13 初めての戦闘
焚き火用に集められた木々の中から、手頃な枝を手に取る。
ヒュンと振ってみる。
うん。
ちょうどショートソードの長さだし、簡単には折れないくらいの硬さもある。
とりあえずはこれでやってみよう。
殺し合いをするつもりはないしね。
問題なのは相手のレベルだ。
楽勝だとは踏んでいる。
何しろクウは世界最強クラスの冒険者だった。
そのクウのまま私になって、そのクウのまま動くことができている。
万が一、格上だったらどうしようか。
まあ、どうにもならないか。
その時はその時だ。
アシス様に大声で泣きつこう。
助けてくれるかも知れないし。
「みんな、ちょっといい? ちょっとこっちに来て」
私はみんなを空き地の奥に呼び寄せた。
「どうしたー?」
「また何かしてくれるの?」
みんな来てくれる。
再開していた宴会がまた止まって、場が少し静かになった。
すると馬の足音が聞こえる。
馬に乗った10人の兵士と1人の貴族が現れた。
全員、技能『戦力差確認』の効果でオーラをまとっている。
この技能は、自分と敵対関係にある相手とのレベル差を教えてくれる。
敵が自分より強ければ赤。
互角なら白。
敵が自分より弱ければ緑。
兵士たちと貴族は、全員、濃い緑のオーラをまとっている。
油断大敵だけど、ひと安心。
私のほうが圧倒的に格上ということだ。
貴族が馬上から空き地を見回す。
いかにも育ちがよさそうで、いかにも人を見下すことに慣れていそうな男だった。
前髪を切り揃えたマッシュルームカット。
いやらしく歪んだ目と口と高く伸びた鼻。
うん、あれだ。
典型的な貴族のボンボンだ。
「おい」
貴族の指示で、兵士の一人が同乗させていた男を投げ落とす。
落とされた男は私たちに向けて頭をついて謝った。
「すまねえっ! どうしても金が必要だったんだ! 早く金を返さないと家族が連れて行かれちまうんだ!」
「なんだ? どうしたんだ、トム」
オダンさんが戸惑ってたずねる。
「この男が素晴らしい情報をくれたのだよ。ここにいるのだろう? 高度な癒やしの魔術を使う者が」
「……トム、おまえ」
「すまねえっ!」
「いいからこちらに寄越せ。私が面倒を見てやる」
「……ねえ、あれって誰?」
私は小声で、近くにいたエミリーちゃんのお母さんにたずねた。
「……ご領主、男爵様の息子だよ。名前はフロイト。そんなことより逃げなさい。――エミリー」
「……うん。わかってる、お母さん。クウちゃん、来て」
エミリーちゃんが私の手を引っ張る。
「え、いいよ。べつに」
ここで私が逃げれば、みんなに迷惑がかかるよね。
「ダメだよ。あいつに目を付けられたら、酷い目に遭わされるんだから」
「早く出せ、平民どもが! この私に逆らってタダで済むと思うなよ!」
フロイトが金切り声をあげて、剣をこちらに向けてくる。
「はっ。クソくらえだ」
オダンさんが吐き捨てて、丸太を担いで前に出ていく。
それに続いて他の男の人たちも歩いた。
「いい加減こっちも、てめぇにはうんざりなんだよ」
「どこまで好き放題すれば気が済む気だ、このキノコ頭」
「恩人を渡すわけねぇだろうが。死にさらせ」
近所の人たち、みんな兵士と戦う気まんまんだ。
兵士も槍を構えた。
「あー待って待ってー。私でーす。私が可愛い精霊さんでーす。だから喧嘩するのはやめてねー」
「クウちゃん! 来るな!」
「いいから、オダンさん。ここは私に任せて」
よっと。
私は、ひとっ跳びでフロイトの前に出た。
「ほう、おまえか。まだ幼いが美しいではないか。それに見たことのない髪だな。ハイエルフか? 私が保護してやるから今後の生活は安泰だぞ、感謝しろ。それで魔術を使うというのは本当か?」
「見たい?」
「見せてみろ」
「筋力弱体」
ごめんね。しばらくすれば解けるから。
私は馬に緑魔法をかけた。
途端、馬は足の力を無くして倒れる。
乗っていたフロイトは落馬だ。
「どう?」
「きっ、貴様ぁぁぁ! 捕えろ! こいつは犯罪者だぁぁぁぁぁ!」
フロイトの命令で兵士たちが動いた。
馬上から私を拘束しようと、槍の柄を突き出してくる。
私は、その攻撃をかわしつつ跳躍して、兵士の首を枝を突いた。
兵士たちは制服姿だった。
防具は身に着けていない。
なので首は無防備。
たかが枝でも、余裕でダメージは与えられる。
ひとり!
