1304 大人の関係?
結局、その日は私だけ微妙な空気で仕事をすることになった。
なんとなく罪悪感が残ってしまって、ね……。
私の提案をピシャリとはねのけたエミリーちゃんは、いつも通りの様子だったけど。
元気に明るく接客して、商品を売っていた。
土の大精霊たるバルディノールさんは、何故かエプロンをつけて、当然のような顔をしてエミリーちゃんと一緒に接客している。
来るお客さんは、みんな、それはもうびっくりしていたけど……。
工房のエプロンをちゃんと付けていることと、ボンバーを超える巨躯といかつい顔があまりに現実離れていることと……。
バルディノールさんの物腰が意外にも柔らかいことから……。
最初こそ「ひいい」とか言われるものの、走って逃げ出すようなヒトはいなくて、驚くべきことに受け入れられていた。
うん。
すごいね。
私はそれを1人、カウンター席から見ていた。
ファーはお店にはいない。
奥の工房にこもって、生成のイメージ訓練と経験値稼ぎをしている。
ファーのスキルは自身のレベルに依存する。
レベルはゲームのフェローと同じ仕様なら、アタッチメントをつけたスキルを使用していけば地道に上がっていく。
ひたすらの繰り返しこそが、レベルアップへの道なのだ。
ただしフェローには、1日あたり1レベルしか上がらないという制限があった。
ファーにメニューからステータス画面を見てもらったところ、ファーもその仕様だった。
なので焦る必要はない。
これから毎日コツコツとやっていこう。
ただ、うん。
それでも覚えたてで、やりたくて仕方のない様子だったから――。
自由にやらせてあげているけど。
取得経験値は、まだ低レベルだし、すぐにレベルアップと共に停止すると思うけど、少なくともイメージ生成の訓練にはなるし。
バルディノールさんは、お客さんがいなくなって私たちだけになると、エミリーちゃんのゴーレム生成を見てくれた。
さすがは土の大精霊。
軽く手助けしてあげるだけで、エミリーちゃんの生成はグンと精度を上げた。
なんとびっくり。
いつものサンドゴーレムのハトちゃんが……。
翼をぱたつかせて、いくらか浮かび上がるくらいには!
これにはエミリーちゃんも大喜び。
私も大いに祝福したのでした。
「しかし本当に見事な才能と能力ですな。クウちゃんさまの契約者でなければ、我の巫女としたいところですぞ」
「ありがとうございます、バルディノール様。でもわたしはクウちゃんの契約者なので」
「うむ。わかっております」
バルディノールさんは、さすが何百年も生きているだけあって、ニンゲンが――ではないか、精霊ができているようだ。
その意思がないことを示すために、わざわざ会話にしたのだろう。
「しかし、クウちゃんさまの願いでもありますので、より効果的に土の力を使うためのアドバイスはさせていただきたいかと」
「はい。それについては、ぜひお願いします」
2人は大人だねえ。
断って断られても、お互いの距離をちゃんと計っている。
良い関係を築くことはできそうだ。
私は、どう口を挟んでいいのかもわからず、見ているだけでしたけどもね!
子供ですみませんねっ!
と、1人、心の中でグチグチしていましたとも!
「ふふ。若さとは素晴らしいものですね。クウちゃんさん、我々も老婆心ながら、骨を折った甲斐がありましたね」
はい。
お店には、何故かボンバーも居座っています。
さっきまで静かに接客用の椅子に座って紅茶を飲んでいたのですが、飲み終えたようでいつの間にかカウンターに来ていました。
うん。
いつもなら蹴っ飛ばして追い出すところなんだけどね……。
私は今、ちょっと落ち込み中なので、そんな元気もなかったのです。
なので放置しているのです。
まあ、珍しく大人しくしていて、他のお客さんの迷惑にもなっていなかったしね。
普通は帰るだろ!
とは思うけどね!
ボンバーを無視していると、奥の工房からファーがやってきた。
「マスター、これをご覧ください」
いつも冷静なファーにしては、珍しく弾んだ声だった。
ファーがカウンターにぬいぐるみを置く。
「おお」
それを見て私は声をあげた。
なんとぬいぐるみは、いうなればクマ娘のクウちゃんだった。
まだクマではあるんだけど……。
精霊の服を着て、目のくりっとした感じなんかはまさに私を彷彿とさせた。
まるで前世のシルヴァニアファミリーみたいな……。
二足で立つクマの女の子だ。
「これは見事にクマったねえ」
私が感心してそう言うと――。
「申し訳ありません。失礼でしたでしょうか」
ファーに謝られてしまったので慌てて「ちがうよー!」と訂正しようとしたのでけど、それよりも早くボンバーが笑った。
「ははは。ファー殿、気にする必要はありませんよ。今のはクウちゃんさんの、いつもの何の突拍子もない思いつきのギャグです。あまりに突拍子がなさすぎて、確かに聞きようによっては否定的な言葉にも聞こえてしまいますが、そのような意図はまったくないのです。あるのはそう、愛だけなのです。そうですよね、クウちゃんさん」
「あ、うん……。はい……」
くうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!
クウちゃんだけにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!
今日の私はなんという不覚!
不覚ばかりではありませんかぁぁぁぁ!
よりにもよって、ボンバーごときにフォローされてしまうとはぁぁぁぁぁ!
とはいえボンバーのいう通りなので蹴ることもできない。
「すごいね、ファー。今はホント、ただのクマギャグシリーズの一環だから気にしないで」
私は認めるしかないのでした。
「ありがとうございます。さらに精進します」
「でもこれは、アレだね。むしろこのままでも売れそうだよねえ」
うん。
クマの女の子は、これはこれで精霊ちゃんぬいぐるみに匹敵するくらいに可愛い。
偶然の産物とはいえ、良い仕上がりだ。
エミリーちゃんとバルディノールさんも見に来た。
「うわあ! 可愛い! これってクマのクウちゃんだねっ!」
「うむ。クマというのが、実にクウちゃんさまには合っていますな」
「だねー」
エミリーちゃんとバルディノールさんが、実に朗らかに笑う。
「ははは! 普段は優しいのに怒ると凶暴なところとかは、まさにですね!」
それにボンバーが同意して笑う。
「おーい。みんなー、それってほめてるのー」
私は一応抗議したけどね……。
はい。
今日に関しては、あまり強く追求もできず、流されてしまいました。
「皆さんにお気に入りいただき、嬉しいです。私も実は、これは良いのではないかと思い、持ってきてしまいました」
ファーも肯定的に捉えたようだ。
まあ、うん。
私も大人になろう。
「そかー」
私はあきらめて一緒に笑った。
今日のところは、みんなが楽しそうならそれで良しとしておこう!




