1307 ゼノのおねがいごと
いつもの夜。
夕食をおえて、シャワーに入って、パジャマに着替えて……。
あとは寝るだけの時間。
私は1人、自分の部屋でベッドに寝転んで、ユーザーインターフェースを広げていた。
見ているのは、ファーに導入したフェローシステムについての項目だ。
進化したファーは、ゲーム時代にあったNPCの相棒フェローと同じように、その能力をカスタマイズして成長させることができる。
ファーはメイドロボ。
あくまでゴーレムなんだけど、もはやすっかりと人間だ。
もちろん、人間ではない。
どれだけ見た目が同じで、思考力があっても、中身はゴーレムなのだ。
でも私は、ふと思ったのだった。
このまま成長していったとしたら……。
その行き着く先は、究極のゴーレムなのか、あるいは人間なのか。
と。
なにしろ成長する度、どんどん人間っぽくなっていくし。
もしも仮に進化を選択できるのならば、その選択があることを先に告げて、ファーには将来のことを考えてもらいたい。
そうした項目はないかなぁ、と。
ただ残念ながら、人化の項目は見当たらなかった。
私はユーザーインターフェースを閉じて、仰向けになって天井に目を向けた。
「んー。ファーは人間にはなれないのかなぁ……」
それは残念なことに思う。
ファーが望むのかはわからないけど。
「ただ、と言っても、なれちゃったら私が怖いかぁ……」
とも思う。
なにしろそんなことができたら、できるのなら、私という存在は、いったい、なんなのだろうと思ってしまう。
まるで私は、それだと神様だ。
精霊女王と呼ばれるだけでも、大げさすぎるというのに。
なんてことを考えていると……。
「ねえ、クウ」
「うわあああああああ!?」
突然、なんの前触れもなく眼の前の空中に艶やかな黒髪と黒服の少女――。
ゼノがいきなり現れて、私は驚きのあまり、反射的に身を転がして、ドタン、と、ベッドの下に落ちてしまった。
「なにそれ、笑えばいいの?」
上からゼノの呆れた声が聞こえる。
「驚いたの!」
私は抗議するけど、返ってきたのはまたもや呆れ声だった。
「あのさ、クウがボクの接近に気づかないわけないよね? もうさ、ボクは忙しいんだから、新しいお笑いなら先にネタを教えて? そうしたら付き合いでツボを押さえて笑ってあげるからさ。ボクって本当に優しいよね」
「だから、お笑いもネタもないの!」
「え」
「えってなに……?」
「クウって、お笑いもネタもない子だったの!?」
「え」
「どうして自分で驚いているのさ」
「こほん。まあ、いいけど」
もちろん私にはお笑いもネタもあります。
私は気を取り直して、身を起こした。
するとゼノが正面に座る。
「で、ゼノさんや。どうしたのいきなり?」
「実はクウに教えてほしいことがあってね」
「なあに?」
「ファーの作り方を教えてほしいんだよ」
「それはまたいきなりだね。どうして?」
最近、私のまわりではゴーレム作りが流行っている。
ヒオリさんやフラウやエミリーちゃんは、それはもう頑張っていて、早くも普通のゴーレムなら生成できるようになった。
ただ、ゼノやリトはゴーレムには興味を持っていなかった。
なのでゼノのお願いは、かなり唐突に聞こえた。
「実はね、大発見があったんだよ」
「へー。どんな?」
「どんなだと思う?」
「もー。そういうのはいいからー」
「どうしたの、クウ? なんか遊び心がなくなってない? 悩み事? それなら優しいボクが先に聞いてあげるよ?」
「いいからー!」
「わかったよ、もう。じゃあ、クウ、メイドロボを作ってよ。作れるよね?」
「またいきなりだね。どうして?」
「いいからいいから。ね」
「はぁ、もう」
わけがわからないながら、私は仕方なくメイドロボを生成した。
さくっと完成。
最初の頃のファーに瓜二つな子が部屋に現れた。
メイド服を着た、銀色髪の無表情な女の子だ。
「おおー。さすがー! いいねいいね! ボク、こういうのがよかったんだよ!」
ゼノが喜んでメイドロボに目を向ける。
「ただ、自我はないからね? 完全な初期型だから本当に普通のゴーレムだよ? 言われたことだけをこなす子ね」
