1287 マウンテン先輩
マウンテン先輩は、中央騎士の入団一般試験を間近に控えている。
その訓練だろう。
指摘された体力不足を克服するため、ガッチリと頑張っているようだ。
私は姿を消したまま空から近づいて――。
魔法で応援してあげようかなーと思ったけど……。
迷った末、やめておいた。
先輩は本当なら、とっくに合格している。
なにしろ私がお兄さまと話をつけて、騎士選抜合格の確約を得た。
だけど先輩はそれを断った。
自分の力で、ちゃんと入って見せる、と。
正直、ものすごく応援したいけど……。
なので魔法なんてかければ、きっと怒られることだろう……。
あーでも!
よく見ていると、走る先輩は体のバランスが少し悪い。
明らかに片方の膝を痛めている。
時折、顔をしかめて、膝に手を当てているし。
無理をしているのか……。
この世界には治癒の魔術があって、治癒のポーションもあるから、治せることが前提での無理なんだろうけど……。
でも、光の魔術でなければ、癒やしの力は万能ではない。
慢性的になると、特に治り辛い。
大丈夫なのだろうか……。
ああ!
ついに転んだぁぁぁぁぁ!
すぐに起き上がったけど、走るのは無理そうで、道端に座ってしまった。
「先輩、大丈夫ですか……?」
私は見ていられなくて、つい声をかけてしまった。
声をかけたことで透化も解けた。
「え。あ、クウちゃんさんですか」
さすがに先輩には、かなり驚いた顔をされたけど。
「あはは。はい。たまたま通りかかって」
「通りかかって、ですか……」
先輩は街道の左右に目を向けた。
帝都から近い場所とあって、街道にはそれなりに人の行き来がある。
馬車も通っていた。
なので、うん。
たまたま!
馬車の影とかに隠れて、見えていなかったのです!
「そうですか。これはお恥ずかしいところを見られてしまいましたね」
先輩がはにかんで微笑む。
「早速ですけど、魔法で治療しますね」
私は問答無用で先輩に白魔法のヒールをかけた。
私の回復魔法はチート。
ユイやセラの光魔術の上位互換だ。
私の回復魔法ならば、慢性疾患も含めてたちどころに完治できる。
「これは……」
魔法を受けて、マウンテン先輩も驚いた顔をしていた。
「どうです?」
「はい。完全に痛みが消えて……。以前より軽くなったくらいに感じます」
「あはは。それはよかった」
ちゃんと効いたようだ。
「……しかし、クウちゃんさんは、やはり光の魔術が使えるのですね」
「え。あ」
「今の白い光は、水の魔術とはまったくの別物ですよね」
しまった!
偽装するのを忘れていた!
「大丈夫ですよ。絶対に誰にも言いませんから」
「あ、はい……。ありがとうございます」
「いいえ。お礼を言うのはこちらですよ。ありがとうございました」
まあ、うん。
マウンテン先輩は、ぐへへへ、とかしてくる人ではないよね。
「先輩、ついでに応援もしていいですか?」
「応援、ですか……?」
「はい。魔法で」
私がそう言うと、マウンテン先輩は少し迷った後、
「ええ。ぜひお願いします」
と言ってくれた。
私は精一杯の祝福の魔法をかけてあげた。
「こ、これは……! 体中から力が漲ってくるような……!」
「先輩、頑張って下さい。応援しています」
「ありがとうございます! これならまだまだ、いくらでも訓練できそうです!」
マウンテン先輩は、すぐにランニングに戻った。
私は手を振ってその姿を見送る。
先輩には本当に、立派な騎士になってほしい。
それにしても我ながら、私の魔法はすごいね。
マウンテン先輩の勢いは、転ぶ前よりもずっと増していた。
それこそアーレまで走っていけそうだ。
「さて、私も行こうかな」
スオナとアンジェのところに、お笑いを届けに!




