1290 閑話・土の大精霊バルディノールの覚悟
「大変よ、みんな! 今、ゼノリナータ様から通信が届いたんだけど、クウちゃんさまがおっしゃったそうよ! 今日は私たちのことを、まさにクマとなって八つ裂きにするって! もうダメよおしまいよおお! ふえーん!」
風の大精霊たるキオジールの幼い鳴き声を耳に入れながら、我は思案を巡らせた。
巨大なクマと、いかに戦うか。
我はバルディノール。
キオジールと同じ中央大陸の自然を司る大精霊である。
年齢は、936歳。
ゼノリナータ、キオジール、イルサーフェ、イフリエートと共に、昇天した先代に代わって近年に大精霊の立場を受け継いだ者の1人である。
現在、中央大陸にいる大精霊は以下の5名。
光の大精霊たるシャイナリトー、5006歳。
闇の大精霊たるゼノリナータ、1012歳。
火の大精霊イフリエート、828歳。
水の大精霊イルサーフェ、406歳。
風の大精霊キオジール、106歳。
そして、我である。
我は、具現化した姿としては筋骨隆々とした熟練の闘士であり――。
最も歳を重ねたように見えるが――。
実際には、ゼノリナータよりもやや若い個体である。
未だ大精霊としての力を十全に発揮しているとは言えず、日々精進の身である。
とはいえ、クマ程度なら小指一本で倒せる自信はあるが……。
「どう思う? イフリエート」
我は友たる火の大精霊にたずねた。
イフリエートは我と違って、実に紳士たる容姿をした知的な男である。
銀縁の眼鏡も似合っていた。
考えることは、我よりも遥かに得意としている。
「ふ。残念ですが、考えるだけ無駄でしょう。私は以前に一度だけ精霊姫様とはお会いしたことがありますが、無茶を言われたので理を説いたところ、消されかけました。会話はあきらめて言う通りにするのが賢明かと」
「ふむう。まさに言い伝わる精霊女王様そのままというわけか」
「ええ。まさにその通りでした」
イフリエートは堅苦しく真面目一本な男だ。
嘘や冗談は言わない。
なのでそれは真実なのだろう。
「――すなわち、戦う前から降伏は許さぬ。死力を尽くして抗ってみせよ、と」
「ええ。そういうことだと思います」
イフリエートが眼鏡に触れながら我の言葉を肯定する。
「精霊女王の、なんと苛烈なことか」
我は短く息を吐いた。
正直、女王が現れたというなら、我は女王に従う。
我は世界の理に歯向かうつもりはない。
だがその女王は、抗えというのだ。
クマとなって、我らを八つ裂きにする、と。
「ふえーん! 死にたくないよー!」
キオジールが泣く。
そんなキオに呆れた顔を見せるイルサーフェは、
「ふんなの! やってやればいいなの! 1人では無理でも、みんなで力を合わせればクウちゃんさまに傷くらいは与えられるかもなの!」
と息巻いてはいるが……。
どうやら我らの総力でも勝てるとは思っていないようだ。
「そもそもクウちゃんさまは、殺すまではしないなの。イルにはカラアゲをくれるし、それなりには優しいヒトなの。でもキオは嫌われているから1000年は消されるかもなの。そこはあきらめるしかないなの」
「ふえーん! 私まだ100年しか生きていないのにー! 1000年なんて嫌だよー!」
「そうやって、すぐに泣くから嫌われるなの」
「ふえーん! ふえーん!」
「キオも覚悟を決めるなの。認めてもらうしかないなの。泣いていても仕方ないなの」
励ましているのか、落としているのか。
イルサーフェの言葉は、いつもながら真意を測りかねるが――。
ただ、言わんとすることはわかる。
戦え。
ということだ。
精霊界に準備された会場には、他にも世界中から大精霊が集まっていた。
その数は30に近い。
従者として付いてきた中級の精霊と合わせれば、我らの数は優に100を超える。
十分すぎるほどの大軍だ。
そんな全員に向けて、イルサーフェはあらためて声をあげた。
「みんなもなの! 覚悟を決めるのなの! 確かにクウちゃんさまは恐るべき強敵なの! でも力を合わせれば傷くらいは与えられるの! イルたちの――。今まで世界を守ってきたイルたちの力を新しい精霊女王に見せつけるの! そして認めさせるの! それだけがイルたちが生き残るただひとつの冴えた道なの!」
「でも、どうすれば……」
誰かが不安を口にした。
「先制攻撃なの! 新女王が現れた瞬間に、全力で打ちのめすの! それしかないなの!」
「挨拶もなしに?」
「なの! イルはクウちゃんさまのことならよく知っているの! クウちゃんさまは小鳥程度の頭しか持っていないから言葉なんて通じないなの! 力こそが挨拶なの!」
そんなバカな――。
と我はさすがに思ったのだが――。
「なのです」
と、イルサーフェの言葉に、シャイナリトーが深くうなずかれた。
5000年を生きるシャイナリトーは、精霊の中でもまとめ役と言える存在だ。
その意見は重い。
我らの間にざわめきが広がった。
我は小さく笑った。
我の心の中に広がるのは、動揺ではなく高揚だった。
強敵との戦い。
それはむしろ望むところだった。
しかも、皆で力を合わせて、とならば――。
我は岩の大槍を掲げた。
「ならば一番槍は、我がいただこう! 我が突撃し、精霊女王陛下に、恐れ多くも最初の一撃を与えてくれようぞ!」
続けて、我のとなりにいたイフリエートが言う。
「作戦を決めましょう。ただの突撃では、1の力は1にしかなりません。我らは多勢です。連携すれば1の力を3にも6にも変えられます」
「やってやるなのー!」
我に続いて、イルサーフェが水の杖を掲げる。
「わかったわ……。私もやる……! クウちゃんさまなんて、ぶっ転がしてやるんだから! 私の力を認めさせてやるわ!」
キオも涙を拭い、勇気を出して立ち上がった。
他の精霊たちも同じだ。
皆、クマと化しての虐殺宣言をしてきた新女王に、一矢報いてやる覚悟を決めたようだ。
我らは気勢を上げた。
新女王、何するものぞ!
我ら精霊の力を、思い知らせてくれようぞ!




