきました。
ですが最近――。
青髪や聖女の出現によって――。
我らは、魔力に満ちた豊穣の中央大陸から駆逐され――。
状況は変わってきました。
ビスクブレイズは、その純粋なる武力を以て、魔力の低い南方大陸で大暴れして、南方大陸を支配するオーク大帝国内に大勢力を築き上げています。
最近では、自らを魔王となど名乗って――。
私たちにも招集を求めています。
我を主として認め、我の配下に収まれ、と。
そうすれば私たちには、貴族階級の称号を与えてくれるそうです。
いりませんが。
ビスクブレイズごときの定めた称号に価値などありません。
ただ、とはいえ――。
ビスクブレイズが力を伸ばしているのは確か。
最近では、ビスクブレイズの下につくことで、ヤツのおこぼれを頂戴して、自らも力を得ようとする悪魔も現れています。
「あいつさー、絶対にその内、調子に乗って魔界の王も名乗りだすよね。魔王って、まさにそういう意味だろうし」
「でしょうね」
「そうなったらフォグはどうするのー?」
「そうですねえ……。私は何もせずに様子見ですね」
「えー!」
「だってそうでしょう? その時には、下につくだけのことですし。私は、人間の破滅する様を楽しむことができればそれで満足です」
「ならもー、さっさとオーク大陸にでも行けばー」
「残念ですが、あちらの人間は魔力が低い。美味しくないのですよ」
向こうの世界において、魔力の密度は偏っています。
私たちのいた中央大陸に密集していて、他の地域ではとても薄いのです。
他の地域で何かしたところで――。
薄味すぎて、淡白すぎて、私には満足することができません。
「ちなみにゼルデスバイトは、ビスクの下について、参謀としてやっていくそうよー」
「へえ。それは初耳ですね」
ゼルデスバイトは、私と共にバスティール帝国の崩壊を狙っていた悪魔です。
ディシニア高原にダンジョンを形成し、数多の魔物を召喚して、一気に解き放ち、二度目の大氾濫を引き起こそうとしていました。
ただ残念ながら――。
帝国を二分する内乱へと導けた一度目のようには成功せず――。
その計画は、なぜか現れた聖国の聖女の手によって駆逐されてしまい、ゼルデスバイトも討たれて存在を破壊されていましたが――。
無事に復活して、再び活動を始めたのですね。
ビスクブレイズの下についた、というのは意外でしたが。
なにしろゼルデスバイトは頭脳派で、脳筋のビスクブレイズと相性が良いとは――。
とても思えませんから。
いえむしろ、正反対だからこそ、上手くいくのかも知れませんね。
ゼルデスバイドが政治に興味を持つとは思えません。
ゼルデスバイトは案外、ビクスの下で好きにやれるのかも知れません。
私は考えを改め、
「魔王軍は、かなり強化されそうですね」
と、笑った。
「ゼルデスは、オーク大帝国を魔王の名の下に完全支配して、巨大な船を作って、中央大陸に攻め込むとか言っていたよー」
「ほお。それは夢がありますね」
「だよねー。正直、それを聞いた時には、メティちゃんも迷ったよー」
「でも、行かなかったのですね」
「だってさぁ……。あー」
メティが、自分で自分の首をしめて、舌を出した。
「ああ……。そうでしたね……」
メティはそういえば先日、よりにもよって「青髪」に捕まったのでした。
その時、召喚方法まで吐かされたそうです。
メティは私の大切な仕事仲間です。
メティは優秀な魔学者であり、呪具や薬品制作のプロです。
影から影を渡り、夢の中や闇の中から囁き、人を狂わせていくことを得意とする私とは、とても相性が良いのです。
実際、私は、メティの作った数々の呪具で、多くの人間を破滅させてきました。
国を滅ぼしたこともあります。
近年では、ド・ミ獣王国とかがそうですね。
あれは最高の娯楽でした。
私たちはトリスティン王国を根城に、本当に楽しく暮らせていたのです。
……あの「青髪」が現れるまでは。
「まったく。本当に許せませんね、あの青髪は。なんとか殺してやりたいものです」
「いい手はありそう?」
「あるとすれば、人間共を誘導することですが……。現状では聖女の存在が大きく、それも上手くいきそうにはないのですよねえ……。あと、あのいまいましい! 銀狼の小娘も今では一国の英雄だそうですし」
「まったくうざいよね! あいつら全員まとめて死ねばいいのに!」
「そうですね……。必ず殺してやりたいですが……」
あの砂浜での夜のことは、思い出しただけでも腹が立ちます。
たかが家畜の分際で、生意気にも反抗したのです。
許せる話ではありません。
しかし、一方、私は冷静でした。
今慌てて事を起こしても、間違いなく潰されるだけです。
しばらくは様子を見るべきなのです……。
何事もなければ……。
「あ」
突然、メティが妙な声を上げました。
「どうしたのですか?」
「ごめん、フォグ。メティちゃんにおわりの時が来たかも」
「え? それはどういう?」
「あああああ! 駄目だ呼ばれてる! あの青髪に!」
「え」
次の瞬間、メティは消えてしまいました。
召喚されたのでしょう。
あの青髪に。
「……ふう」
私は、乱れかけた感情を抑えて、短く息を吐きました。
私はどうすべきか。
いっそ、ビスクブレイズの下について、ヤツを魔王として押し上げていくのも、これはアリかも知れませんね……。
本当に、嫌な世の中になったものです……。
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