「うん。むしろそれがよかったよ」
「そかー」
いったい、ゴーレムでなにをする気なのか。
しかもメイド型で。
「じゃあ、ちょっと借りるね」
そういうとゼノは、体を透明化させて――。
すうっとゴーレムの中に入った。
正確には、すりぬけた、かな。
と私は思ったのだけど……。
次の瞬間に、大いに驚かされることになった。
「ねえ、どう、クウ?」
なんとメイド型ゴーレムが勝手に動いて、言葉まで発したのだ。
「え。え?」
思わず私は目をパチクリさせた。
眼の前にいるのは、生成したばかりの初期型ゴーレム。
命令なしでは動かないはずなのに。
「ボクだよ、ボク。ゼノね? この子に憑依したの」
声は違うけど、その喋り方は確かにゼノのものだった。
「できるんだ……? 知らなかったよ」
「うん。ボクも実は最近、偶然に発見したんだよ。フラウの作ったゴーレムの模擬戦に付き合ってあげている時にね。まあ、その時には、動かせるのか程度で気にしなかったんだけど、よく考えてみれば、それってすごい可能性じゃないかと思ってね。ボクがボクとして、ボクじゃない自分になれるなんてさ」
「だねー。すごいかも」
「しかもファーってさ、ゴーレムの仕組みとして、アタッチメントをつけることで、いろいろな魔法が使えるんだよね? クウみたいな生成も」
「うん。できるよー」
「てことはさ、この子を育てて、この子にアタッチメントをつければ、ボクも光魔法とか闇以外の系統の魔法も使えるようになると思わない?」
「なるとは思うけど……。使いたいの?」
ゼノの場合、闇魔法だけで十分、なんでもできている気がするけど。
「そりゃ使いたいよ。使えれば絶対に面白いよね」
「んー。そかー」
「ねえ、クウ。この子、もらえないかな? 自分で作ろうと思っていたけど、この子がカンペキすぎてこの子がいいよ。ボク、とっても気に入ったよ。頑張って育てるからさ、育ったら進化させてアタッチメントをつけてよ」
「……なんか嫌な予感がするんだけど、それ」
ゼノのお願いに、私は眉をひそめた。
だって、ね。
絶対に騒動になる気がする。
「ねえ、クウ」
「なによぉ」
「ボク、この間、挨拶会でものすごーく頑張ったよね? クウのために」
う。
それを言われると、その通りですが。
「まあ、いいけど」
その御礼と思えば、ゴーレムの一体くらい上げてもいいか。
「やった! ありがと!」
了承すると、ゼノがゴーレムから出てきた。
そうしてメイドロボの手を取って、
「よろしくね、ファー」
という。
「ファーじゃないけどね、その子は。同型ではあるけど」
「ならファーだよね?」
「ファーは名前であって型番ではないからね? ファーはファーストのファーだし、言うならその子はセカンドだからセカだね」
「セカぁ? 合わない気がするけど。この子たちにはファーがいいと思うな。ファーを型番にしようよこの際だからさ」
「ファーが嫌がるでしょー、そんなのー」
「なら、ファーツーとかは?」
「まあ、そういう感じなら……」
百歩譲っていいけど。
いいのか!?
と思っていると……。
「ねえ、クウ。ボク、長い髪の方がいいんだけど、そこだけ作り直してもらっていい? あと思考能力を持っちゃうと大変だから、その機能があるなら外してほしいかな。あと身長はボクと同じにしてもらっていいかな?」
とか贅沢を言い始めた。
だけではなく、三箇所。
とはいえ、たしかに、憑依用のゴーレムに人工知能はない方がいい。
早速、作り直してあげた。
問題は、人工知能なしで成長できるかどうかだったけど……。
幸いにもレベルアップシステムは残せた。
ファーのように育てることはできそうだ。
「あらためてよろしくね、ファーツー(仮)ちゃん! ボクが君を精一杯、最強無敵のゴーレムに育ててあげるからね!」
正直、とってもトラブルの予感はするけど……。
ゼノが無邪気に喜んでいるので、まあ、いいとしておくことにした。
ゼノにはお世話になっているしね。
たまにはご恩返ししないといけないよね、実際。




