1282 うん、美味しい!
「うんっ! 美味しい!」
ユイが心の底から美味しそうに言った。
すると皆さんも、
「うむ。これは良いものだな」
「この甘さと辛さの絶妙なバランスは、まさに調和であろう」
「然り、然り」
と、同意を始めた。
まあ、うん。
ちょっと煮すぎた普通のすき焼きなので、それが本心かはともかく、会の趣旨をちゃんと理解してくれた良い発言だとは言えるだろう。
これがグルメマンガなら……。
忖度をぶち破る、料理評論家か無垢な子供が現れるところだけど……。
私はドキドキしつつ……。
「こんなものは食べられないよ。このすき焼きは偽物だ」
と言い出す人が現れやしないかと様子を見守った。
もしも言われたらどうしよう。
私が対応すべきだろうか。
「私のすき焼きが偽物だと!? なら、本物を食わせてもらおうじゃないか!」
と、お約束として、やはり言うべきだろうか。
完全な負けフラグだけど、まさかユイに言わせるわけにはいかない。
私の役割だろう。
む!
私は敏感に気づいた。
最前列にいるナリユ卿が、ナリユキを無視して何かを言おうとしている!
笑顔ではないから、悪いことかも知れない!
と思ったら、そんな彼の背中に手を回したオルデが満面の笑みを浮かべて、
「美味しいわね、ナリユ」
と言った!
さらにオルデは念を押すように、「ね」と笑顔で圧力をかけた!
これにはナリユ卿、あっさりと敗北!
「そうだね! 君が美味しいというなら、もちろん僕も心から同意するよ!」
と、笑顔を見せたぁぁぁぁ!
まあ、うん。
いいだろう。
ナリユ卿が相手では、私もやる気が起きないし。
どうせならもっと強敵が――。
と思ったところで、不意にナオと目が合った。
まさか……。
私は戦慄する。
さすがにないとは思うけど、前世のすき焼きを知るナオであればこの調和のすき焼きにいくらでもケチをつけることは可能だ。
やるのか……。
来るのか……。
空気を無視して、思うままに語っちゃうのかナオさんよ!
と思ったけど、ナオはいつもの無表情のまま、獣耳をピコピコさせて、
ぐ!
と、親指を立てた。
美味しい! 素晴らしい! という意味のジェスチャーだ。
私はホッとしつつも残念に思った。
ナオならば、相手にとって不足はなかったけど。
その後はお兄さまと目が合ったけど、お兄さまは私の視線を完全にスルーした。
無視だ。
私はムッとしたけど、さすがに絡むはやめた。
私にもそれくらいの常識はあるのだ。
さあ、では……。
誰か来るのか……!
結局、誰も来ないまま、平和にすき焼きの会はおわった。
私も食べた。
お椀ひとつ分だけなので、パクっといけちゃうね。
ごちそうさまでした。
食べおわって、メイドさんたちがお椀とフォークを回収した後――。
ユイは言った。
「皆さん、あと少しお時間を下さい。実はひとつ、皆さんにお伝えしたいことがあるんです。お話をいただくのは私ではなく、本日は見届け役としてわざわざお越し下さったバスティール帝国のカイスト殿下になりますが」
ユイが前に招くのは、お兄さまだった。
そういえば会の最後にオルデのことを紹介するのだった。




