1285 ふわふわな冬の日2
ランチは、いつもの『陽気な白猫亭』で取った。
すっかり私も常連だ。
「ごちそうさまー。今日も美味しかったよー、メアリーさん」
「ありがと、クウちゃん」
「でも、買いすぎには注意だよー」
「いやー、新年市ですっごい安くてさー。つい、ねー」
今日のランチはダイコン尽くしだった。
また買いすぎたみたいで、お店の隅に山と積まれていた。
以前にもメアリーさんは、トマトやカボチャを買いすぎて山と積んだ。
漬物を爆買いして途方に暮れていたこともあった。
なので小言は言っておいた。
とはいえ、『陽気な白猫亭』は繁盛店だ。
野菜を買いすぎたくらいで経営が揺らぐことはないだろうけど。
お腹も膨れて、私は通りに戻った。
「次はどうしようかなー」
午後にも予定はない。
今日は本当に、何をするのも自由なのだ。
とりあえず空の上に戻った。
ふわふわする。
ただ今日は風が強いので、それなりにふんばらないと、ふわふわどころか、ぶわーっと遠くに流されていってしまう。
いっそ流されてどこにいくのか試してみてもいいけど……。
「んー」
今日はなんとなく帝都の様子を見たい気分なので、それはやめておいた。
あ、そうだ。
私は最近、行っていない場所を思い出した。
ロックさんにも薄情と言われていたよ。
早速、行ってみる。
次なる目的地はバロット孤児院だ。
バロット孤児院は、ロックさんが育った場所。
昔は貧相な施設だったそうだけど、今は冒険者として大成功を収めたロックさんの寄付で立派な建物になっている。
バロット孤児院にはアニーたちがいる。
アニーは私と同年代で、日焼け肌の似合う活発な女の子だ。
将来は冒険者を目指している。
ロックさんが練習を見てあげていて、先日、それなりの腕になったということでうちの工房にアニーたち用の鉄の剣を買いに来た。
鉄の剣にはこっそりと、耐久力強化の付与を施してある。
なので乱暴に使っても壊れることはないだろうけど……。
どうだろうか。
私はドキドキしつつ孤児院に行ってみたけど、残念ながら稽古はしていなかった。
代わりにアニーたちは、庭で武具の手入れをしていた。
アニーはあぐらをかいて座って、膝に剣を乗せて丁寧に拭いていた。
大切にしてくれているみたいだ。
嬉しいね。
私はその様子を見て帰ろうと思ったけど……。
ふむ。
ちゃんと顔を出しておくか。
ロックさんに薄情とかまた言われるのも嫌だし。
というわけで、透明化を解除して、ちゃんと地面に降りて――。
「やっほー、みんなー」
手を振って、普通に門から入った。
「おっ!? あ! クウじゃねーか! 久しぶりだなー! 生きてたのか!」
すぐにアニーが気づいてくれた。
「おーい。その剣を打ったの私だぞー」
「ああ、そういえばそうだったよな。この剣、すげーいいぞー! さすがにアタシらにはまだ重いけど使いやすい!」
「そかー。それはよかったー」
「……てか、アタシらのこと覚えててくれたんだな」
「そりゃ覚えてるよー」
本当はロックさんに言われるまで忘れていたけど……。
それは秘密なのです。
「みんな、もうお昼は食べたよね? 軽く私と模擬戦でもしようか」
ふふー。特別だぞー。
この最強のクウちゃんさまが直々に指導してあげるなんて、セラ以来なんだからねー。
と、私は思いっきり上から目線だったのですが……。
アニーたちの反応は……。
何故か不思議なことに、という苦虫を潰したようなものだった。
クウちゃんさま、これには「あれ?」ですよ。
なんだろか。
と思ったのだけど、アニーが言うには、
「あのさぁ……。いくらなんでもクウには無理だって。セラフィーヌ様なら別だけどさ。そもそもアニキのカノジョに傷をつけるわけにはいかねーよー」
とのことでした。
他の子たちからも同意の声があがる。
私は、ちょっと可愛くて、ちょっと魔術で剣が打てて、ちょっと皇女様と友達で、ちょっとエルフのお嬢様で、ちょっと工房を経営していて、ちょっとロックさんのカノジョなだけの、普通の子だと思われているようだ。
まあ、うん。
その並びだけでも完全に普通ではないけど、子供たちには普通扱いされました。
ふむ。
私は、アレか。
アニーたちには、イキってなかったんだっけ。
完全にイキリ済みの気でいたけど……。
考えてみると、下町の子たちの前で力を見せつけたのはセラだったか……。
私はそういえば、恋のお手伝いをしただけだったね……。
「ま、見せてはやるよ。よーし、みんな、アタシらがちゃんと剣を使えるとこ、クウに見せてやろうぜー!」
イキっちゃおうかなぁ。
とも思ったけど、やめておいた。
ここは大人しく引いて、剣の腕を見せてもらうことにしよう。
アニーたちは、真面目に練習しているようだった。
ちゃんと剣を振れていて驚いた。
さらにブリジットさんが指導しているという水魔術師の女の子も見事だった。
まだまだ拙いものの、なんと回復魔術を使ってみせたのだ。
その子についてはスオナも面倒を見ているそうだ。
スオナは今でもたまに来ているらしい。
スオナは、私と違ってアニーたちのことを忘れていなかったようです。
偉いね。
あと何年かすれば、バロット孤児院から立派な冒険者パーティーが誕生することだろう。
ただ、うん。
みんな、ロックさんよろしく自信満々で……。
冒険者ならば、自分に自信を持つことは大切な要素だけど……。
「すごいねー、みんな。たった1年でここまでやれるようになるとは思っていなかったよ。ただ上には上がいるらね。慢心して大怪我しないようね」
私は一応、少しだけお小言を言った。
「わかってるって! セラフィーヌ様とかのことだろ? んーなもん、そもそも住む世界が違うんだから気にしたってしょーがないって! アタシらは庶民最強を目指すさ!」
アニーは、わかっているのかいないのか……。
心配ではあるけど、ブリジットさんとスオナもいるし、そのあたりは上手に整えて育ててくれることだろう。
私はみんなの今後を大いにキタイしつつ、孤児院を立ち去らせてもらった。
キタイは良いものだ。
私もできれば、またキタイしたいものだ。