ふたり!
さんにん!
数えつつ全員の首を突いた。
少し強く突きすぎたのか、4人がよろめいて落馬した。
「ごめんね、大丈夫? 手加減って難しいね」
クウとして培ってきた戦闘経験は私の中にしっかりと存在している。
余裕だった。
「何をしている! 馬から降りて、押し潰して捕らえろ!」
フロイトの命令で馬から降りた兵士たちが、一斉に押し寄せてくる。
だけど簡単にかわせる。
枝を振るって、突いて、思うままに攻撃もできる。
まさに精霊第一位。
対人戦ランキング上位者の私だ。
町のみんなが殴りに来てしまったら面倒なことになっていたけど、みんなポカンと見てくれている。
やがて、疲労とダメージの蓄積で兵士たちの動きが鈍くなった。
私が足を止めても、誰も攻撃してこなくなる。
そろそろいいか。
実は私には作戦があった。
「麻痺、麻痺」
緑魔法『麻痺』は、指定した対象を最大5体まで麻痺させる魔法だ。
5×2で10。
兵士全員から体の自由を奪って転倒させる。
ここで満を持して。
装備、抜剣。
精霊専用、青い光を放つ神話武器『アストラル・ルーラー』を夜空に掲げる。
ああ、見飽きることのない美しさ。
私の愛剣。
こっちの世界に持ってこれて本当によかった。
アシス様ありがとう!
ふふふ。
みんなも見惚れておるわ。
注目の集まったところで、私はフロイトの前に立つ。
切っ先を突きつける。
「な、なんだ貴様……!」
未だにフロイトは強がっていたけど――。
ここで私は武技を発動した。
『アストラル・ルーラー』が2つの青い光の軌跡を一瞬で描いた。
ダブルスラッシュ。
左右からの連続2回攻撃だ。
狙いはフロイトの剣。
派手に破壊して、フロイトの戦意を喪失させるのが狙いだ。
攻撃が命中。
フロイトの剣が塵となって消える。
加えて、フロイトの衣服までもが同じように散った。
なんと。
これには私が驚いた。
私は手元の『アストラル・ルーラー』を見つめる。
剣が私の意を汲んでくれたのだろうか。
疑問に思うと、剣がうなずくように輝きを増した。
汲んでくれたのだ。
神話武器は知性ある武器であり、使用者の意を汲んでその力を発揮する。
ゲームでは、もっと早く、もっと強く! 突けぇぇぇぇ! と命じて、剣はそれに応えてくれていたものだった。
おそるべし、我が相棒よ。
神業なんてレベルじゃない気もするけど、まあ、うん。
さすがだ!
「い、今のは……。な、何なんだ……」
下着一枚の姿になったフロイトが、自分から尻餅をついて倒れる。
しっかり怖気づいてくれた。
「黙れ。無礼者」
私は言葉遣いを変えた。
「何だと……」
「――貴様、先程から誰に何の口を利いている?」
できるだけ凄みを利かせて私は睨む。
まあ、可愛らしい小娘ですし、限界はありますが。
「貴様、この私を知った上で、その不敬を働いているのであろうな? これは男爵家の総意と見てよいのであろうな?」
「な……」
そう。
私には必殺技があっのだ。
服の下にかけていたペンダントを取り出し、見せつける。
「まさかそんな……。それは帝室の紋章……。しかし、その髪はエルフの……」
「変装だ」
「へ、変装……」
そう。
これこそ日本人の伝統奥義!
「この紋章が目に入らぬか! 頭が高い! 控えおろう!」
「は、ははーーーーーーー!」
決まった。
そして。
やってしまった……。
うん。
これ実は、効果あるかなー。
やったらすごいことになるかなー。
なんて、旅の中で考えていたんだ。
だって、ロマンだよね。
日本人の。
見れば、フロイトだけでなく、
オダンさんやエミリーちゃん、麻痺の解けた兵士たち。
みんな平伏している。
ああ……。
イキってしまった……。
恥ずかしい。
でも、キチンと始末はせねば。
「男爵家フロイト! 其の方、貴族の権威を笠に町で狼藉を繰り返し多数の被害をもたらしたこと断じて許しがたし!
民の幸せこそ第一に守るべき帝国貴族の名誉を失墜させしこと万死に値する!
謹慎せよ、追って沙汰を下す!」
「ははーーーーーーーーーーー!」
もはやこれまで。
は、してこず、フロイトは頭を下げ続けた。
し、しかし。
ヤバい。
ここからのことを考えていなかった。
ここまではね、うん。
計画通り!
なんだよ。
だけど。
もちろん私に沙汰を下す権利なんてない。
うん。
ないよね。
どうしよう!
困った!
