1299 運命の出会い!? 筋肉と筋肉!
バルディノールさんを連れて行くのには、実は少しだけ打算もあった。
エミリーちゃんのことだ。
エミリーちゃんは、土の魔力を有している。
なのでバルディノールさんとの縁は、きっとエミリーちゃんの将来にとって、大きな糧となるに違いないと思ったのだ。
エミリーちゃんは今のところ……。
遊びで結んだ私との超テキトーな契約を大切にしてくれていて……。
他の精霊と縁を結ぶことは考えもしていない様子だけど……。
それは、うん……。
正直、嬉しいことではあるんだけどね……。
ただ、これは悲しいことに、私との契約には大した力がない。
なにしろテキトーなのだ。
他の精霊と契約した時みたいに、大自然から強大な力を引き出せるようになるわけではない。
私との契約は……。
私の存在を、たとえ私が『透化』していても感じられるようになる――。
ただそれだけの、薄くて細い糸のようなものだった。
私自身、契約したからといって、セラやアンジェやエミリーちゃんの存在を特別なものに感じているわけではない。
3人の存在感は、他のみんなと同じだ。
私は強い。
はっきり言って最強かも知れない。
精霊姫にして全属性を有している唯一無二の存在だ。
だけど、その圧倒的な力を大自然につなげて、契約者にもつなげるような力は、残念ながら有していないようなのだ。
それが私、ゲーム世界からコンバートしてきたクウ・マイヤという精霊の、この世界に住まう精霊たちとの差異なのだろう。
そう考えるのが、しっくりくる答えだった。
いや、うん。
正確に言うと、なくはない。
たとえば、クウちゃんだけに、とか……。
くうくう言うことで、力をつけている親友が1人だけいるのですが……。
でも、うん。
それはあまりにあまりになので、除外させていただくのです……。
なので……。
できればちゃんと、エミリーちゃんには土の大精霊と縁を結んでほしいと思う。
アンジェはキオと。
まあ、うん。
アンジェはキオと、というのは……。
アレだけども……。
うん。
押し付けたいだけなのですが、正直なところを言うと……。
まあ、アンジェのことは、とりあえずいいや。
今はエミリーちゃんとバルディノールさんだ。
どうなるかはわからないけど、ともかく工房に連れて行って合わせてみよう。
すでにお店は開いている時間だ。
エミリーちゃんも出社して、お店にいることだろう。
というわけで。
私はふわふわ工房に戻った。
のだけど……。
「これは……。私にはわかる……。わかりますよ……。貴方はまさに筋肉。世界に数名いると言われる伝説のマッスルマスターの1人ですね……!」
「ふむ。それが何のことは我にはわからぬが、其方もよい筋肉をしておる。ニンゲンの身でありながらよく鍛えているようだ」
「それは嬉しいお言葉です。このボンバー、素直に喜ばせていただきます」
「其方はボンバーというのか。我はバルディノールである。我が名を覚えておくこと、特別に其方には許そう」
なんか店にいたボンバーと出会って秒速で意気投合している!
わははは!
お互いに笑い合ったぁぁぁぁぁ!
それをエミリーちゃんはニコニコと笑顔で見ている。
しかし私にはわかる。
なにしろ、それなりに長い付き合いだ。
あ!
ボンバーの腕が、近くでぬいぐるみを見ていた若い女の子のお客さんに触れかけた!
女の子はビクッとして転びかけて――。
でもなんとか転ばずに済んだけど、そのままお店から逃げていった!
「……ごめんなさいね、エミリーちゃん。また来るわね」
「はい。ありがとうございました」
エミリーちゃんは礼儀正しくお見送りして、ますますニコニコとした笑顔で私に言った。
「店長、そちらのお方は?」
はい。
うん。
言われなくてもわかる!
応接室へどうぞ!
だよね!
他のお客様の邪魔なりますので、だよね!
なにしろお店には、女性のお客さんが何組も来ている。
その中で豪快に笑うボンバーとバルディノールさんは、邪魔なんてものではない。
しかし、バルディノールさんはエミリーちゃんと会わせるために連れてきたのだ。
「あ、えっと、こちらの人はね」
私はなんとか取り繕おうとしたけど――。
「ではボンバーよ。早速やるかね」
「ほほお……。それはまた。よいでしょう! お相手しましょう!」
ボンバーがいきなり服を脱いだ。
バルディノールさんもいきなりタンクトップを脱いだ。
ファーが静かにお店のドアを開けた。
ファーの動きはこのあたり、ボンバーズのメンバーから学んだのだろう。
面倒なお約束だし……。
私は蹴った。
いきなりお店の中で取っ組み合おうとした筋肉たちを、容赦なくお店の外の通りに。
「失礼いたしました」
店内にお辞儀をして、ファーがドアを閉める。
「……あの店長、今の方は、まさかとは思うのですが魔術師ですか? しかも一流の」
エミリーちゃんが私に言う。
「あーうん。そうだねー」
お客さんもいるので、まさか大精霊とは言えない。
「一流の方には個性的な方が多いんですね……。やっぱりあれくらいの自己主張がないとダメなんでしょうか……。私も頑張らないとですね……」
「真面目に言うけど、そっちの方向には頑張らなくてもいいからね?」
「そうですか……。そうですよね……」
「いや、うん。ホントにね? ……で、ボンバーは何をしに来ていたの?」
「はい。商隊護衛で必要になる消耗品や備品の注文をいただいていました。次はトリスティンにまで行くそうです」
「へー。すごいねー」
ボンバーズは、まずはボンバーがシャルレーン家の人間で信用があるし、メンバーも学院の卒業生が中心でこちらも信用度が高い。
さらにはすでに多くの仕事をこなして、実績も作っている。
護衛依頼は、ひっきりなしに来ているようだ。
今、帝都で一番に勢いがある冒険者クランと言ってもいいくらいだろう。
私の知り合いだと、サクナがメンバーとして、アヤが事務員として、ボンバーズに入りたいなぁなんて言っているし。
それにしても、どうするか。
ふむ。
「ねえ、エミリーちゃん、ひとつ、お願いしてもいいかな?」
「はい。なんでしょうか?」
「外でノびている筋肉のかたまりを起こしてさ、帝都の案内をしてあげてくれないかな」
「え。私がですか?」
思いっきり嫌そうな顔された。
まあ、うん。
わかるけど!
「実はあのヒト、バルディノールっていうんだけど。……土の大精霊なんだよ」
私はエミリーちゃんをお店の隅に引っ張って、小声で伝えた。
「えー!?」
思わず声をあげて、エミリーちゃんはあわてて口を押さえた。
「エミリーちゃんに学べることは多いだろうと思って連れてきたんだけど、お店の中では無理がありそうだからさ」
「でも今日は、フラウさんもヒオリさんもいませんし……」
「私がいるからいいよ」
「……店長はいろいろとお忙しいですよね?」
「ほとんど片付いたから、実は今は、けっこう暇なんだよ」
「えっと……。でも……」
「いい経験になると思うから。お願いね?」
「はい……。わかりました……」
戸惑いながらもエミリーちゃんはうなずいてくれた。
念の為、エミリーちゃんには厳重に防御魔法をかけておいた。
これで平気だろう。
「じゃあ、行ってきます」
「うん。お店のことは任せておいてー」
エプロンを置いて、エミリーちゃんがお店を出ていく。
あとは、うん。
若いヒトたちにお任せしよう。
私は久しぶりに、店番を頑張るとしますかー!




