1302 閑話・エミリーのさんぽ道
わたし、エミリーは今、とても肩身の狭い思いをして、帝都の大通りを歩いています。
「はい……。わたしはふわふわ工房で働かせていただいておりまして……」
素性を聞かれて答えようとすると――。
「がはははは! エミリー殿、我らは共にクウちゃんさまに仕える者同士! そのような堅苦しい言葉は不要ですぞ!」
それを遮って、地鳴りのように響く低くて大きな声で、となりを歩く土の大精霊バルディノール様が言いました。
「ふふ。そうですね。クウちゃんだけに、くう、ですよ」
さらにとなりを歩く、ボンバーさんが同意します。
2人は、これは体の大きさから仕方のないことではあるのだけど、まさに道を占領するように歩いていて、かなり目立っています。
みんな、避けていきます。
わたしは今、筋肉の壁に挟まれて今にも潰されそうな感じで歩いているのです。
物理的にも狭いです。
「むむ? それは何かな、ボンバー殿」
「バルディノール殿は、クウちゃんさんの下僕なのでしたな?」
「然り」
「それならば、お伝えして問題はありませんね。いいでしょう」
「あのお、ボンバーさん」
わたしはなんとか勇気を出してボンバーさんの言葉を遮りました。
「なんですかな、エミリー殿」
ボンバーさんが、満面の笑顔でわたしを見下ろします。
ボンバーさんは紳士で、身だしなみはしっかりしているし、まだ若いのに一流の冒険者として成功しているヒトで……。
さらにふわふわ工房の大切なお得意さんだけど……。
正直、ほんの少しだけ暑苦しくて……。
わたしは、ほんの少しだけだけど、ほんの少しだけ苦手です。
「また怒られますよ……? 蹴られますよ……?」
でも私は頑張って、ちゃんとボンバーさんの笑顔に目を向けて言いました。
クウちゃんだけに、くう。
その言葉を、クウちゃんは嫌ってはいないけど……。
むしろ大好きだと思うけど……。
無闇に使われるのは、本当に嫌がっています。
特にボンバーさんとか、ロックさんとか……。
セラちゃんについては、もうあきらめて受け入れている様子だけど……。
「ふふ。エミリーさん。クウちゃんさんの蹴りは、愛なのですよ。怒りではありません」
うわぁ!
わたし、注意したつもりなのに……。
なぜかますます眩しいくらいに明るい笑顔を向けられましたぁぁぁぁ!
「ボンバー殿も蹴られて目覚めたクチかね?」
「というとバルディノール殿も?」
「うむ。我もクウちゃんさまに蹴られた身よ。我は、己の力には自信を持っていたが、手も足も出ずに蹂躙されたわ」
「はははっ! それは幸運でしたね。クウちゃんさんの蹴りは、愛。蹴られれば蹴られるほど強くなるのです」
ボンバーさんは曇りのない声で言いました。
いえ、ちがいますよ……?
クウちゃんは本気で本当に嫌がっているんだからね……?
わたしは言いました。
心の中でだけ。
ボンバーさんの笑顔が眩しすぎて、つい躊躇してしまいました……。
「では我も、言わねばなるまいか。クウちゃんだけに、くう」
「ええ。帰ったら一緒に言いましょう!」
「やめようね!?」
わたしは反射的に叫んだ!
だって、うん!
さすがのクウちゃんも、きっと発狂しちゃうよ!
筋肉のかたまりみたいな2人に、クウちゃんだけになんてされちゃったら!
「ボンバーさんは、前にセラちゃんに言われたよね! それは聖なる言葉だから迂闊に使ってはいけないって! 約束したよね!?」
「う。そうでしたぞ……」
「バルディノールさんもダメですからね!? 本気で怒られますよ!」
「そうであったか。これは失礼を」
よかったぁぁぁぁ!
2人とも、ちゃんとわかってくれたみたいです。
でも……。
わたしは油断せず様子を見ました。
なにしろこれがセラちゃんなら、確実に変な方向に暴走するところです。
だけど2人は、セラちゃんよりはマシみたいでした。
聖なる言葉の話は、キチンとおわりました。
本当によかったです。
「それにしてもエミリー殿は、その若さでクウちゃんさまからの信任を得、クウちゃんさまの工房を任されるとはたいしたものよの」
「いえー。わたしなんてまだまだです」
謙遜しつつもわたしは、誇らしい気持ちでいっぱいになる。
わたしの襟には、クウちゃんからもらった宝物がある。
工房の正式な一員の証。
羽の社章。
それはわたしの誇りだ。
「しかも、土の魔力持ちですな」
「あ、はい……。そうです……」
やっぱりクウちゃんがバルディノールさんを連れてきたのは……。
わたしと契約させるためなんでしょうか。
前に、自分の属性の精霊と契約した方がいいという話があったのは覚えています。
クウちゃんとの契約は、てきとーなものだから、と。
実際、水の大精霊の加護を受けたスオナさんは目に見えて魔力を増しました。
それはクウちゃんと契約しているわたしやアンジェちゃんには、なかったことです。
「しかもその若さで、その魔力。凄まじいものですな」
それでもわたしは、たくさんの特別な訓練を受けてきたので……。
バルディノールさんの言う通り、すでに並以上なのだけど。
今すぐにでもプロの魔術師としてやっていけると多くの人に言われて、将来は最高の待遇で迎えたいという話も出ている。
中央魔術師団とか、公爵家のお抱えとか、大商会の魔術顧問とか……。
「なるほど」
わたしを見て、バルディノールさんが何かを理解したようにうなずいた。
なんだろう……。
わたしは気になってたずねようとした。
ただ、その前にバルディノールさんは口を開いてこう言った。
「エミリー殿も、蹴られに蹴られたというわけですな」
「ですな」
ボンバーさんがうなずく。
「ちがうからね!?」
あーもう!
クウちゃんのことをどう思っているのか!
このヒトたちは本当に!
この後わたしは、2人を広場のベンチに連れて行って――。
2人を座らせて――。
と思ったけど大きすぎて座れなかったので芝生に座ってもらって――。
わたしは前に立って――。
それでもわたしより、2人の方が大きかったけど。
たっぷりと!
クウちゃんが、どれだけすごくて優しくて友達想いなのかをわからせてあげた。




