1300 ファーの願い事
「ねえ、そういえばボンバーは?」
お店からいったんお客さんがいなくなったところで、私はファーにたずねた。
「はい。エミリーに連れられて、マスターのお客様と共に帝都観光に行かれたようですが」
「え。あ、そうなんだ」
どうりでお店に戻って来ないわけだ。
レジ作業が忙しくて、よくわかっていなかったよ。
私は、巨大な筋肉のかたまりに挟まれて歩くエミリーちゃんを想像して……。
一瞬……。
大丈夫かなぁ、と、心配になったけど……。
よく考えれば逆に大丈夫か。
ボンバーとバルディノールさんに喧嘩を売るヤツなんて、よほど権力に溺れたバカ貴族でなければいないだろうし。
「んー! それにしても、久しぶりの仕事は疲れたー!」
私はカウンター席に座ったまま背伸びをした。
するとファーが近づいてきて、私の手元のテーブルに目を向ける。
「どうしたの、ファー?」
「はい、マスター」
「どうしたの? いいよ?」
何やら言いにくそうにしているので、笑顔で促してあげると――。
「はい――。売れた商品については、こちらの仮帳簿に、品名と個数、金額のご記入をお願いできればと思いまして」
「え。あ」
見ればテーブルには仮帳簿が置いてあるね……。
規則正しく数字と文字で色々と書かれた……。
「えっと」
何が何個売れたんだっけ……。
ぬいぐるみが、いっこ、にこ、さんこ……。
たくさん……?
指折り数えて――。
私は混乱した!
「私が記入してよろしいでしょうか?」
「あ、うん。お願い」
ファーがさらさらとすべて書いてくれた。
ちゃんと見ていたようだ。
「ありがと」
「マスターの聡明を極めた天才の頭脳に、このような些事など入り込む余地のないことを考慮するべきでした。大変に失礼いたしました」
なぜか私、謝られました。
しかもファーの言葉に、まったく嫌味は感じられなかった。
本気で言っているのかな……。
私は聞きたかったけど、やめておいた。
うん。
気にしないでおこう!
私は天才!
それでいいじゃないか!
いいよね!
「それにしても、ファーと2人なのも久しぶりだねー」
「はい、マスター」
「何か困ったことはある?」
「いえ。ありません。エミリーたちと、日々、楽しく過ごしております」
「そかー」
楽しいという感情があるのは素晴らしいことだ。
ファーは本当に進化したんだね。
「ただ……」
「どうしたの?」
「いえ、その」
言いにくそうにするから、何か深刻な事態でもあるのかと思いきや。
「姫様ロールや姫様ドッグというものは、美味だそうですよね……」
「もしかして食べてみたいの?」
たずねると、恥ずかしがりながらもコクンとファーはうなずいた。
「なんだそんなことかー。もっと深刻なことかと思ったよー」
私は、つい気軽に笑ってしまったけど――。
「あ、ごめん。違うよね。そりゃ、食べてみたいよねえ……」
感情の生まれたファーには真面目な悩みだよね。
笑っちゃいけなかったよ。
「……ねえ、ファー。久しぶりに私のアイテム欄の中に入ってみる? そうすれば、何かわかるかも知れないし」
進化後のファーは、当然ながらアイテム扱いをしていない。
フラウとヒオリさんと共に2階に部屋をあげて、ヒトとして暮らしてもらっている。
夜は自分の部屋で寝て、私のアイテム欄には入らない。
ファーの場合、正確には睡眠ではなくて大気中の魔素を効率よく取り込む待機状態になるだけなんだけど、私たちはそれを寝ると呼んでいる。
なので本当は、このまま調査してあげられるといいんだけど……。
悲しいかな私にその知識はない。
私にできるのは『ユーザーインターフェース』を通じて、ゲーム的に拡張できる項目がないかを確認することだけだ。
「はい。お願いします。できるのなら、私も食事というものを楽しんでみたいです」
ファーは迷うことなく話に乗ってきた。
「うん。わかった」
私は快く了承した。
幸いにもお客さんが途切れていたので、早速、やってみることにする。
まずはお店を閉めて――。
お客さんにはごめんなさいだけど、多分、短時間のことなので許してください。
「じゃあ、ファー。目を閉じて、力を抜いて」
「――はい」
自我を有してから初めてのアイテム欄入りとあって――。
ファーは緊張した様子だった。
まあ、でも、大丈夫のはずだ。
アイテム欄に入れたからといって、せっかく付けた属性が消える仕様はない。
私はファーをアイテム欄に入れた。
目の前からファーの姿が消える。
かわりに『ユーザーインターフェース』のアイテム欄に、ファーのアイコンが現れた。
早速、アイテム情報を確かめる。
ファーのアイテム名は、以前はアイアンゴーレムだった。
だけど今はヒューマノイドとなっていた。
ヒューマノイドの文字を注視すると、説明文がポップアップされた。
ヒューマノイドは、人型ゴーレムの進化形態。人間に近い外観と思考を有するが、あくまで人造人間である。
アタッチメントによって、様々な機能を追加することが可能。
「あー。これはあれかー」
私はこの時点で、現在のファーの状態を理解した。
今、画面に出ている説明は、VRMMO「グレアリング・ファンタジー」に存在したフェローのシステムそのままだ。
フェローは、プレイヤーが連れて歩くことのできるパートナー冒険者。
ソロ活動を補佐するNPCだ。
アタッチメントによって様々な役割を与えることができる。
戦闘用のものを付ければ剣士にも魔法使いにも、生活用のものを付ければ釣り人にも生産人にもすることができた。
私は、ほとんど使っていなかったけど……。
なにしろ私はハイプレイヤーで、攻略はエンドコンテンツ中心だった。
フェローは、いくら強さが十分でも、ギミックを解除する等のコンテンツ攻略に必要な動きはできなかったのだ。
それがプレイヤーとの決定的な差だった。
私のフェローは、ネル・マイヤという名前の精霊族の女の子だった。
私の妹設定でね……。
私と同じ空色の髪で……。
妹だから少し小柄で……。
表情は、普段から目が半分閉じているような感じで……。
寝ていることが大好きな子で……。
ぼんやり系の妹として申し分なく作った。
だけど、うん……。
メイン武器のショートソードと習得可能な全魔法は、ちゃんと頑張ってスキルの限界値まで育てたけど……。
キャラクターレベルもカンストまで上げたけど……。
その後は、放置してしまった。
完成させて満足してしまったのだ。
ごめんよ……。
まあ、うん。
ネルは寝ることが大好きな設定の子だったし、逆に寝ていられて喜んでくれていたのかもしれないけど……。
ともかくファーは、そのフェロー扱いのようだ。
「なんにしても、それならあるよね……」
私はリストをたどって……。
見つけた!
食事能力:食事の摂取によるエネルギー補充を可能とするアタッチメイト。
1300話です! 最近すっかり不定期になって恐縮ですが、
ついにここまで来ました\(^o^)/
お付き合いくださり、ありがとうございます!
今後ともよろしくお願いします!
3月には漫画の1巻が出る予定です!
近づいたらあらためて宣伝しますが、そちらもよかったらお願いします!