このまま普通に立ち去っちゃおうかな……。
それでエンディング。
フロイトには、ずっと沙汰を待っていてもらおうかな……。
と、自棄気味に思っていたら。
「姫様」
――不意に。
いきなり、声がかかった。
見れば脇に、黒装束の獣人女性が片膝をついて控えている。
いつの間に!
「これより先は我にお任せを。
帝都に連絡を取り、然るべき処置を取らせて頂きます」
「うむ。よきにはからえ」
ごめん!
これ以外に言葉が見つからなかった!
「はっ!」
銀色の尻尾を一瞬だけきらめかせ、黒装束の女性は消えていった。
忍びだ。
忍者だ。
というか、何者だ?
わけがわからないけど、助かったぁぁぁぁぁぁ!
この後、すごすごと帰っていくフロイトを見送り、いつの間にか逃げ去っていた裏切り者のトムは放っておいて。
私は町のみんなに笑いかけた。
「さ、宴会を再開しよ」
「お、おう……?」
オダンさんがうわずった声をもらす。
「ねえ、クウちゃん。クウちゃんっておひめさま?」
「ううん。まっさかー」
帝国のお姫様はセラ。
私ではない。
あ、でも、精霊姫だったか。
まあ、いいや。
「でも、さっきの人、おひめさまっていったよね?」
「誰かと間違えたんじゃない?」
「なあ、クウちゃん、さっきのペンダントは……?」
オダンさんがためらいがちにたずねてきた。
「あれはホントに私のだよ。ちゃんと皇帝陛下にもらったやつだから問題なし」
「もらったって……」
「偶然だったんだけど、本当のお姫様を助けたことがあってね」
「そうなのか……。すごいな」
「だから私、べつに貴族とかじゃないよ? さっきは、バカ貴族をビビらせるために偉そうにしてみたけど」
「……はは。すごい演技だったぞ」
「でも、なんか忍びな人も出てきたし、バカ貴族は裁かれると思うよ」
「知り合いじゃないのかい?」
「ぜんぜん知らない人。誰なんだろうね」
「そ、そうか……。しかし、強いんだよな、クウちゃん」
「一人旅も余裕でしょ?」
「もー! お父さん! クウちゃんはわたしがおしゃべりするのー!」
「はいはい。悪かったな」
「さーさー、宴会を再開しようよー!」
私は手を叩いて笑った。
しばらくして、空き地にはまた笑い声が戻った。
私はエミリーちゃんとアレコレおしゃべりをして、それからオダンさんの家でエミリーちゃんと一緒に寝た。
朝。
パンと水を出してもらって、いただく。
お礼をしてお礼をされて。
お弁当にとパンをもらって。
さあ、出立だ。
外に出ると、昨日のみんなが見送りに来てくれていた。
裏切り者のトムは……
ボロボロの姿で奥さんに連れられてきていた。
家族揃って土下座してくる。
仕方がないので許してあげた。
もう二度と人を売っちゃダメだからね?
もらったお金も渡そうとしてきたけど、断った。
もういいから、家族を助けなよ。
「ねえ、もうちょっとだけここにいない? もっと遊ぼうよー!」
エミリーちゃんが抱きついてくる。
「ごめんねー。私も仕事なんだー」
「やだー!」
「魔術の本が手に入ったら、ちゃんと持ってきてあげるから」
昨日の夜、そういう約束をした。
魔術の本って高そうだからすぐには無理だろうけど、せっかく覚醒したんだから夢を叶えてあげたい。
エミリーちゃんも、苦手な読み書きをもっと頑張ると張り切っていたし。
「……また来てくれる?」
「うん」
「ほんと?」
「うん。すぐには来れないけどね。私、帝都で工房を開くし」
「昨日も言ってたね。いろいろ作って売るんだよね? 今は素材を集める旅をしているんだよね?」
「うん。そう。ふわふわ美少女のなんでも工房、オープン準備大作戦!」
「……遊びに行ってもいい?」
「いいよー」
「やったー! なら、また絶対に会えるよねっ!」
エミリーちゃんが笑顔で私から離れてくれた。
「オダンさんもおばさんも元気でね」
「ああ。そっちもな」
「娘のこと、本当にありがとうね。旅の無事を毎日お祈りするわ」
「ありがとう。9日間だけお願いします」
では。
「みんなもまたねー。行ってきまーす!」
近所の人たちにも手を振って、私は元気に歩き出した。
「せいれいさん、ばいばーい!」
「せいれいさん、またねー!」
「頑張ってこいよー!」
「ありがとなー!」
「魔術師様、カッコよかったぜー!」
「宴会、楽しかったなー! また来いよー!」
とんがり山はまだ遠いけど。
天気は良好。
爽やかな朝の空気が気持ちいい。
足取りも軽い。
今日もしばらく歩いて行きますかー!