1294 閑話・精霊は試練を受ける
「皆、クウちゃんさまは今、面白いことをしたのです。面白いことをされたらどうするのか、ちゃんと考えて対応するのです」
シャイナリトー様のその声で、私はハッと我に返りました。
いけません!
私は瞬間、今、何が起きていたのかを理解しました。
今のは芸!
すなわち笑う場面だったのです!
「あははは」
私は急いで笑いました。
まわりにいたみんなも、慌てて笑います。
私は精霊。
なんでもない中級の火の精霊です。
今日は他の皆と共に、新女王の挨拶会に参加しています。
新女王は……。
伝説にある通り、苛烈なお方でした。
サラマンディア様やバルディノール様を赤子のようにあしらうどころか――。
嬉々としていたぶって――。
今度は私たちに、挨拶や笑いを強要してきます。
「「「あははは。あははは。あははは」」」
私たちは頑張って笑い続けました。
いつまで笑っていればいいのでしょうか。
と思ったところで……。
やめてよし、というように、シャイナリトー様が片手を上げてくれました。
私たちは笑うのをやめます。
次は何を命令されるのか……。
私たちは固唾を飲んで、新女王――ではなく、クウちゃんさまのお言葉を待ちます。
「じゃあ、次はみんなね。順番にお願い」
クウちゃんさまが愛想良くニッコリと言いました。
私は戦慄します。
その笑顔の意味はすでにわかります。
逆らえば――。
いいえ、それだけではなく、失敗すれば半殺しにされるのです。
そもそも何をすればいいのかもわかりません。
私たちが困惑していると――。
「――それは我にも面白いことを言え、と?」
私たちを代表して、バルディノール様がクウちゃんさまに質問しました。
「自己紹介だけでもいいよー。面白いことは難しいし、強引にやらせることではないしねー」
よかったです。
私はホッとしました。
自己紹介だけなら、なんとかなりそうです。
「では、某から」
バルディノール様が少し浮き上がります。
まあ、はい。
バルディノール様は巨体なので、浮き上がらなくても最初から抜き出てはいましたが。
「某はバルディノールと申す。正直、眉唾ではあったが、今にも伝わる女王陛下のお力、しかと拝見させていただいた。謹んで頭を下げる」
バルディノール様が、深く丁寧にお辞儀をします。
その後、さらに言いました。
「岩が、言わん」
そして、バルディノール様は列に戻りました。
私にはわけがわかりませんでした。
最後の言葉は、いったい、なんだったのでしょうか……。
「岩が、言わん。か。うん、いいね」
クウちゃんさまが笑顔を見せます。
「い、今のはまさかなの……! バル、ギャグだったなの!?」
イルサーフェ様が驚きの声を上げます。
「うむ」
バルディノールさんは肯定しました。
「す、すごいなの……。イルはバルのギャグなんて初めて聞いたのなの! あまりのセンスにイルはこう言わざるを得ないのなの!」
宙に浮いたイルサーフェ様が自分の手で自分の目を隠して言いました。
そして言います。
「水が、見ず! なの!」
なるほど、ダジャレですね、私にもわかります。
「おー。イルもいいねー!」
クウちゃんさまは満足されたようです。
笑顔で拍手をしました。
私たちは、尚もポカンとしていましたが……。
シャイナリトーさまが真顔のまま、「あははは」と言って――。
そうです!
笑わないと!
「「「あはははは。あはははは。あはははは」」」
私たちは頑張って声を出しました!
こうして、私たちの自己紹介は始まりました。
みんな、バルディーノ様とイルサーフェ様に倣って、一言、自分の属性に合わせたダジャレを付け加えます。
サラマンディア様の時には本当にヒヤヒヤものでしたが――。
気位の高いサラマンディア様も「炎が、ほのった……」とつぶやくことで拍手をいただくことができました。
私の番も来ましたが――。
「火が、ひひ、と笑いました……?」
という我ながら謎のダジャレで、なんとか乗り切ることはできました。
正直、火の組は不利です。
水や風や土と比べて、明らかにダジャレの難易度が高いです。
やがて全員の挨拶がおわります。
「みんな、よかったよ! これからよろしくね!」
最後にクウちゃんさまが言いました。
私たちは――。
「「「あはははは。あはははは。あはははは」」」
頑張って笑い声で応えました。
幸いにも私たちは、全員がクウちゃんさまからの拍手をいただけました。
こうして私たちは新しい精霊女王を迎えました。
同時にその支配を認めました。
今日から精霊界は、新しい時代へと突入していくのでしょう。
良くも悪くも。
とはいえクウちゃんさまは支配に寛容な方のようで、
「ねえ、クウ。みんなに今後の方針とかも伝えたら?」
と、ゼノリナータ様に言われて――。
「そういうのはありません。そもそも私は支配とかするために来たわけじゃなくて、本当に挨拶に来ただけだからね? だからみんなは、いつも通りでいいです。私が精霊界の営みについて言うことは何もありません」
精霊女王の挨拶は、まさに伝説の通りだったということで……。
全員ぶっ飛ばされはしましたが……。
抵抗したサラマンディア様なんて、それこそ消える寸前までボロボロにされましたが……。
ともかく今まで通りでいいようです。
それについては本当に良かったです。
「じゃ、かいさーん! まったねー!」
クウちゃんさまの言葉で、挨拶会は〆られました。
おわって良かったです。
私は心からホッとするのでした。
とはいえ当分は、サラマンディア様のご機嫌取りに苦労しそうですけど……。




